第三種目大玉転がし
大玉転がし。
唯一、椎菜達キャプテン組が参加しない種目。
結果的に言おう。この種目の勝者は紅組。姫乃、三紅率いる非体育会系部員達だ。
彼女達は、最後の種目、部対抗の騎馬戦のために力を温存していた筈なのだが――
「三紅ちゃんモフりたい。三紅ちゃんモフりたい!」
「絶対三紅モフ!」
「三紅モフしか勝たん!!」
――という具合に、にんじんを目の前にぶら下げた馬のように姫乃に動かされていた。
いや、この表現は適切ではない。
なぜか。それは、にんじんをぶら下げた馬は、どんなに頑張っても、一生自分の力では取ることが出来ない。
しかし、彼女達は、頑張ったら三紅をモフれる権利を獲得出来るのだから……。
それを見ていた姫乃の顔には、気だるげな微笑が浮かんでいた。
「おー、見事に体力削ってんなー。あいつら、罠だってわかってんのに、バカじゃねぇの?」
姫乃の呟きに守晴の鼻に掛けた苦笑。
「……。勝負はいつでも全力。それでこそ燃えるというものだが?」
「だね!」
「はぁ……。ここ、ピュア率高過ぎね? オレじゃなきゃ、心洗われてるぞ?」
* * *
『もうそろそろ、障害物競争が始まるんで、参加者は適宜集まってくださーい』
お昼ラッシュが終わり、落ち着いたカフェオンライン部の部室内に、そのようなアナウンスが響き渡る。
落ち着いたとはいえ、席をいつもの一点五倍に増やした店内は忙しい。
次の障害物競争からは、ほぼほぼ全員参加である。その為、顧問の神坂がスペシャルな助っ人を連れて来てくれる手筈になっていたのだが、一向に表れない。
そもそも、神坂は開部して一度も手伝ってくれた試しがない。神坂がしてくれたことは、この、学校の部室とは思えないレトロモダンと、近代系が絶妙にミックスされた、部室、及び備品の提供と、《KAMAAGE》のアップデート後のセットアップのみだ。
そんな神坂が本当に助っ人を連れて来てくれるのか? 三紅とモカが不安に思っていると、モカの背後から声。
「モカちゃん。もう、時間でしょ? 変わるわ」
「え? ま、ママ……。で、でも」
美冬の申し出に、煮え切らない返しをしていると、チリンチリンと、微かなドアベル音。
同時に息を切らしたながらの声。
「ワリッ! 遅くなった後輩。ちと、トラブってな。理事長は、他二人の助っ人を探してから来る。それまでここは恵子一人に任せて行けッ!」
そんな、ファンタジー小説やバトルマンガならあたかも死亡フラッグ過ぎるセリフを恥ずかしげなく言いながら入ってきたのは、頬にそばかすのあるメイドだった。
その場にいる客達は様々な感情で、そのメイド――恵子――を見つめる。
三紅とモカは、うっすらとだが、その人物に見覚えがあった。しかし、どこで見たのかまでは思い出せない。
故に、モカは固まり、三紅はとりあえずとことこ歩いて行き、接客対応した。
「えっと……? お客様、ですか?」
「ぁ? 違う違う、理事長から聞いてねぇ? 助っ人が、来るって……」
恵子の返答にようやく状況が飲み込めた三紅は、悲鳴染みた声を荒げる。
「あ!? 助っ人の人!!?」
「そ。その助っ人! だが、助っ人の人とは失礼だな。後輩。一応、恵子はここの先輩なんだ」
「へ? え? あ……。あーーー!!」
恵子のヒントでようやく、過去の記憶と顔が一致した三紅の悲鳴に似た甲高い絶叫が響き渡った。
そんな声が落ち着いたのを見計らって、モカが食いぎみで問う。
「じ、じゃ、もしかして……!?」
その期待に満ちた表情のモカの問いを先読みするかのように、恵子は両手を横に広げ、肩をすくめる。
