第四種目障害物競争・第五種目二人三脚~後編
さて、それぞれの想いでスタートした、この競技だが、結果として、三紅と姫乃チームのビリは圧倒的だった。
まず、第一の障害、段ボールの細道。
「わー、わー! 姫乃、姫乃、怖い怖い! もう少しゆっくり!」
「わーってるって。だが、速度調整とか難しいんだよ!」
そうなのだ。自分で押せる時は、感じなかった恐怖が、他者が操る場合、あるのだ。
とくに、壁すれすれの場所は、圧迫感と、どこかにぶつけられるのではという不安感が相成り、生まれた恐怖感は、予想以上に、怖いものがある。
また、押すのも慣れていなかったら難しい。
「どうですか? 椎菜さん? 怖くはないですか?」
「うん! モカ、本当に上手! だけど、もう少し速度を上げてもいっかな?」
「そうですね。ですが、すみません。私の技量ではこの速度が、当たらずに行ける限界でして……」
「あ、そっか、ごめんごめん」
そうなのだ。椎菜ほどの技量になると、下手に上手い人が押すより、自分で漕いだほうが速く、押して貰うのはありがたいが、あまりにも遅いとイライラしてしまう。
「「……」」
なんだかんだでトップで壁せま道を抜け出たのは、守晴と雪那だった。
続く障害群もなんなく突破する、守晴と雪那組。その歩みに危うさを感じない
モカもモカで、ゆっくりながらも確実にゴールに近づく中、姫乃と三紅。
続く、砂利道十メートル。
「あいたた。ねぇ、姫乃、これお尻に震動が諸にっ! ねぇ、姫乃! やっぱり怖い! 辞退しよ!?」
小石に小さな前輪が取られ、その反動で後ろのタイヤが浮き、ギャーギャー騒ぐ、三紅。
段差昇降。
「なんで、あがんねぇんだよ……」
大きい後輪から行くか、ハンドルに体重を掛け、前輪を浮かしてやれば楽なのに、そうとは知らず、力の限り押すため、後輪が地面から十度ほど浮き、落っこちそうになり、涙目になる三紅。
「ねぇ! せめて後ろからに! お願いだから後ろから!?」
三紅の心からの訴えも聞かず、無理やり前から段差を降りようとする姫乃。結果として、三紅が車椅子から落場し、地面に顔面ダイブしてしまうこととなる。
スロープ昇降。
「ねぇ、やっぱり降りる時、前からにして! 怖い!」
姫乃が前回の失敗を踏まえ、後ろから行っていたのだが、反対に終わりが見えない恐怖が三紅に押し寄せ、半泣きになる。
泥道。
「くそ。うまく行かないものだな」
前輪が泥に埋まり、それ以上前に進まず、苛立ちの声を上げる姫乃。
だが、焦りの色は、そこにはない。
なぜか。それは、既に他の二組はゴールしていたから。
「ねー、ほんと、スゴいよね。椎菜」
三紅も三紅で、このころには、あらゆる感情が降りきれて、逆に冷静になっていた。
そんな、無に近い三紅の称賛の言葉に、姫乃は苦笑を伴う短い工程をしたのちに、否定をする。
「あぁ、だな……。でも、その事、本人に言うんじゃねぇぞ。椎菜にとって、これが日常だからな。三紅だって日常を誉められても良い気持ちにはなんねぇだろ? 因みに、オレは蹴る」
「それは、やめてね!? 姫乃の蹴りは相手かわいそうだから! でも、あたしもそんなに良い気はしないかも……」
後半を萎れ気味で言い終える三紅に、姫乃が不適な笑みを醸し出し、言う。
「だろ? めんどーなことに、おそらく、この体育祭が、終わったあと、しばらくはエゴイストが増えるだろうし、な。椎菜はそれを笑顔で対応しちまうだろうが、性格的にちょっとアレだからな。少なくとも、オレ達は普通に接してやろうぜ」
「うん、そうだね!」
三紅が、満面の笑みで、合いの手を入れる。
そうこう話していると、泥道を抜け、残すは車椅子でその場で十回転。
しかし、それが一番難しい。
実際の車椅子利用者でも、いくつかのタイプに別れる。
小回り特化、スピード特化、持久力特化。と、まぁ、大まかに言えば、この三つに分けられる――とは言え、ゲームみたいな全降り特化ではなく、何が得意かという意味で、それぞれある程度は平均的――。
その中で、稀なのは小回り特化。
理由は、そんなに必要としないからである。
わざわざ、狭い場所に行かなくても、最近は通販やらが発達しており、困らなくなった。
故に、車椅子で旅行する場合の持久力や、遅刻しそうになった時に必用なスピード感は、習得する必要があるが、小回りは必要性に欠ける。
それに伴い、小回りを得意とする車椅子利用者は少ないのだ。
因みに、椎菜は幼い頃から、よく友達と鬼ごっこしたりとか、活発に遊んでいた。小回り特化なのは、その成果だろう。
――これは余談であるが、そのことが分かっていたからこそ、神坂は椎菜をカフェ部の再建に誘ったのだ。決してシスコンなだけで、再建に誘った訳ではない。ちゃんと、椎菜の能力を買って、誘ったのである――
そんな椎菜の小回りは、カフェオンライン部に入り、ますます磨きがかかっている。
そのためだろうか、椎菜が簡単そうにやっているのを見て、小回りも簡単なんだな……と、錯覚していた。
「おーい、三紅~。まだか~」
気だるげにアクビしながら言う姫乃に、不満たらたらだが、急いでいるような声で答える三紅。
「分かっているってば! でも、難しいんだよ? これ!?」
その後、二位と三分遅れで、ようやくゴールした三紅と姫乃。
その他、二人の順位はというと――三紅同様、車椅子で十回転に手間取った守晴に、椎菜が巻き返しを図るが、その前に大差をつけられているのが響き――、前半、突き放した守晴と雪那組が一位。
それから遅れること十数秒に、二位、モカ、椎菜組という結果となっている。
その間一言も言葉を交わさなかった、守晴と雪那。
競技を終え、三紅と姫乃がゴールするまでの待ち時間。
雪那が沈黙を破り、唐突に聞く。
「ねぇ?」
「む?」
「どうだったかしら? 雪の押し方は?」
刹那の間を取り、考えをまとめてから守晴。
「良かったと思うぞ? 小心者の三紅は、騒ぐだろうが、椎菜は肝が据わっているから問題ないと思うぞ?」
「そう……」
聞いた本人である雪那が、素っ気ない返答をし、会話は終了する。
基本言葉数が少ない二人の会話というのは、この程度で妥当と言える。
守晴の返答を聞いた雪那の口元は、僅かに綻んでいた。
それを思い出の一枚にするべく、遠くで鳴り響いたシャッター音があったことを、雪那は気付いている。