お昼休憩
「ハァ……。結局四位かよ……」
ため息混じりに言う姫乃。その手はコーヒーを惹く機械が握られている。
「白雪姫さん! 今は口じゃなくて手を動かして下さい!」
背後から鋭い叱責が飛ぶ。それに姫乃は半ば半ギれ状態で応じる。
「ケッ……! わーってるよ。つぅか、何気に一位のお前に言われるのは嫌味にしか聞こえねぇんだが?」
「そうですか? 椎菜さんも守晴さんもきっちり働いていますが?」
「わーったよ。オレが悪かった」
先程の徒競走の結果は、モカが一位、二位雪那、僅差で三位が椎菜。四位姫乃。五位は守晴。そして堂々のビリに輝いたのが三紅。という結果で幕を降ろした。
今はかき入れ時、お昼のゴールデンタイム。カフェオンライン部でお昼を取る人がやはり多い。
生徒の親族も、生徒達の口コミで気になっており、前のめりだった。
従い、混雑が予想されたので、事前に申請を出しお弁当販売も行っている。
椅子やテーブルを増やしいるので、車椅子の動線を確保することが困難になった。
よって、お弁当と会計は言わずも椎菜が担当。
料理もメニューを減らし、数量限定の作り置きしていたケーキで対応している状態。
ホールはほとんどの競技に出場予定の、守晴が今昼休憩を取っている。
その為、ホールでは、いつもはふわりボブの黒髪が汗で顔の輪郭に張り付いた状態の三紅が一人でやっている。
さすがに一人ではきついので、回らない分は姫乃がカバーしている。
本日のタイムスケジュールはというと、ほとんどの競技出場の椎菜と守晴が交代で三十分の昼休憩を取る。
残りの三紅とモカは、合間合間に各自賄いを取るようにしている。
しかし、それでも各自、競技に出るので手の回らない時がある。それが大学生がいないことの最大の弊害である。
人手が足りない時間帯はなにやら神坂がスペシャルスタッフを用意しているようだが、詳しくは聞かされていない。
「ともあれ、良かったよ。コーヒーが主食の姫乃がいてくれて」
三紅が満面の笑みで言う。
「おい。人をコーヒー与えてたら動くみたいに言うな。オレだって腹が減る。ただ、一日二食なだけだ」
それに接客を笑顔を除いて完璧にこなす姫乃が、無愛想に突っ込んだ。
いつもはホールで動くのは、黒のめしべの薄紅の花と、藍色のめしべの藤色の花、それから白の長いめしべと、薄蒼の花でキレイな印象だ。
それが、栗色のめしべ、黒色のめしべ、藍色のめしべになってもキレイなのだから、不思議だ。
カランコロン……。
「お父様、着きましたわよ! ここが……」
という、シックな印象の喫茶店を思わせる部室内に、とても不釣り合いな声を出し入店してきた人物。それは、この状況ではあまり好ましくない大食漢、西園寺しおりが来たことを知らしていた。
「あ、先輩。今日はパスで……」
姫乃が素っ気なくあしらうと、西園寺が声を張り上げる。
「ちょ!? 何ですか! あなた人をやっかい者みたいに言わないでくださいまし! お父様の前なのですから!」
「いや、来てくれたのは嬉しいんっすけど、生憎、今うち手が回ってないんっすよ。だからいつものように食いつくしてくれやがりますと、モカがオーバーヒートするんで……。ってな訳で帰ってくれやがりますか?」
そう言い終わると、姫乃は深々と頭を下げる。
それに、西園寺は、少し唸りを上げて、妥協案を提示した。
「うー、分かりましたわ! それならば、一つしか頼みませんから! それで良いですよね!?」
「ほんっと、すんません。オレ達の判断ミスです。なんで、今日の金は結構です」
姫乃は口は悪いがこういう時の危険回避能力は凄い。
料理か出てくるのが遅いだの、姫乃の接客が悪いだのと、少なからず不満はある。
それで、この西園寺に対する態度だ。忙しいから帰れという態度、あれは良くない。なのに、西園寺は笑って緩し、謝罪を込めた理由を聞いた。
それで、自分で提案出した西園寺に姫乃は再び謝罪と感謝を述べた。
これにより、気の良い西園寺が次に取る行動はというと……。
「いえ、お礼を言うのはワタクシ達のほうですわ……。あなた方が先輩方の意志を継いでくれていなかったら、ワタクシ達の憩いの場は、きっと今頃……。ですから、ま。失敗はつきものですわよ。それに、あなた方は、教えを乞う先輩方もいなく良くやってるとワタクシは思いますわ。そんな、あなた方に非難を浴びせる者はここにはいません。そうですわよね!? 皆さん!!」
その呼び掛けに、部室内からは、各自同意の声が上がる。
それを聞いた頭を下げた状態の姫乃は、ニヤリと含み笑いを一瞬浮かべる。と、即座に舌をおもいっきり噛み、涙を演出すると、頭を上げる。
刹那、血で汚れた口内を見せないように、極力口を動かさずに声。
「皆さん、ありがとうございます。これか ら頑張って行くんで、温かく見守ってくれやがりますか?」
姫乃は、もう一度深々と頭を下げるとたちまち巻き起こる、声援。
それに、たまらずとりあえず、姫乃と同じく深々と頭を下げる三人。
そこまでもが姫乃の書いた筋書き通り。
西園寺はもとより、その気前の良さと、気さくさで、人に愛され易い。もし、西園寺のことを気に入らない生徒がいたとしても、次期オリンピック選手候補であり、西園寺グループの一人娘と来られては、敵対するのは得策ではないと、誰の目から見ても明らかだ。
敵対し恨まれたら、この先の人生、間違いなく棒に振らざるを得ない。それくらい、西園寺の未来へのポテンシャルは高い。ま、本人の気質からして、そういう陰湿なやり方はしないのが分かっているので、姫乃の場合、多少当たりが強いのだが……。
今回はその西園寺の人望を利用し、不満を押さえ込んだという訳だ。
部室の声援が一段落した後、何事もなかったかのように、業務に戻ろうとする姫乃。
それを、紳士風な男声が呼び止める。
「きみきみ」
「ん?」
そこにいたのは恰幅の良さげで、それでいて人柄も良さげ。潔白という二文字が良く似合いそうな中年男性だった。