「いんや、期待させてるところ悪いが、あとの二人はカフェ部の部員じゃねぇよ……。先輩方は新入社員で忙しいし、恵子と同級生のあとの二人は、言わなくてもわかんだろ?」
恵子の言い種で、恵子が何を担当していたのかあらかた見当がついた。
去年までのカフェ部は、大学四年四人、高三三人、計七人でやっていた。そして、「先輩は新入社員……」ということは、大学四年の四人ではなく、高三の三人の誰かだってことが分かる。
その内の一人、フロア担当をしていたのは芥甘那なので違う。
と、なると、部を立ち上げる前に神坂からの情報からすると、片親の父の海外転勤に付いていった料理担当、交通事故で突如両親を亡くし、小学校に通う幼い弟のために就職を決意したコーヒー担当のどちらか。
海外に行った者が、この日の為に帰ってくるというのは、現実的にも金銭的にも考えにくい。
以上のようなことを、モカは瞬時に判断し、こう言葉を発した。
「えっと、恵子、先輩……? 弟さんは、大丈夫なのですか?」
「あぁ、うちはもともと、両親共働きで、恵子も弟も昔から一人で留守番することが多かったし、心配ない心配ない!」
「そうですか……」
元気に振る舞う恵子だが、モカにはどこか無理しているように見えた。
おそらく、恵子は両親が亡くなって、弟の心配やら金銭面、就職、家事炊事等で、忙しく悲しむ暇がなかったのだろう。
固い微笑を浮かべているモカに、恵子が無音で口を動かした後に、言う。
ありがとな――
「――あのなぁ、人の心配をする前に、まずは自分達のことを一人前に出来るようにしような? 後輩達」
「ウグッ」「はぅ……」
三紅とモカは先輩のごもっともな意見に、そのような情けない声が漏れでる。
そんなことはお構い無しに、さらに畳み掛ける。
「第一、恵子達も体育祭の時は、忙しくてまともにやれなかったから、ほとんど先輩方に任せっきりだったんだよ……。それなのに、高校生だけとなった今は、やれるはずねぇだろが……。という説教は、後回しだ。いいから、さっさと行け!」
「で、でも、先輩、さすがに一人では……」
「ぁ? 恵子を誰だと思ってる? いや、知らねぇか。ワリッ! 恵子達の代は、それぞれ、ゲーム見たいなちょっとイタい二つ名が付いていたんだわ……」
「イタい二つ名ですか?」
「そ、恵子の場合、《オールラウンダーのバリスタ》。その名の通り、接客、調理、コーヒーの淹れることが一人で回せる。その分、時間はかかっちまうがな。だが、トークで場を繋ぐことはお茶の子さいさいだ」
確かにイタい二つ名である。三紅とモカは声には出さなかったものの、思い愛想笑いをする。
「で、でも、一人だとやっぱり大変だよね」
「ですです。やっぱり、他の助っ人が来るまで手伝いましょう!」
なかなか引き下がらない二人に、恵子は苛立ちを隠しきれずに、声を荒げる。
「だぁーー!! お前らは甘那か!? いつまでもうじうじと! 少しは先輩の顔を立たそうな!!?」
「あのー……」
そこで、申し訳なさそうに会話に入ってくる美冬。
それに、「ママ、どうしたの?」と、モカがすっかり存在を忘れていた母の方に視線を向ける。
「話しの途中で悪いんだけど、その助っ人のあとの二人、私達なんですよね――」
「「へ?」」「は?」
突如行われた美冬の告白に、三紅とモカはもちろん、恵子もすっとんきょうな顔と声での相づち。
「――幻悟朗さんと、しおりちゃんの誘いもあり、設備と料理の確認がてら早めに向かうことにしたんです。それで……」
「理事長に先に行くことを連絡するのを忘れたと?」
恵子が煮え切らない話の核心を付き終止符を打つ。
「は、はい」
美冬が恥ずかしそうに、頷くと刹那、三紅とモカの絶叫。
「「えええーーーーー!!??」」