W.C.S&ヘカテーVSユゥ姉
例の如く、円形闘技場。
会場が静まりかえってるのは、オフライン。つまり非公式試合だから。
最近、観客システムが導入されてから、無観客の円形闘技場は、どこか寂れた印象を持ってしまう。
しかし、この円形闘技場においては、その静けさも、神聖ささえも感じられてしまう。
そう、今から始まる非公式ながらも、リベンジマッチ――と、言っても二対一ではあるが――は、まさに世紀の対戦と呼称してもいい闘いなのだから。
天から円形闘技場に降り注ぐ三つの光柱。
そこから現れたのは、それぞれ、黒色の髪の養女――【W.C,S】――、その横。空色のキザな青年――【ヘカテー】――、そして、二人の反対側。藤色髪の少女。濃い紫色の猫耳パーカーに桜色のフレアスカートのデフォルトキャラ微笑みの狂剣――そのアバター名、【微笑みの聖剣】――。
微笑みの聖剣という名は、《KAMAAGE》を知っている誰もが、記憶のどこかにはあろう。
最強の戦士、W.C.Sに追い詰められながらも、見事勝利を果たした、運営側の最強の四姉妹。フィーアシスターズの一人。
その正体こそ、椎菜の二番目の姉。ユゥ姉だったのだ。
「こないだの試合、互いに不完全燃焼だったじゃん? だからさぁ、やらない?」
と言われては断るに断りきれない。椎菜と、雪那は予定を救急変更。
ユゥ姉に連れられるがまま、車でユゥ姉が間借りしているアパートに到着。
その後、そそくさと家の中にあった四台のハートバディギアを装着。その間、ユゥ姉がスマホで誰かと連絡を取っていたようだが、気に止めなかった。
そして、今の状況が生まれているのだ。
「に、しても驚いたよ。まさかキミが本当に微笑みの聖剣だったとはね」
キザに言うのは、他の誰でもなくヘカテー。
W.C.Sは、その横で驚愕している。
そして、絶叫。
「ええ!!? ユゥ姉が微笑みの聖剣だったの!?」
「おや、知らなかったのかい? 僕はキミは家族だし、知っているものとばかり。車内でも、対して反応をしなかったし」
「そ、それは、ユゥ姉はいつも冗談ばかり言うから、今回もそれかなって……」
口をもどもご動かし、言い訳するW.C.S。ヘカテーがキザに返す。
「フッ、そうか……」
微笑みの聖剣は、手を顔の前に合わせ、平謝り。
「ごめんごめん。姉ちゃんから口止めされてるんだ。だからボクがばらしたのも内緒ね? ボクの命にも関わるから……」
ヘカテーは別に、もとから誰にも言うつもりはなかった。故に、これは、W.C.Sに行う口止めだ。
椎菜が、理事長に告げ口しないための口止め。それを理解し、ヘカテーは苦情しながら、了承。
「あぁ、わかったよ。そんな危険を冒して、僕達に再選の機会を与えてくれてありがとう」
続くW.C.Sは、表情を強張らせ、一言。
「う、うん。わかった……」
その返答に胸を撫で下ろしたのか、W.C.Sは天真爛漫な笑みになる。
「ありがとう。椎菜!」
そんな姉妹のやり取りが、一段落したのを見計らい、ヘカテーがやれやれと言わんばかりに、頭を振る。
「それにしても、キミ。本当にボク達二人を同時に相手するつもりかい? W.C.S一人に苦戦していたキミが」
もちろん、ヘカテーは彼女の操る微笑みの狂剣は……。いや微笑みの狂剣もそうだが、アザナの四人は紅蓮の堕天使以外は、一対一での戦闘はもちろん。一対多の戦闘でも、充分闘える能力を持っているキャラだと言うことは知っている。
その分、扱いがすごく難しいが、目前の彼女の場合、まるで自分の手足のように扱えるということも知っている。
故に、これは挑発に過ぎない。それも、愚策な挑発である。
対する、微笑みの聖剣の答えは、
「うん。君たち二人をいっぺんに相手取るのは、確かに厳しいかもね」
というものであった。
それも笑顔で、悔しがることもなく、清々しく自分が敗けるだろうということを、表明したのだ。
意味が分からなかった。
納得が行かなかった。
なぜ、こうも自分の前に表れる、自分より強い者達は、こうも勝利に拘ろうとしないのか。
それは、強者の余裕から来るものだろうか。はたまた、そういう人が、強者なのか。分からなかった。雪那は分からなかった。だが、決して諦めない。彼女は、自分の出来ることをするのみ。
どんなに敗北しようと、どんなに打ち砕かれようと、諦めない
しかし、そんな。不屈の精神を持つ雪那でも、向かう先に自分と同じタイプの人間いないと、不安にはなることはある。
自負じゃ、天才に勝てないのか。凡人が血の滲むような努力をいくらしても、楽しんでいる天才には勝てないのか。
時分からそれを否定したところで、結果が伴わないとそれは、空論に過ぎない。
道しるべの光が灯ってない道を行くのは、それだけで勇気がいることだ。雪那はそれを瞬きの挫折と、永劫とも言える永い行進を繰り返す。
自分の歩み舗装した道を通り、顔の知らない誰かに繋げるため……。とは違い、単純にW.C.Sを打ち負かしたいのだ。
誰にも手の届かない所に立っているという、孤独さは雪那も少なからず理解しているから……。
それらから来る動揺で、剣気が鈍るヘカテーではない。むしろ、逆境を前にパフォーマンスは上がる。それがヘカテーの強さの一つだ。
そして、このやり取りで一つ、わかったことがある。
それは、目の前の敵は、椎菜の姉であり、理事長の妹であるということ。
一見、当たり前のように聞こえるかもしれない事柄だが、彼女は椎菜のように、闘いを心から楽しんでいる。と、同時に闘いを優位に進められるように、心理戦を仕掛けて来た。
これは、W.C.Sにはない戦法で、どちらかと言うと、そう。どちらかと言うと理事長である神坂が得意としそうな戦法である。
つまるところ、目の前の敵は、W.C.Sの上位互換と言っても過言ではない。
そのような思考を巡らしていると、話し合いタイムが終わりを迎え、強制的に戦闘が始まる。
スタートダッシュを決めたのは、聖剣。
対する、W.C.Sとヘカテーは動かない。
決してスタートダッシュをミスった訳ではない。
二体一の優位を存分に活かすため、その場で迎え撃つ。そういう作戦だ。
「待って、相手の出方を伺う、か。うん、確かにそれが一対多戦闘の定石だ。でも、それはW.C.S本来の闘い方とは、遠く掛け放れてるよね!」
聖剣は静かにそう、分析しながら、言葉が終了すると同時に、背中から藤色の翅を一枚飛ばす。
翅が、W.C.Sとヘカテーの間の空間を切り裂くように飛来する。
そのコンマ一秒後に、聖剣が剣を抜き放ち、W.C.Sを強襲。
すぐに、リカバリーに入ろうとしたヘカテーだが、時既に遅い。
ヘカテーの行く手を藤色の翅が、いや、藤色の剣が阻む。
「ほらね、これで二体二」
聖剣の残酷なまでに冷静な言葉が、ヘカテーの脳に木霊する。