メンバーと王子
聖ブルーローズ女学園の体育祭の日の一日は長い。
朝九時から十時の間に登校した後に、それぞれ準備をし、十時に開会式変わりの校内アナウンスは、効率化のため。
その後、昼までにめんどくさい、全員参加の徒競走を終えると、昼からは、選抜メンバーによる玉入れや、大玉転がし、障害物競争、メドレーリレー、借り物競争、二人三脚等をし終え、最後は自由参加の生徒会主催の部活対抗の騎馬戦だ。
この騎馬戦。生徒会会計が予備費で勝者の部活に、部費を無条件でアップしてくれるというもので、体育会系の部活はもちろん、部費の少ない文化系の部活も血眼で参加する。
特にこの騎馬戦で気を付けないと行けないのは、体育会系の部活ではなく、文化系の部活である。
流石に一つの部活では、体育会系の部にはとうてい勝目がないので、協力し合い勝ちに来るのである。
そして、どの年代にも必ずいるのだ。優秀な策士と言う奴が……。
そして、これは親の承諾があればだが、夜は後夜祭が開かれ、毎年多くの参加者で賑わっている。
その後夜祭では、調理部や、茶道部、スパイス研究会からお弁当同好会に至るまで、それぞれの自慢料理を振る舞う。
また、この後夜祭、最大の特長は、各部活の意外な料理自慢が腕を振るうことだ。
調理系の部活は、頼めばいつでも食べれる。しかし、それ以外の部活の料理が食べられるのは、年三回しかない。それ故に、レアな食事を求め、あるいは雰囲気を味わいに参加するのだ。
因みに、姫乃と椎菜は、全種目――大玉転がしを除く――参加する予定である。
カフェオンライン部は、昼時から夜まで通して開ける予定だが、利尿作用のあるコーヒーは脱水症状になったら行けないので、後夜祭まで提供しない予定だし、ゲームに至っては今日は提供しない。
自ずと、姫乃と椎菜の持ち場が空き、全種目に出場しても困ることはないだろう。それがカフェオンライン部全員の見解である。
しかし、どうしても人手が足りないときがある。そんな時は、スペシャルゲストが手伝いに来てくれる予定である。
「それにしても遅いですね……。錦織さん」
とは、モカが昼の下準備をしながら呟いた一言である。
それに近くのテーブルに項垂れている姫乃が答える。
「いつものこったろ」
その言葉に続く、モップで床を拭いている守晴と、料理の下ごしらえを手伝う以外に器用な椎菜。
「だな」「だね!」
そんな会話をしていると、遠くから三紅の元気な声が聞こえて来た。
「と、ウワサをするとなんとやら、来たみたいですよって、あれ?」
「だな。ん?」
「あれ? ねぇ? 三紅ともう一人、声が近付いているけど……。姫乃。知ってる?」
椎菜の声の終わりと共に、三人はほぼ同時に姫乃を見る。
これに姫乃は、
「はぁ? なんで、オレが知ってる体何だよ? 三紅とは長い付き合いだけど、三紅の交友関係を把握はしてねぇよ。つか、してたら怖いだろ」
と、怪訝そうに突っ込んだ。
「そ、それもそうですね。いえ、白雪姫さんに聞いたのは、その声が男性のものみたいで」
「へー、あいつ、男友だちいたんだな」
「それで、三紅と姫乃は同じ中学だから、知ってるかな~。って」
「ああ、なるほどな。残念だな。期待に添えなくて」
と、モカと椎菜の言葉を眉一つ動かすことなく、余裕で一刀両断した姫乃。
だが、その次の瞬間、守晴の言葉により、その余裕が消え去ることになるとは、夢にも思わなかった。
「あ、いや、あたいは近付いて来る気配が、お前に似ていたからなのだが……」
「は? ま、まさか……」
守晴の超が付くほどの特殊技能は、もはや突っ込む気に慣れない姫乃は、もう守晴の特殊技能は疑いようがない事を理解している。
それ故に、姫乃の脳裏には、とある人物のことが過っていた。
血相を変え、勢い良く立ち上がり、出入口を睨む姫乃。刹那、その不安は的中することとなる。
「ついたよ! おー君。ここがあたし達の部室、カフェオンライン部だよ!!」
