第七種目騎馬戦~中編
「っておい! カウントダウンになってねぇだろ!」
姫乃は開始アナウンスに文句を入れながらも、ちゃっかりスタートダッシュに成功する。
さすがは、この高等部全学年の体力テストにおけるトップワンツーである。
そんな暴れ馬に落馬することなく、乗りこなせている椎菜もまた、化け物に違いないのだが、椎菜の体力テストは別メニューであった為、結果を見てもスゴいのかすごくないのか、いまいちわからないのと、姫乃と守晴という圧倒的な力を持つ馬の存在に負け、その乗り手にはほとんどの者は、注視していない。
それでも、《KAMAAGE》で対戦している椎菜の様子を見る人が見れば分かる。
【ハートバディギア】から、操作できるフルダイブゲーム内のアバターは、いずれも実際に頭で考えてそのように動かすので、複雑な動きをしようとすると少なからず、運動神経が必要になる。
そして、《KAMAAGE》内での椎菜の動きは常軌を逸している。
故に油断ならない。と、ゲーム部や、ゲーマーか部員達は理解しているだろう。
毎年、情報共有しあの手この手で、協力して優勝候補らを苦しめる文化部達にはもちろん伝わっているだろう。
ま、その事が作戦に組み込まれているかどうかは知らないが、それでも注意しておくに越したことはないだろう。
「んじゃ、椎菜。指揮は頼むわ」
「え!? ボクが!?」
唐突に指揮権を丸投げされ、椎菜は驚愕の声を上げずにはいられない。
その反応を見て、姫乃は何を驚く必要があると言わんばかりの声で続ける。
「だって、しゃぁねぇだろ? オレと守晴じゃ意見が真逆過ぎる。だから反発し騎馬として役に立たねえ……そうなるよりかは、お前に指揮を預けたほうがより、ずっとめんどくさくねぇからな」
「そ、そんなの急に言われても困るよ! それに、ボクの指揮はどちらかというと、守晴よりだよ!!」
そう、ここまでの種目でも分かるが、椎菜は守晴と同様、純粋に闘いを楽しみたい戦闘狂である。
従って、いかに楽に勝利をもぎ取るかを考える姫乃としては、椎菜の指揮も納得が行かないものが多いに違いないのだが……。
「ま、それなら、しゃぁね。だがな、お前は後ろの戦況を考えずに突貫しか脳がねぇ、戦闘バカじゃねえ。椎菜、お前は戦況を見て、ただしく突貫や撤退をする戦闘バカだ。だから、任せられる」
姫乃が苦笑混じりに理由を述べる。その貶されているか、誉められているのかどちらかわからない言い種を聞いていた椎菜は、どういうわけか顔を真っ赤にしている。
続くスバルのとどめ。
「あたいもそれで、かまわない。椎菜は視野が広いからな。椎菜の戦闘センスを実際に体感して学びたいし、な」
「わ、わかった。ボク、頑張る!」
椎菜が覚悟を決め、意気込むと、素早く視線のみを動かし状況の把握に掛かる。
「頼んだぜ!」
姫乃が柄にもなく激励を飛ばすと、同タイミングで、椎菜の視界は、こちらに向かってくる、三つの騎馬を捉えていた。
さらに、向かってくる三つの騎馬の後方では、しおりの騎馬を取り囲むように、目算十の騎馬。
いくら連戦の覇者とはいえ、一斉にかかって来られたらしんどいだろう。
そう判断し、椎菜は姫乃と守晴に指示を出す。
「西園寺さんと協力し、他の騎馬を倒すよ!!」
「わーった。前の三体を倒してから合流で良いな?」
姫乃がそのように確認を取る。
「うん……」
椎菜の頷きに、守晴が「了解した」と、短く答え、姫乃と歩みを揃え、疾走を開始。
互いの距離が五メートルにまで、迫ったとき椎菜が再度大声で指示を出す。
「左に旋回!」
「はぁ!?」
姫乃が苛立ちと驚愕混じりの声をあげる。も、それだけで指示には反論することなく従う。
疾走からの急旋回。脚に相当な負担が掛かる行為でバランスが崩れ一人でやっても、脚がもつれ倒れかねない。ましてや、歩調を揃える騎馬戦でやるのは、自殺行為甚だしい。
しかしそこは、さすがの姫乃、凄まじい運動神経で、弧を出来るだけ最小限にし旋回を果たし、後方の守晴もその後をぴったり追う。
その行動に意表を疲れたのか、驚愕の色を浮かべる三体の騎馬達を横目で見る姫乃。
ま、そうなるわな。オレでも椎菜の行動は分からねえもん……。
椎菜の奇行に若干の皮肉を込めながらも、攻めるなら今がチャンスと気だるげに思っていると、三体の騎馬かれ慌てふためく声が上がる。
「わわわ、ストップ、ストーップ!!」
何を言っているかわからない姫乃。
反対側に誰かいんのか?
反対側を見る。そこには、五体の騎馬が疾走して来ていた。
状況から見て、姫乃達の騎馬を追っていたのだろう。
「あーごめん。止まれないや……」
五体の騎馬のうち、誰かがそのように言うと、刹那。騎馬達は、ぶつかり合い、その衝突の衝撃で続々と落馬していく乗り手達。
かろうじて、生き残った騎馬のハチマキだけを衝突の最中、旋回し終えたカフェオンライン部の騎馬が、通りすぎ様に奪い取る。
「オッケー。じゃ、西園寺さんの援護にむかって!」
「わーったよ……。それにしても、なるほどな。あのまま前の騎馬とバカ正直に闘ってたら、後ろから挟み撃ちされていたってわけか……」
姫乃が状況を分析するように呟いた。それに満面の笑みで答える椎菜。
「うん、そ。相手はものすごく読みがうまい策士がいるみたいだけど、さ」
「なるほどな。オレらが椎菜に指揮を移すのは折り込み済みで、椎菜ならしおりさんを助けに行く。んで、前方の敵を正々堂々と倒すって読んでいたのか……」
守晴の抑揚のない自嘲を伴った声。
「結果は途中までは読み通り。あたいなら確かにそうしていた。そして負けていただろうな。だが、相手が悪かったな。椎菜は、武と知を兼ね備える。いや、違うな。椎菜は一見、武に全降りに思えて、実は知が多い。姫乃とは逆の性質を持っている」
と、守晴が珍しく長文な台詞染みた解説を入れ終えた直後、姫乃がツッコミを入れる。
「おい! 誰が知能が高そうに見えて脳筋だ!」
椎菜が二人の上でクスクス笑い混じりの同意
「あー、確かに姫乃はそんな雰囲気あるよねー」
「落とすぞ!」
脅迫染みたツッコミにさらに悪乗りで返そうとしたのは、姫乃がそんなケガしそうな事――三紅以外に――は、しないのが解っていたからだ。
しかし、そうはしなかったのは、ツッコミの刹那に、しおりの高飛車な叫びが聞こえてきたからだ。
「あなた達! 一変に攻めてきて、恥ずかしくないのですの!?」