第七種目騎馬戦~前編
陽が傾き、あと二時間程度で日没と言ったところだろう。
『さぁ、いよいよ。体育祭も大詰め。残すは、部費増額がかかった部対抗騎馬戦のみでございます。詳しい選手紹介はしません。実況はアナウンス部に変わり、美術部二年の、岩咲笹子こと、ササが勤めさせていただきます。そして、解説は――』
そこで、コンマ一秒の狂いもなく、いや少し食い気味に言葉を引き継ぐ、二者目。
『昨年に引き続き、三島桐花こと、モモがお送りします!』
『いやー、ついに始まりましたね。モモさん』
『そうですねー。ササさん』
と、スポーツの実況さながらの愉快な実況と解説を繰り広げている、モモとササ。
ササはモモと、知り合う数ヶ月前まで、引っ込み思案で、こんな大舞台で解説出来る性格ではなかった。けれど、今ではどうだ。
すっかり、モモに毒されて……。いや、モモ色に染まって、恥ずかしがることなく、自由奔放なモモのペースに置いていかれることもなく、そして何より楽しそうに、実況をしている。
それが、ササという、コミュ力モンスターの力である。
モモとササの実況と解説は、準備が始まるための場繋ぎも兼ねた、始めてみる方にも優しい見所を紹介している。
そう、こんな風に――
『やはり、優勝は今年も、西園寺先輩率いる水泳部でしょうか?』
『そうですね~。しおりんが入ってからの二年間は水泳部が優勝していますから、優勝候補の一角といっても過言ではないと思いますよ。けれど、毎年あの手この手で、対策を練ってくる文化部の生徒達の結束力も侮れませんからね』
『確かに! 今回はどんな作戦を用意しているんでしょうか? 期待です! と、ここで中継が繋がっているようです。現場のサクラさーん』
ササが呼び掛けると、少しの間。
「はーい、こちら、現場のサクラです。私は今、優勝候補の一角、水泳部の騎馬隊の前に来ています。それではさっそくリーダーのしおりさんにお話を窺ってみましょう。しおりさん、意気込みはどうですか?」
サクラは、そういい終えると、マイクをしおりに向ける。
そんなしおりはやはり、ここでも競泳水着を着用している。
マイクを向けられたしおりは高飛車に笑い出す。その様はさながら、場所が場所であれば悪役令嬢という言葉がぴったりであろう。
しかし、様が似ているだけで、その本質はまったくの逆だ。ということは、この場の誰もがわかっている事実である。
「オーホッホッホ! 優勝? えぇ、それは間違いなくしますわよ? ですが、それよりワタクシ達には目標がありますの」
「何ですか、その目標って」
「そんなの決まってますわ! 打倒、カフェオンライン部ですわ! さぁ、姫乃さんでも、守晴さんでも、良いですわよ? 首を洗って待ってなさい。よくって?」
たちまち起こる体育会系の部活の雷轟めいた、気合い満ち溢れる声達。
それにより、校内全域に響く甲高いハウリング音。
ヤバいとみた、サクラは咄嗟にマイクのスイッチをオフ。
ハウリングが解除されるや、モモが何事もなかったかように、
『はい。大変皆さん気合いに満ち溢れておりましたね~、ササさん』
という風にフォローを入れる。それに続くササの少々戸惑ったような声。
『そ、そうですね……。ときに、体育会系の部活の皆さんが盛り上がっていたカフェオンライン部とは強いんでしょうか?』
『ええ、強いですよ。といっても、主に二人だけですが、体力テストで、全学年ナンバーワンとナンバーツーがいますからね。まさに台風目と言っても過言ではありません』
「ボク達が台風の目だって」
椎菜がササの解説に気を良くし、純粋無垢に喜ぶ。
続く守晴の頷きと、姫乃の悲観の声。
「ああ、嬉しいな」
「ヘイト集まるから止めてくれー。というか、早くしろ」
「ねぇ、姫乃?」
唐突に椎菜が若干疑問符で呼ぶと、姫乃が「ん?」と、短く聞き返す。
「本当に二人だけでやるの?」
姫乃はなんだ、そんなことかと言わんばかりの相づちをした後に説明。
「あぁ、だってしゃあねぇだろ? 三紅は身長的にオレと守晴の馬には加われねぇし、モカは運動となると、何をしでかすかわかんねぇ。下手すると怪我人が出ちまうからな……」
「なに、心配するな。あたいと姫乃なら、二人で支えられる。椎菜」
守晴の言葉をため息まじりにやや否定する姫乃。
「ま、守晴はこう言っちゃ言ってるが、オレは出来ることならあと一人いたほうが、良いとは思うってのは、本当の話だ」
「だ、だよね……。二人だと負担、半端ないよね」
しおれる椎菜が、またもや勘違いしているようなので、ため息まじりにツッコム姫乃。
「勘違いすんなよ? 騎馬は三人より二人のほうが楽だ。息を合わせなくても良いからな。でも、上に乗るヤツは、バランス取るのが大変なんだ。オレが言う、もう一人いたほうが良いって言うのはな。椎菜。お前のためだ」
「ぁ……」
目から鱗で息を漏らした椎菜は、すかさず自信満々にない胸を力一杯叩く。
「任せて、ボクはバランス感覚は自信あるんだ」
「本当かよ?」
「ああ、期待しているぞ」
椎菜の返しに、二人はそれぞれの反応で、激励の言葉を贈る。
「なぁ、椎菜、耳を貸せ」
椎菜に有無を言わせることなく、椎菜に耳打ちする姫乃。
その声は残念ながら、ちょうど、アナウンスと重なり守晴には、届くことはなかった。
『あと、アナウンス部も、案外油断なりませんよ? 彼女らはずっと、この席でアナウンスをしていましたから、体力的なアドバンテージがあります。現に、毎年良いところまで残ってますからね』
『ですねー。ササさん。っと、間もなく対戦がはじまるようですよ。さぁ今年の優勝はどの部活に! 聖ブルーローズ女学園名物、部費争奪騎馬戦、開幕! まで、あと一分です。出場者は用意してください』
――等と言う、準備を早めるよう促すアナウンスが流れたのと同時に、用意するチームがほとんど。
みんな知っているのだ。解説と司会のやり取りが長いということを。仮に生真面目に最初から乗って待機するチームがいれば、そのチームは正真正銘のバカだ。
体力がもったいない。初めてのはずの、姫乃達が乗らずに待機していたのは、雪那の助言があったからだ。
『それじゃ、カウント始めます。スリツワンゼロ! はい! どうぞ!』