第二種目 玉入れ
例によって、姫乃、椎菜、守晴は、大玉転がし以外の全種目に出場する。
玉入れは、まぁ、割と車椅子に乗ってても問題なく競技に参加出来ると思われ勝ちだが、実はこれが難しい。
というのも、車椅子に乗ったまま、地面に落ちたお手玉サイズのものを拾うのは、難しい。普通ならしゃがんで取れば良いが、車椅子は腰の高さが固定されているため、それができない。
横から拾おうとしようにも、タイヤの持ち手が邪魔で、余計距離がかかり、腕の長さが足りない。
前に屈んで取ろうにも、体の柔らかさと、腕の長さがあればこそ出来る行為である。加えて、無理に取ろうと足の踏ん張り台に体重を掛け過ぎると、前に転倒してしまう。
それを回避するには、車椅子の座席に半座りになり、足の踏ん張り台を上げて、地面に足を付けて取るというまどろっこしい行為が必要である。
また、その態勢のまま、車椅子を漕ぐとなると、スピードが出ないし、かなりの体力を使う。そもそも、半腰で漕ぐという行為時代錯誤は、高度なテクニックを要される。
ので、新たに漕ぎ出そうとすると、元の位置に戻る必要があるのだ。
この行為でかなりのタイムロスが出る。
また、座った状態で天高く放り投げるのも足のバネが使えないので難しい。
加えて、姫乃と守晴は、徒競走以外を軽んじていた。故に練習はしてこなかった。
端的に言うなら、勝負は端から目に見えていた。
椎菜は車椅子をずっと漕いでいる。そういう人は肩幅も広いし腕の長さも長い。
故に、姫乃や守晴のようなまどろっこしいことをしなくても前に、普通に上体を倒すだけで、お手玉サイズのものが取れる。
それも、止まらずに、だ。通りすぎ際に拾えるのが何より大きい。そして、玉は自分で入れずに、味方にパスし、入れてもらう。というやり方を取っている。
姫乃と守晴は、改めて椎菜の技術の高さを認識した。
* * *
そんな玉入れでの闘いで椎菜がチート級の強さを魅せている頃、カフェオンライン部内では、もう一つのたたかいが始まろうとしていた。
西園寺父娘と一緒に来店したふわふわとした印象のモカ母――美冬――と、いかにも西洋人なホリが深く、金髪、瞳の色は空色の穏和な印象のモカパパ――クーシー――が頼んだのは、やはりといっても、過言ではないかも知れないが、ケーキ類だった。
因みに、なぜ西園寺父娘と、知り合いなのかというと、美冬が通訳をしていた時に、知り合ったらしい。
「お、お待たせしました! こ、こちら、二色のソースプリンと、紅茶のシフォンケーキです」
三紅が珍しく言葉を詰まり詰まりに言う。
それもそうだ。この二人はプロだ。プロが学生がやっているお店――アマ――のケーキを注文したのだ。
これは、一騒動起きてもおかしくはない。
「あら、ありがとう。そんなに畏まらなくてもいいのよ? 本業柄、ケーキがあったら、頼んでしまうのよ。だから、このお店に宣戦布告しようと言うのじゃないから安心して」
そんな三紅の心配を拭い去るかのように、美冬は苦笑を浮かべる。
この行為が、厨房にいるモカの肺の中にある緊張という名の重く粘い空気を吐き出させ、どれだけ胸が軽くしたことか。また、三紅の闘志に火を付けたか、美冬は知るよしがない。
「さい……」
三紅が肩を震わせて言う。
それを視認するや、しまったという顔を浮かべる美冬、あわてて三紅の横に座る夫にアイコンタクトで、助けを求める。しかし、クーシーは肩をすくめるのみで助け船を出してくれそうにない。
美冬はおそるおそる、三紅へと視線を戻し、名前を呼ぶ。
「み、三紅、ちゃん……?」
それが起爆剤だったか。三紅は感情に身を任せる。
「モカを、モカの作る料理を舐めないでください! それは、あなたはモカの親だし!? プロだし!? こんな学校で学生向けのお遊びみたいな? お店のデザートは研究するまでもないかも知れません! けど……! だけど! モカの作る料理は本物です!」
「えっとね? 三紅ちゃん、私達は別に、舐めてる訳じゃ……」
そう、美冬もクーシーも別に舐めてる訳じゃない。むしろ、逆。
舐めている相手の商品をわざわざお金を払ってまで研究しようとは思わない。
相手を認めているからこそ、研究しようと思うのである。
ただ、今回は、昔は美冬に対抗心剥き出しで作ってくれたのに、最近はまるっきり作ってくれなくなった、愛娘にして、一番弟子のケーキ類を堪能したい。ただただ、それだけ。
研究しようと思って食べると、どんな美味しいものでも、そっちにばかり気が行ってしまい、おいしく食べられないのだ。
そんな思いがあることなど知るよしもない、三紅は食い下がらない。
「何が違うんですか!?」
「も、モカちゃん……」
頼りない声と、表情でモカに助けを乞う美冬。
しかし、モカも友だちが自分のことを思い、腹を立てたのだ。ここで、自分が拒否ったら三紅の怒りはなんだったというのか。
という具合に三紅の思いが伝播して、モカの決意を固める。
「ママ、お願い……」
こうも娘が真剣な表情で言われては、断ることはできない。観念とせっかくの愛娘が作ったケーキ類をおいしく食べることが出来ない虚しさから来るため息を一つつく美冬。
すると、美冬はおしゃれ度高めの手持ちカバンから、そこから出てきたとは到底思えない、真っ黒なメガネケースを出す。
そこから取り出したいかにもなエリートが掛けてそうな黒淵メガネを付ける。
それと、同時に、美冬のふわふわした空気が一転、固く、冷ややかなものと変わったのだ。
その空気が回りに派生して行き、周囲の人達にも緊張が走る。
半強制的にアマがプロに、そして、娘か母に挑むその見届け人とさせられたのだが、回りの誰もが息を呑み、見守る。そんな空気感。
この部室内では食べることしか能がない、とされている西園寺もまた、静かに見守り続ける。