姫乃スカウト
その人物は、どこか、西園寺と似たオーラが出ている。
そのように実感した、姫乃はこの人物の正体を半ば悟る。
と、同時に恰幅の良い中年男性が言葉を続ける。
「忙しいところ、呼び止めてすまないね」
「いえ、それより、なんっすか? 見ての通り、今忙しいんで手短にだけは願いたいものだです」
その不敬極まりない物言いを恰幅の良い体をさらに肥大化させ、笑って赦す中年男性。
これでほぼほぼ確定。
「ハッハッハッ……! 良いね。きみ。ますます気に入ったよ。おっと、自己紹介が遅れたね。私の名前は西園寺幻悟郎。西園寺しおりの父親だ」
「どもっす……。オレは白雪姫乃です。それで、西園寺グループの取り締まり役が何のようだです?」
「ハッハッハッ……! 私のことを知りながら態度を変えないとは。よほど礼儀がなってないか、むこうみずなのかあるいは……」
と、言葉を濁す西園寺の父、幻悟郎。
それに、ため息混じりに肩を落とし言う姫乃。
「なんっすか? 社長様は敬語がお望みっすか? それなら、敬語使うがです」
「ハッハッハッ……! いや、いい。きみのその上下意識のなく、その人の本質をついた裏表のなく喋る性格。実に素晴らしい。どうかそんな畏まらず接してくれ」
「そうか。ならさっさと本題を言えや。忙しいつってんだろが」
姫乃は言葉のまんま甘え、素の口調に戻り鋭く言う。
それも、幻悟郎は笑って赦す。
「ハッハッハッ……! すまないね。では率直に言おう。娘は迷惑かい? 迷惑なら私の方から言おう」
その本当に申し訳なさそうな声と表情で、提案してきた幻悟郎の申し出に、姫乃は鼻で笑う。
「ハッ! 冗談。確かに今は忙しいからあのバカ食いは迷惑だが、普段は良いカモとして助かってる。おかげで夏休みの旅行費がたんまり稼げて万々歳だ。それなのに、誰がせっかく良いカモをみすみすこちらから手放すかってんだ」
その、裏表のくそもない姫乃の言いぐさに、娘を良いカモだと、堂々と言い放った姫乃に幻悟郎はたまらず失笑してしまう。
「フッ……! そうかそうか。娘は良いカモか。確かに大食いの娘は、飲食店からするとそう見えるかもしれないな!」
「ああ、だろ? だから下らない心配すんじゃねぇ。最も、そっちがここのおかげで財政難に陥ってたら話しは別だがな……」
楽しそうに会話をしている二人にそれぞれ声をかけられる。
「姫乃~。ヘルプ~!」と、三紅。
「お父様、早く早く!」と、西園寺。
それに、それぞれ返事をし、姫乃は接客に、幻悟郎は四人掛けの席を確保した西園寺の元へ、向かう。
そのすれ違い様、幻悟郎は、
「きみ。将来うちの会社で役員として働かないか?」
と、姫乃をスカウト。対する答えは、
「あー、万年、平社員という確約でなら働くが、役員ポストならごめんだ。オレ、将来喫茶店開きたいからな……」
というもの。それを聞いた幻悟郎が何かを言っていたが、その時には、姫乃は既に遠く離れていたので、聞き取ることが出来なかった。
「フッ……。まったく、才能のある子は、その才能をフルに使える道を選ばず、余暇に走る道を選ぶ。だが、才能がある故にその道で成功するのも容易い。これで、私が高ポストでスカウトしたのはきみで三人目。そして、断れたのも三人目だよ……。どれ、きみが卒業したら無担保で喫茶店の資金を援助するとしよう」
等と、幻悟郎が粋な言葉を呟き終わる頃にちょうど西園寺が陣取る四人掛けの席に到着する。
「お父様は何にしますか! ここはどれも美味しいですわよ!」
満面の笑みで、言う、西園寺に幻悟郎は、椅子に腰を掛けながらおおらかに応じる。
「そうかい。それは楽しみだ」
「先輩、先輩――」
と、背後から声を掛けられる西園寺。振り向くと、そこには姫乃がいた。
「――申し分けねぇんですが、混雑中で回転率を上げてえんで、後ろの二人掛けの席に移動してくれやがります?」
それに、おおらかに訂正を加える幻悟郎。
「あぁ。じつはね。私達は四人なんだが、後の二人がトイレで抜けてしまってね。それで残り二人は一から並び直してるから、遅れて繰るんだ」
「それは、わりぃ。ったく、にしてもさきに言えよな。おい。椎菜頼むわ」
話を聞き耳を立てて聞いていた椎菜は、それだけで、姫乃が何を自分に頼んだか理解した。
刹那。純粋無垢のエンジェルスマイルを浮かべる。
「まっかせて!」
椎菜は車椅子で扉の横位置にすぐ移動。そして、左手でドアノブを下に下げると同時に、反対の手を壁につく。
刹那、ノブを引く。微かに鳴るドアベル。ある程度開けたら、ノブから手を放すと、ドアが自然に閉まるよりさきに、ドアの空いた外側に手を回す。と、壁に突っ張ったほうの手の器用な力のコントロールで、車イスの向きを変える。
瞬間、ドアの外側に回した手が外のノブを掴む。その二つの手による器用な力のコントロールで、少し入り口から顔を出すところまで行く。
ここまでにかかった時間は、実に二秒足らず。
椎菜のこのような小技の数々は、本当に端から見るとすごい。が、椎菜が言うには、車椅子ては普通のことだそうだ。
「西園寺様のお連れのお二人様いらっしゃいますか~? お連れ様がお待ちなので、申し訳ないんですが、先にご案内します」
という呼び込みをしたら普通の店なら、一人はクレームを言ってくる輩が表れるのだか、ここに並ぶのは生徒の両親ならびに家族である。
せっかくなら家族や、友人水入らずで食事をしたいと、いうことは、待っている場の誰もが思っていることだ。
故に、ここでごねるものなどいない。これが学園の部活上で行っている店の良いところだ。
「はい。それはわたしたちですが……」
長い行列の中で、おずおずと声を出しながら手を上げる二人がいた。
それを確認した椎菜はもう一度呼び込む。
「では、先にご案内いたしますので、こちらに来てください!」
「あの……」
と、否定をしたそうな女声だったが、時既に遅い。
椎菜は、両手に力を器用に伝わせ、店へと引っ込んでしまっていた。
こうなっては、仕方ないので、西園寺の連れの二人は、長く短い葛藤の末、部室内へと入店した。
「あ、あの、西園寺さんの連れの二人です」
「あ、はい! すぐに……!?」
すると、三紅と椎菜はその二人の顔を目の当たりにして、驚愕のあまり動きが止まる。
数秒遅れで西園寺が、その男女を視認すると、立ち上がる。
「美冬おば様! クーシーおじ様! こちらですわ!」
手を振る西園寺に困り顔で手を振り返す女性。
「あはは……。しおりちゃん」
刹那、モカが絶叫。
「ママ!? パパ!?」
「ヤッホー。モカちゃん来ちゃった」
同時にアナウンス。
『第二競技、玉入れ開始十分前です。参加担当の方はお集まりください……』