二枚目
――このゲームには、どういうわけか、名前を持つ武器が搭載されている。
そして、それらの武器は一癖も二癖もあるものが多く、説明書きもキャラの魔法の説明書き同様、シンプルにしか書いていない。
【両槍ウミボタル】もそのうちの一つで、説明書きには、【アマネス専用武器。両の先端が槍になっている。分離して二つの短槍に!】というのしか書いていない。
分離方法については書いていないので、シンプルに闘いの最中、その方法を探すのは難しいのだが――
「ねぇ、キミ、本当に初めて?」
「そうだが?」
「初めてで、この槍を分離する人なんて、初めてみたよ……」
「そりゃどうも!」
と、両者が笑みを崩さずに、会話を続けているのは、激しい撃ち合いの最中なのだから、驚きだ。
両者の戦技はほぼ互角。いや、剣一本で攻撃と防御をしないといけないサファイア騎士のほうが、短槍二本で攻撃と防御が出来る重装備少女より、少々不利と言ったところか。
だが、さすがは歴戦の猛者であるサファイア騎士。
不利なら不利なりの戦い方があるようで、まずは、焦らず無理に攻撃をせず、相手の攻撃を躱わすことにのみ専念する。
相手の攻撃をしてきて、体勢が崩れたところで、その隙に重い一撃を加える。
成功したら、その重撃で体勢がさらに崩れたところに、軽い攻撃を連続で叩き込む。
だが、最初の重撃を躱わされ、逆にカウンターで食らったらもともこもないので、全身全霊とは行かない。
常に並列思考が求められる。そんな状況。それをサファイア騎士は持ち前の天性の感の良さで行っている。
だが、それも初見で一回成功し、重装備少女の【HPゲージ】を残り四割まで削ったのみ。
それ以降、重装備少女は、攻撃型からカウンター型に戦法へと切り替えた。
と、なると、嫌でも攻撃せざるを得ないサファイア騎士は、仕方なく攻撃し、カウンターを仕掛けてくる相手の攻撃を躱わし、更なるカウンターで仕留めようとする。
しかし、重装備少女もそれを読んでいるようでわざと、カウンターさせやすいところに隙を作り、そこに攻撃を誘導し、躱わすと、更なるカウンターで襲い掛かる。
その繰り返しは、まるで型が決められた演舞のような美しく、苛烈なものであった。
そんな永遠に続くように思えた、攻撃の化かし合いだが、タイムカウントがそれを赦さない。
タイムカウントは既に【010】を切っていた。
重装備少女は残り【HPゲージ】は、一割を切っているのに対し、サファイア騎士は四割ほど残っていた。
何世代前かの格闘ゲームであれば、逆転は充分可能だろう。
しかし、この《KAMAAGE》の場合はほとんどの場合、逆転は不可能。
しかし、重装備少女は諦めが悪く、手に持つ二つの短槍を空中で離し、近くに放置していた大盾を持ち上げると同時に、サファイア騎士へと向かい投げ付ける。
「どっこいしょーーー!!!」
この闘いの始まりと同様、気合いが入っているのか、抜けているのか分からない雄叫びをと共に、サファイア騎士の視界を大盾が遮る。
サファイア騎士はそれを冷静に剣を勢い良く振り、後ろに弾き飛ばす。
刹那。視界が回復して眼に飛び込んできたのは、勢いよく飛来する一つの短槍。
それは、頭目掛けて真っ直ぐ飛来してくる。いくら、【HPゲージ】が残っていようと、頭を破壊されたら、一撃で全損してしまう。
しかし、サファイア騎士は、大盾を弾き飛ばすので、大振りしてしまった反動で動くのに時間が掛かる。
そして、それは織り込み済みだった。サファイア騎士は慌てることなく、氷壁でガードする。
短槍が氷壁に虚しく阻まれる。これにより、サファイア騎士の【MPゲージ】はゼロ。
だが、同時にこれで、重装備少女の逆転は不可能となった。ある一点を除いては……。
「やるね。君」
「そっちもな! ゲーム内とは言え、俺をここまで追い詰められたのは、久々だな!」
「あはは。ボクもここでいい勝負になったのは君で二人目だよ……」
「そうか……。悪いな……」
重装備少女は、眉間にシワを寄せ、呟きながらもう一つの短槍を自信の喉元に近付ける。
その迷いのある声を聞くや、サファイア騎士はその迷いを振り払うように、純粋無垢な笑声で語りかける。
