第一種目徒競走~前編
各々の想いを胸に秘め、走った徒競走残すことあと一組を残すだけとなった。
走者が位置に着くと、生徒達からは歓声が、そうでない観客からはどよめきがそれぞれ上がった。
そのどよめきを予想してたかのように、アナウンス部が報道部とこの日の為に協力し、一生懸命考え、椎菜や理事長である神坂に何度も確認を取った、懇親のアナウンスを読み上げる。
『ご観覧の来賓、ならびに我が学園に通う、ご家族、関係の皆さま、長い長い徒競走はこれで終わり。次の組で最後となります。次の組、一風変わって車椅子での競争となります。今回からの試みとしまして、車椅子の大変さ、車椅子ユーザーの凄さ、ならびに将来車椅子になっても――』
等の長ったらしい演説めいた説明を紹介をしている。最中、待たせられている六人はというと、守晴が熱気溢れる闘志で待機し、雪那が冷ややかに、闘志を内に溜め込んでいた。
そんなやる気満々の二人の間に挟まれるように、気だるげな姫乃。
「なぁ、さっさと走ろうぜぇ……。あっつい。つまらない。時間の無駄。アナウンス部。いつまでダベってんだよ……」
「そうね。でも、仕方ないんじゃない? 誰かさんが流して走る組を囃し立てたから、時間が予想以上に蒔いてるのよ」
「グッ……! も、もしかしてオレのせいなのか?」
遠巻きに、核心のついた嫌味を言われ、更にげんなりする姫乃。さらに、悪意なきダメ押しの守晴。
「だな」
「あー、もうわーったよ。オレが悪かった。でもよ。最後の騎馬戦に向けて戦力を少しでも削ぐだろ? フツー……」
両隣から避難の声。
「ハラグロね。あなた……」
「ハラグロだな。姫乃。闘いというのは、準備万端な相手と闘い、勝利すればこそ、意味があるというのものだ。疲れきった相手に勝利してもなんの意味はない」
「姫乃さんって性格悪っ!」
「お前らが正々堂々過ぎんだよ!! 世の中じゃ、オレの作戦が当たり前なんだよ!! あと、誰だ、どさくさに紛れて悪口言ったヤツは!?」
そんなカオスな三人組とは打って変わって、三紅、椎菜、モカは待ち時間を楽しく話していた。
「ねぇ、ねぇ、二人って家族来てるの?」
言い出しっぺは椎菜だった。
それにモカが間を開けずに答える。
「私は、来てますよ?」
「えー、どこどこ? 確かモカさんのお父さんは外交官をしていて、お母さんは通訳をしていたんでしょ!? そんなエリート分子を振り撒いてる人達が近くに、ぜひ一目みたい!」
若干のお祭りテンションになっている三紅が言う。と、モカは愛でる視線を三紅に送りながら指で指し示す。
「あちらにいますよ?」
と、そこには、明らかに優秀なオーラが出ていない北欧風の外人男性――モカパパ――と、その横に誰かと話している穏和な雰囲気漂う女性――モカ母――の姿があった。
「へー、仲良さそうだね!」
椎菜の純粋な反応に、モカは手を振るモカパパに穏やかに手を振り返しがら言う。
「ええ、パパ……。コホン! 父とは仲良くやっています。母とは、普段は仲良くやっていますが、ケーキの話となると、互いにヒートアップし過ぎて、ついケンカになっていることがしばしば……。その時は父にどちらが美味しいか決めて貰うんです……」
「うわー、モカパパ大変そう……。それで、結果は?」
「あ、錦織さん。それ聞きます? アマがプロに勝てるわけないじゃないですか? 結果は私の惨敗です」
自嘲に似た苦笑を浮かべたモカ。その眼の奥には、漲る何かが渦巻いていた。
「そっか……。いつか勝てるよ!」
「ありがとうございます。錦織さん!」
三紅が発したのはお世辞でも同情でもなく、本心だった。
事実、椎菜も口にはしてなかったが、そう思っている。モカには才能がある。
