Today is the day……
二千三十九年七月三日の日曜日。
黒の太ももが見えるほど短いミニスカートの大胆さをカバーするように黒のニーハイソックスで肌の露出を抑え、清楚さを保っている。
しかし、ニーハイとミニスカートではカバーしきれない、露になった白い腿。上は、短い藤色のショールで隠されているが、白のショルダーカットトップス。
こういう服装を着なれていないのか、頬を少し赤らめているのが初初しい。
そんな彼女のコーデを一番いかせる場面が椅子に座っている時。腿と腿の間から下着が見えるのではないかと。それだけでほとんどの男は胸踊る。
幸か不幸か、彼女は常時、その体勢を維持できるのだ。
その理由は、他でもなく、白色のフレームの車イスに乗っている、椎菜だからだ。
男性からは、性的対象と見られ、女性からはお人形さんみたいに見られ、行き交う人々の目に止まる。
そんな椎菜のコーディネートは、質の言い藍色の髪が際立つように、緻密に計算されている。
ナンパされてもおかしくない。が、やはり右目につけている眼帯が、中二病ぽく印象付けて、不埒な輩を寄せ付けない。
それでも、行き交う人々の瞳に晒され続け、気恥ずかしくなり、シースルーの前髪をいじっている。
この服は、ゴールデンウィークに、『メイプルアーホルン』で、自身のアパレルブランドを持つユゥ姉に、コーデをして貰い買った、いや押し付けられた勝負服だ。
普段着はいつも、一緒に暮らす理事長である詩野がコーデをしてくれているが、大事な日には、アパレルブランドを持つユゥ姉がコーデをしてくれた服を来て行くに間違いはない。
そんな浅はかな考えで、着てきたのだが、やはり恥ずかしいものがある。
そんな椎菜がいる場所は、待ち合わせ場所の駅の前。
誰と待ち合わせしているのか。もし、男なら間違いなくイチコロであろう。しかし、今日の待ち合わせは、そういうものではない。
「お待たせ……」
そのように声を掛けてきた女声。それは、どこか素っ気なく聞こえるも、慣れてしまえば、喜怒哀楽が充分に読み取れる。
現在の彼女の『お待たせ……』という言葉には、胸弾むような抑揚が伺える。
待ち合わせというのは、そんな彼女のことで、椎菜は満面の笑みで、声のしたほうへと顔を向ける。
そこには、赤と白のスニーカーに、紺のジーンズを思わせる生地のジャージ。ほとんど白に近い青色の半袖ティーシャツの上から少し大きいのか、左の肩から腕までが出ている薄手の上着を着こなした人物。
その者が何者なのか。それは、首から上を見れば判る。
赤渕メガネに、黒のスポーツキャップに入りきれてない、アッシュグレーの髪は、くるんと渦を巻いている。
そう、聖ブルーローズ女学園、高等部三年生の桐谷雪那だ。
二人は、雪那の指導対戦をするという名目で、おちあい、遊ぶ約束をしていた。
こうでもしないと、報道部に目を付けられている今おちおち人前で会えないのだ――まぁ、これでもおそらく一人や二人は尾行しているであろうが――
そんな事に思考を巡らすと、頭が痛くなりため息が漏れる雪那である。
「雪那さん、私服カッコいい!」
と、純粋無垢な瞳をキラキラ輝かせ言う椎菜。それに雪那は毒気が抜かれ、顔が弛む。
「そう、ありがと。椎菜も、その似合ってるわよ」
「ほんと!? えへへ……。嬉しいな。さすがはユゥ姉がコーデをしてくれた服」
照れくさそうに後頭部を擦っている。
と、雪那が、不思議そうな表情を微かに浮かべながら、
「ユゥ姉?」
首を傾ける。
「あぁ、そういえば、雪那さんは会ったことなかったんだよね。詩野姉ぇ、つまり、理事長の双子の妹。ボクの尊敬しているほうの姉ちゃん」
「へぇ、ミィナって、理事長以外に姉いるのね」
自分の利害にならないと、判断した者の名前は覚えないで、お馴染みの雪那が、案の定椎菜の名前を間違える。
しかし、椎菜は訂正する事なく、会話を続けた。
「うん。いるよ。雪那さんは姉妹か、兄弟っている?」
「いいえ、雪は一人っ子よ」
「えー、うらやましい!」
「そう?」
椎菜の首肯。
「だって、ボクの姉ちゃん、どっちともシスコンなんだもん!」
「そうなの?」
「うん。ユゥ姉はまだ姉妹放れ出来てるからいいけど、詩野姉は一向に姉妹放れ出来てないから困ってるんだよね」
腕を組んでうーんと、頭を悩ませる椎菜。
その光景を見ている雪那は、どうしようもなく、笑いが込み上げて来る。
堪らずクスッと一笑いをしてしまった雪那。それに素早く頬を膨らませる反応を見せる椎菜。
「あー、雪那さん、ひどーい!」
雪那が口元を綻ばせながらの謝罪。
「ごめんなさいね。あと雪にさんはいらないわ。呼び捨てで結構よ」
一拍置いた後に椎菜は、純粋無垢な笑みを浮かべ大きく頷く。
「うん。わかった! 雪那」
自分で言っておいて、椎菜のあまりもの純粋な可愛さに照れてしまった。
そんな自分の顔を見られまいと、雪那は身を翻し、言う。と、同時に歩き出す。
「ほら、行くわよ」
「あー、待ってよー」
その後を追うように、駅の中に入って行く。
最近は切符や入場券等をスマホで、一括管理できるようになってきた。
もちろん、それは障がい者特有の割引制度も同様である。
電車やバス等は会社に寄って制度は若干の違いはあるものの、たいていは乗る本人の料金が半額なのはもちろん、付き添いの一人も半額。
椎菜は、通常通りスマホを改札口にかざし、ホームへ入場。今回、付き添いの雪那は、事前に椎菜のスマホからコードを読み込んだスマホで椎菜の後から入場。
少々手間だが、切符を窓口でいちいち買わないと行けなかった、あるいは現金で支払わなくては行けなかった昔に比べたら、だいぶ楽だ。
因みに、読み込んだコードの期限は一日で、必ずコードを読み込んだ持ち主の後に入場し、後に退場しなければならない。こうすることで、割引制度の悪用が減らせるそうだ。
ホームで、二人がそこそこおしゃべりで盛り上がっていると、電車が到着。
電車の扉が開くのと同時、電車からホームとの段差をなくすスロープが伸びてくる。
世界で高齢化が進んで来ている中、こういうお年寄りに配慮された造りが、椎菜達車イスの者らの気軽な外出のしやすさに繋がっている。
聖ブルーローズ女学園がある楓市は、都会と言うには程遠いが、快速電車に乗れば、二時間ほどで東京、郊外へ出れる割りと高条件な場所に存在している。
そして、今から二人が向かうのは、もちろん東京である。
二時間の長い電車の旅。その車内にある小さなモニターが緊急ニュースを流していた。
『本日、東京で開催のファッションショーに、出場される予定の高坂柚季。体調不良のため、急遽取り止め……』