おー三紅の百年戦争
「もー、待ってよー。おー君!」
そんな三紅の呼び掛けに足を止め、振り返ったのは、ダサめの全身青色の制服に身を包んだ、緑桃中学の生徒にして、姫乃の弟でもある、怪しさ満天の男子だ。
「あー、ごめんごめん。久しぶりだから三紅姉の歩幅に合わすの忘れてたわ」
爽やかな笑みで、さらりと煽りにも謝罪にも取れる、言葉を発した。
三紅は頬を小動物のように、膨らませながら可愛らしい怒声を浴びせる。
「ちょっと、それどういう意味!?」
笑い飛ばしながら、子供の怒りをからかう大人のように、男子生徒は、三紅の頭を撫でる。
「相変わらず、ちっちゃいな……。三紅姉は……」
「本当に投げ飛ばすよ!?」
「おう、投げて見ろ、投げれるもんならな!」
そこで、三紅の頭の中の何かが音を立て切れた。
その瞬間、三紅は自信の頭を撫でている手を取りながら、振り返り、背負い投げの要領で投げ飛ばす。
……かと、思われたが、三紅が振り返るために軸足に体重を掛けた時。男子生徒は、その軸足を軽く足払い。
「わっ!」
これにより、バランスを失った三紅は、地面に倒れ込みそうになる。
それを、男子生徒は三紅に捕まれた手を一瞬で振りほどいた。そのままその手を三紅の腰に回し、三紅に土が付くのを防ぐ。
三紅は頬を仄かに赤く染め、
「おー君……」
と、呟く。これに、男子生徒はマスク越しからでも、わかる程、口角を弛ませ言う。
「また、俺の勝ちだな……」
「いや、それは分かったけど、そこ腰じゃなくてお尻だから」
急に冷めた目線になる三紅の言葉に、思わず男子生徒は、「へ?」と、情けない声を出す。
それと同時に、遅蒔きに腕から張りのある柔らかい感触が伝わって来る。その事を認識した男子生徒はテンパり、三紅の体を支える手を退けてしまう。
「キャッ!? 痛たたた……。もう、おー君! 助けるか助けないかどっちかにしてよ!?」
尻餅をついてしまった三紅は、またしても怒声を浴びせる。
それに形の良い眉を寄せる男子生徒の謝罪を入れながら、手を差し出す。
「わ、わりぃ。テンパっちまった」
「ううん、いいよ。それにしても、相変わらず、おー君は女子に免疫ないよね」
言い終わり、差し出された手を取る三紅。それに男子生徒は、頬を赤く染め、それを悟らせないよう、そっぽを向く。
「うっせ!」
「本当に可愛いね。おー君は」
「うっせ。いつまでも子供扱いすんじゃねぇぞ!」
「それはお互い様でしょ」
三紅の質の良い笑顔による反論をされ、男子生徒は、顔をさらに赤らめ、口をパクパク動かすのみしか出来なくなる。
その数秒後、なにも考えられなくなった男子学生は、思わず思ったことが口から出てしまった。
「可愛すぎんだろ。本当に三紅姉は姉貴と違って、人形みたいで良いな」
「ん? なんか言った?」
「な、何でもねえよ!?」
苦し紛れのはぐらかしだが、三紅は何の怪しみを持たずにそのまま受け流す。
と、そのまま手を後ろで組み、前へとゆっくり足を進める。
「ふーん。そっか……。ところで、これからおー君はどうするの?」
「どうもこうもねぇよ。入ったらこっちのもんだからな。あとは姉貴の店に押し掛ける。その為に来たもんだからな」
「ふーん。おー君って、相変わらずなんだかんだで家族思いだよね~」
「はぁ!? なんでそうなんだよ!?」
家族思い。その言葉は思春期真っ只中の子供には、少々むず痒い物がある。この男子生徒もまた、例外ではないようで、思わず強く反論してしまった。
そんな反応を見た三紅は、小悪魔めいた笑みを浮かべ、からかう。
「なーに、必死になってんの。おー君は、本当に可愛いね……」
「だから、子供扱いすんじゃねぇって言ってやがるだろが! このちびデビル!!」
「かちーん。もー、頭来た! おー君のシスコン! ファザコン! マザコン!! ファミコン!!!」
「ちょ、お前なぁ、言って良いことと悪いことがあるだろ! ちび三紅!」
「それはこっちのセリフよ! このファミコンおー!!」
「人を何世代前かのゲーム機のチャンピオンみたいに言うな!! ちび三紅!」
「それはこっちのセリフですー! 人を古いボーカロイドのちっちゃい版、みたいに言わないでもらえますか~? っていうか、さっきからちびちびって言い過ぎじゃないですか? なんとも、ボキャブラリーの少ないことでしょう。お可哀想に」
「それは、てめえも同じだろが、このバカ!」
「バカって言ったほうがバカなんです~」
「てめえは、小学生か!?」
と、唐突に勃発したなんとも程度の低い口喧嘩は、ほんの少し前まで、緑桃中学で名物だった通称《おー三紅の百年戦争》。
なぜ、百年戦争という名前が付いているかというと――
「あり? ちょっと待て。三紅姉……」
ふと、冷静になった男子生徒が三紅を止める。これに三紅も息を切らしながら、「な、なによ……」と、それに応じる。
「俺たちって、なんで、こんなケンカしてたんだっけ?」
男子生徒が真面目な顔でそう聞くと、三紅もきょとんとした顔になる。
「そ、それは、あれよ……。あれ? なんだったけ?」
「な? 今回はここまでにしないか?」
男子生徒の提案に、三紅は満面の笑みで応じた。
「うん。いいよ! あたしもこれから、おー君と、訳のわからない喧嘩で気まずくなるのイヤだし」
「ああ、俺もだ!」
互いに微笑を浮かべ、なんだかんだで仲直りしたようだ。
――以上のように、この二人のケンカはいつも、突然勃発し、一定のヒートアップすると、三紅、もしくは男子生徒が、ケンカをした理由について言及する。
しかし、二人とも、怒りのあまり、ケンカした理由を忘れ、すぐに仲直りする。
未だケンカの勝敗が明確についたことがない。
「ねぇ? おー君、まだ開店前だけど、よってく?」
「良いのか?」
何の迷いもなく、三紅は頷き答える。
「うん。いいよ! それに、おー君も、開店前のほうがくつろげるでしょ? それに、皆におー君のこと紹介したいし!」