しかし、モカは椎菜や守晴のように、感で成長するタイプではない。どちらかと言えば雪那のように努力して成長するタイプだ。
成長速度は遅いが、着実に成長して行くので、雨垂れが石を穿つように、根気よく努力を詰めば、いつかは……。
「三紅のところは来るの?」
そういう様な想い胸に秘め、質問をする椎菜。
と、気まずそうに指で頬を掻きながら、煮えたぎらない三紅。
「あー。あたしの親はさ、両方とも背が高いからさ……」
「あぁ。それで、自分の小ささが際立つから、来ないでください、と?」
「事実! 事実だけどさぁ、分かっているなら言葉にしないでくれるかなぁ!?」
涙眼になる三紅をクスクスと笑っているモカと椎菜。そうこうしていると落ち着いたようで三紅はこの話題最後の人物へ話を振る。
「ところで、椎菜のお姉さんは?」
「いるよ、あそこに……」
首だけで乱雑に伝える椎菜。
視線を向けると、そこには一眼レフのカメラ、ハチケー対応のビデオカメラ、ならびにスローカメラを構えている神坂の姿があった。
それを見た、部員の中でいちにを争う穏和な心の持ち主の二人でさえも、顔が引き吊り、瞬間的に悟る。
うん。見たら行けない人だ。見なかったことにしよう……と。
ぎこちない動きで、椎菜に視線を戻すと、三紅の渇いた笑声。
「あはは……。嫌だな。椎菜、理事長はいるの知ってるよ。だって、理事長だもん。いなかったら逆にクレームもんだよ。あたしが聞いたのは、もう一人のお姉さんのことだよ」
「そーですよ。椎菜さん。ほら、あの人、名前何でしたっけ? えーっと、たしか……」
「あぁ、ユゥ姉! んー、ユゥ姉はいつもふらっと来て、ふらっと消えるから、分かんないや!」
「あー、確かに、あの人、自由人っぽいもんねー。世界各地をヒッチハイクで旅をしてそうな……」
「あー、確かにそんなイメージありますよね」
「ちょっ! 人の姉ちゃんをなんだと思ってんのさ!!」
と、同時に三人が微笑。
そうこうしていると、アナウンスによる概要説明が終わったようだ。
『――それでは長らくお待たせしました。どうか最後の走者達に温かい声援をお願いします』
会場から聞こえてくる声援や歓声。そこには先ほどまでのどよめきは感じられなかった。
それまでにも、演説が聞いた訳ではなく、実は生徒会や風紀委員を主導に、生徒達に親や家族に長いアナウンスの最中、カフェオンライン部のこと、椎菜のことを説明して欲しいと、いうお願いをしていた。
親や家族も、自分の娘に楽しそうに説明されては、納得せざるを得ないだろう、という目論見だったらしい。
残りの問題は来賓で来ているお偉いさん方だが、お偉いさんは場の空気が反論する空気じゃない限りは、なかなか声を上げない。
反感を買い、自分への人望が落ちるのが怖いからだ。
それでも、そんなお偉いさんの中でも空気が読めず、自分が世界を回していると、言わんばかりの、お偉いさんは少なからずいる。
そんな時に、この学園の報道部は強い。
お偉いさんの弱味を独自に調査して、掴みこれを世にばら蒔かれたくなければ……。という具合に脅し、反論が出来ないように釘を刺す。
そんなことをすれば、逆に反感を買い、下手をすれば命の危機に陥るのではないか、という心配はない。
この報道部には、大手報道メディアにパイプがある。
この学園の生徒や関係者に直接、手を下そうものならば、向かう先は自滅。それが、お偉いさん方に知れ渡っている暗黙の事実である。
何かこの学園の綻びを見つけようと、来ているお偉いさんもしばしばいるが、その綻びを見付けられることはまず、ない。
あったとしても、報道部に握り潰される。もしくは、この学園の理事長の持ついくつかの切り札によって、踏み倒されることになるのだが……。
『さぁ、それでは走者のご紹介をします!』