その名に、全身が凍り付いた姫乃だが、三紅のことだ。弟の他に『おー君』と呼ぶ男友達がいるかもしれない。と、浅い希望を抱いていた。
「おお、サンキュ。三紅姉。助かったよ」
これで確定。
刹那、姫乃の内側から込み上げる怒りと、共に部室のドアが外側から開く。
瞬間、微かに鳴るドアベルを書き消すような金切り声。
「みんな~! 姫乃の弟連れて来たよ~!」
「ちわっす」
ぼそりと、呟くように挨拶する男子生徒に、まず挨拶を返したのは、椎菜だった。
「よろしくね! 弟君。ボクは椎菜!」
「宮坂モカです」
「守晴だ……」
「よろしくっす……」
一通り挨拶し終え、再びぼそりと呟いた男子生徒に、姫乃は突っ掛かる。
「なんで、お前がここにいやがる!! オレはぜってー来んなって言ったよな!?」
「それは、姉貴がやってる店を見てみたくて、かな?」
「いや、それはいい。だいいち、ここへはどうやって入った? オレは招待状渡してないはずだぞ!?」
「あー、それはあたしが身元を保証したから……」
「ぁん?」
何をしてくれてんだ。おどれ! と言っているかのように、ガンを飛ばす姫乃。
その目に睨まれた三紅は「ひっ!」と、一瞬にして涙目になる。
そんな三紅を庇うように男子学生は、視線の間に入る。
そのさりげない動作に気が付いたモカは、「あらあら、これは……」と、口の中で呟く。
姫乃も姫乃でそんな甘ったるい弟の行動で胸焼けを起こしたらしく、ため息と共に毒気を出す。
「はぁ……。わかった。来たもんはしゃぁねぇ……。だが、お前な、オレの店の部員にそんな態度はなんだ? もっと、ちゃんと挨拶しろ」
「ケッ……! わーったよ」
男子生徒は気だるげにそのように、応じ、曇りガラスのメガネと帽子をほぼ同時に取り、最後にマスクを顎下まで下ろした。
その素顔は、まさに爽やかイケメンという字を、そのまま具現化したようで、それを見たモカだけが、目を大きく見開き口をパクパクと動かしていた。
そのことが目に入った男子生徒は、やれやれと、言わんばかりの顔となり、刹那、声。
「じゃ、改めて白雪王子だ。こう見えて、一応アイドル《ファンタジーノーツ》の一人、スノーだ。そして、姉貴の被害者でもある」
「《ファンタジーノーツ》とはなんだ?」
「姫乃の被害者ってどういうこと?」
守晴と椎菜がそれぞれ疑問をぶつけると、モカが鼻息を荒くして熱弁を開始。
「お二人とも知らないんですか!? 《ファンタジーノーツ》は、今から三年前にデビューし、今や知らない人はいない超売れっ子三人組アイドルですよ!? 中でもクールで、なにごとにも動じない、星雪の王子ことスノー様は、スポーツ万能、クイズ番組でも優秀、まさに完璧!! スノー様は、インタビュー記事に『デビューのきっかけは、姉が勝手に送ったんですよ』と、話されており、この事から、スノー様には姉がいることは確定!! それが、まさか白雪姫さんだったとは!!? そんな有名人を知らないだなんてどうかしてますよ!?」
「む……。そうか。すまぬな。あたいはテレビより、身体を動かすほうが好きでな……」
「あはは……。ボクもテレビよりゲームのほうが好きだから、テレビはあまり見ないんだよね」
モカの圧に、守晴は負け、モカの熱に椎菜は若干ばかし引いていると、姫乃が後ろから声をかける。
「モカ、モカ……」
「何ですか!?」
興奮冷めあらぬまま振り替えるモカに、さすがの姫乃も気後れしてしまう。
「お前がオレの弟のファンだってことはわかった」
「ファン? そんな言葉では生ぬるいです!! 私はスノー様を最推しです!!」
「そ、そうか。でもその推しの前で推しについて語るのって恥ずかしくね?」
「ぁ……」
姫乃の言葉でふと我に返り、硬直。
同時に、今までの行動が脳裏にフラッシュバック。この後、モカを急激な恥ずかしさが遅い、身悶えを起こすことは言うまでもない。