Fate weather
ということで、椎菜と雪那は片道二時間をかけて東京に付いたわけだが、早々に椎菜が人酔いをしてしまった。
なので、近くにあったカラオケ店で休んでいる。のは建前でおそりく尾行に来ているであろう報道部員達をどう撒こうか相談している。
しかし、そのためだけに一時間もカラオケ店に入るのはもったいない。故に、四十五分間は、普通にカラオケを楽しむことにした。
流れる心地の良い美声。耳に届く感受性。脳が震えるほどの技術力。スローテンポの曲なのに、なぜか心が踊る。
そんな、ちょっとしたプロの歌手顔負けの歌唱力を見せた。いや魅せたのは雪那。
曲が終了し、一拍。
「雪那、ホントに歌上手いね!」
素直に賞賛を送る椎菜。
雪那は顔をほんのりと紅潮させ、答える。
「そ、ありがと。雪はイベントで歌うこともあるからね。それで上手いのよ」
「イベント?」
「ええ、そうよ。あなたも機会があったら付いてくる?」
その問いに、椎菜は目を輝かせたのちに、二つ返事で答える。
「うん! 行く! 何のイベントかよく分からないけど!」
清々しいほどにそう言い切った椎菜を見て、雪那の口元が綻ぶ。
「そ。じゃ、お盆は開けときなさいよ」
「うん! 楽しみにしてる! ところで、雪那は歌手とかアイドルとかにならないの?」
興奮気味の椎菜に、雪那は冷静に首を横に動かす。同時に声。
「いいえ、雪は《KAMAAGE》のプロゲーマーになるわ」
「えー、もったいなーい」
心の底からそういう椎菜。その声に答えるように、雪那は後だしで、でも、と続ける。
「あなたがそういうのなら、歌える歌手系プロゲーマーになろうかしら」
口を綻ばせる雪那。
椎菜は満面の笑みで頷く。
「うん! 雪那ならきっと慣れるよ! ボク応援してる!」
たく、どの口が言ってるのよ。あなたが言ったら嫌味にしか聞こえないわよ。と、心の中で、優しく毒づく。
「と、まぁ、雪を褒め千切るのは良いけど、雪に言わせたら、あなたの歌声も中々のものよ」
「え!? そ、そうかな。ううん。やっぱりボクなんか全然。音痴だし……」
と、否定の言葉を並べる椎菜に、いいから歌いなさいと言わんばかりに無言で、マイクを渡す。
渡されたマイクを握ると、手早く曲を予約し、音楽スタート。
流れる透き通る可愛い声。確かに、本人の言うとおり音程は外れているが、決して耳障りではない。むしろ原曲のキーより心地よい程だ。おそらく、無意識で、曲のアレンジをしているのであろう。
歌に合わせて手も動かし、耳だけではなく、目も喜ばせる。表情も豊かで心を虜にさせる。アップテンポの曲なのに、心を癒させる。
そんな曲を観ている雪那は、
「あなたのほうが、よっぽど、アイドルに向いているわ……」
心からの賞賛の言葉を口の中で呟く。
そうこうしていると、曲が終わり、それを見計らったかのようなタイミングで、十五分前を知らせるコールが鳴る。
それと同時に、二人の気持ちが引き締まる。
* * *
十五分後。
椎菜と雪那は、店内の物陰を隠れて、外を確認する。
報道部がどこに潜んでいるかを確認するためだ。
しかし、そこは歴戦の猛者報道部。陰伏スキルはお手のもので、視野が狭い店内からでは見付けられない。
諦めて、闇雲に走って撒こうかと、結論に移行しようとしたその時。雪那は背後から肩を触られ、ピクンッと可愛い反応を見せる。
同時に感じる常人では決して、発さないであろう気配。
ヤバイと、直感が――脳が、本能が、防衛本能が、生存本能が――体に訴えかけた。
一瞬の硬直。その後、脳に負荷を掛け、硬直している身体を無理やり動かす。
肩にある手をキレイなステップで外し、流れる動作で椎菜を庇うような形で、何者かの正面に立ちはだかる。
それは、スタイル抜群の女だった。細身の四肢はきゅっと脚のラインが出るジーンズでさらに、際立てられ、腕も同様に、ロンティーで際立てられている。とても自分のスタイルに自信がないと着ることも抵抗がある服装だ。
腰までに長い黒髪。ブラックダイヤモンドを連想させる瞳。そこまでを一瞬で視認する雪那。