「ううん。ゲームの仕様だから、ずるとかじゃないよ。ボクも気づいていたし――」
タイムカウント【001】。
氷壁で阻まれて、互いの顔は見えなかった。ものの両者、相手が満足そうな顔を浮かべていることだけはわかった。
そして、重装備少女は短槍を自分の喉に刺し【HPゲージ】が全損。
「――おめでと。キミの勝ちだ……」
刹那。この事がトリガーとなり、【アマネス】の魔法が強制発動。
これにより、サファイア騎士と、重装備少女の【HPゲージ】が逆転した。
タイムカウント【000】。
サファイア騎士の視界に【YOU LOSE…】という文字が浮かび上がる。
* * *
「キミ、すごいね!!」
「そ、そうか……?」
尻尾を振る犬のように、食いぎみで迫る椎菜。それに少々押されぎみの王子。
それも当然、王子は売れっ子アイドル、スノーとして女性達に迫られるのは、慣れている。
営業スマイルに、営業対応をしているだけだから、問題はない。しかし、素の王子として、女性に迫られるのは、慣れていない。
王子の心は、未だ初心で思春期真っ只中の中三男子であるのだから。
「うん! だって、初めてなのに【アマネス】のポテンシャルを最大限に引き出すなんて……。普通出来ないよ!!」
「そ、そうか?」
「うん! あの戦法は誰も実戦しなかった」
「そ、そうなのか……。カウント終了を狙って回復して、逆転勝利なんざ、いくらでも思いつきそうだがな……?」
「違う違う。武器を投げる方法だよ!」
「ああ、あれか……。別に普通だろ? 筋力が高いわ。武器をいくらでも装備可能だわ。そうなったら投擲しかないだろ? ただな、武器を二つしか装備出来ないのは、投擲ではちとキツいな……」
「ああ、それならオリジナルキャラメイク限定装備で、黒い玉があるんだ。それは、ランダムだけど、事前に選んだ武器がいくつか出てくるよ? まぁ、最も投擲目的以外、あまり意味なくて、みんなそれを思い付いていないから、忘れ去られているけどね!」
「ま、マジか……」
王子は、姫乃が驚いたときに良く使う言葉で、驚きの声を上げる。
二人はあまり似てないようだが、この時、初めて二人の血の繋がりを感じた。
「っつうかさ。そろそろ退いてくれ……。この体勢はいろいろ不味い」
王子はゲーム空間から戻り覚醒すると、間近に椎菜の顔があったのだ。
椎菜は、興奮のあまり、王子が座っているゲーミングチェアに、手を王子の顔の両端に付く形で、乗り込んでいた。
そんな状況を客観的な思考で、整理した王子が何をしているのか聞くより先。椎菜が「キミ、すごいね!!」という言葉を浴びせてきたので、その勢いに負け、会話を続けていたのだが、この体勢は思春期真っ只中の中三男子は辛いものがある。
椎菜の吐息が口の中に掛かるほど、唇と唇の間は近く、目を下に落とすと、重力に負け落ちたジャージの隙間から、椎菜の鎖骨が見える。そこから下に目線を落とす勇気は、王子にはなかった。
「あ、ごめんごめん、動けないよね……。待ってて、今退くから」
「あ、いや、良いんだ……」
女性に耐性のない王子の思考回路は既にショート寸前だった。だが、乙女心が乏しい椎菜は、王子の太もも辺りに、乗り身を回転させる。
これにより、王子は完璧にショートした。そんなことに気が付いていない椎菜は、そそくさと車イスに乗り換え、あるものを取りに行き、戻ってくる。
そして、満面の笑みで声。
「はい。これ、ボクに勝ったから、お店の一年無料パス! って、あれ!? どうしたの!? 姫乃! 君の弟の頭から煙が出ているけど大丈夫なの!?」
椎菜はようやく王子の状態に気が付き、慌てる。
そんなやり取りをガチファンのモカは、恨めしそうに見て、椎菜と同じく乙女心が乏しい守晴は、何が起こっているのか分からず見ている。
それに、昔からの付き合いの三紅と、姫乃は悪戯まじりの笑声を上げる。
「相変わらず、女に弱いな……」
「そうだね。これだからおー君はからかいがいがある」
そんな、カオスな空間にタイミング良いのか、悪いのか、呑気なアナウンス。
『徒競走が始まりますので各自、適度に集まってください……』