女の次なる動作を警戒し、雪那の神経は女の指先にまで注意を怠らない。
だが、奇妙なことに、女は、口元をピクピク動かすのみで、一向に次なる行動に移そうとしない。
一秒の永い停滞が続いたのちに、女は発声。
「ぼ、ボクってそんなに怖い?」
その問いに答えることなく、雪那は逆に問い質す。
「あなた何者?」
その答えは、目の前の女からではなく、後ろにいる椎菜の驚声により、もたらせた。
「ユゥ姉!?」
「へ?」
椎菜の言葉により、気配のヤバイ女の正体が、つい先刻に話題に出たばかりの椎菜の二番目の姉、ユゥ姉だと判明。
これにより、気が抜けたのか、なんとも間抜けな声が雪那の口から漏れ出る。
そんな椎菜の声に反応をするように、ユゥ姉は手を軽く上げ挨拶。
「や、椎菜!」
「どうしてここに!?」
「ん? キミのスマホにつけているGPSを辿ってに決まってるじゃん?」
そんな、一種の怖気のようなものが走るも、それは、子供の保護をする大人の当然の権利で、椎菜も納得しているような反応を見せている。
ので、雪那は深く言及はしなかった。
「そうじゃないよ!? 今日仕事だよね!?」
「あー、それね――」
一瞬の間を起き、天真爛漫に微笑む。
「――うん、休んだ!」
その返答に椎菜は、怒りを剥き出しにする。
「やすんだぁ!?」
雪那が後ずさるほどの剣幕を浴びせる椎菜。その対象である、ユゥ姉はそれに臆することなく、笑みを崩すことなく首肯。
「うん!」
「ユゥ姉は好きなことを仕事にしてるんでしょ! それなのに、急に休んだってどういうこと!? そんなんじゃ仕事なくなるよ!!」
椎菜の怒りに、ユゥ姉が口を尖らせる。
「だって、久しぶりに椎菜に会いたかったんだもん……」
「だからってダメなもんはダメ!」
「そんなことより、友だちと一緒に東京に聞いていたから、どんな子だろと思ってたけど、まさか【ヘカテー】さんだったとはね」
開き直り、ガミガミうるさい椎菜の言葉は右から左へ。変わりに話題を雪那に反らす。
雪那が【ヘカテー】だということは、報道部も自分も全国発表している事実であるから、そう呼ばれても対して気にはならなかった。
「どうも、桐谷雪那よ」
「よろしくね! 雪那さん! ボクのことはユゥ姉って読んで!」
「そ、わかったわ」
「早速だけど――」
ジーンズポケットから、車のキーを取り出す。
「――乗ってく?」
こうして、二人はユゥ姉の車で、報道部の包囲網から抜け出すことに成功を果たした。
* * *
ユゥ姉の車はなんの変哲もないどこにでもある、白のワンボックスカーであった。
これには少し意外だったと、思わざるを得ない雪那。
あの理事長の妹だ。お金はたくさん持っているに違いない。そんなユゥ姉が乗っている車は高級車に違いない。その様に思っていたからだ。
なぜ、ワンボックスカーなのか、その理由は、すぐにわかった。
椎菜が車に乗り込むと、手慣れた動作で車イスを車の後ろまで持っていき、折り畳む。
と、車のトランクを開ける。
空っぽのトランクに車椅子を横に、詰め込み終える。その際に雪那は静かに後ろから、観察していたのだが、ジャストフィットだった。
そう、ワンボックスカーは車椅子を乗せるのに、適した形なのだ。
つまり、ユゥ姉がワンボックスカーなのは、椎菜の車椅子を乗せるためだけに、選んでいるという訳である。
そう言えば、理事長も車だけはなんの変哲もない黒のワンボックスカーだったかしらね。
そんなことに思考を巡らしながら、車内。
運転をしているユゥ姉が唐突に話し掛けてきた。
「それで、雪那さん。キミは椎菜が、【W.C.S】だってこと知ってるんだよね」
雪那が眼を大きく見開く。も、家族なのだから、知っていても当然よね。と、すぐさま平静を取り戻し、落ち着いた声音で答える。
「ええ」
「そうなんだ。椎菜の秘密を知っているということは、話しちゃっていいよね」
ユゥ姉は、口の中でそのように、前置きして、確認する。
「ところで、この後の予定、変更する気はない?」
「はい?」