三紅と王子
二千三十九年六月十八日の土曜日。
体育祭当日の朝。
白雪家では、こんな会話が成されていた。
「ねぇ、姫ちゃん本当に体育祭見に行かなくて良いの?」
「あー、しつけぇなぁ! 来んなって言ったらゼッテー来んな!」
「私は良いんだけど、ほら、お父さんが死にそうだから……。お父さんだけでも」
「なぁ、頼むよー。マイプリンセス。キミの有志を心のフィルターに刻みたいんだ」
「あ、そ。なら来ても良いが……」
「本当かい!?」
「そんかわり、絶交な」
「そ、そんな~~」
チラッと時計を見ると、既に時刻は六時を回っていた。
「あーも! クソオヤジに付き合ってたら遅れちまうじゃねぇか!」
「ふぁぁ……。休みの日ぐらい静かに出来ないかなぁ。うちの家族は」
「おぅ! 起こして悪かったな。オレもう行くから静かになると思うわ」
「あれ? 姉貴。今日体育祭なのに、早くね? 店開くのか?」
「ん? 体育祭と学祭は書き入れ時だからな。開くに決まってるだろ? 外部の客ががっつり金落とすからな。がっぽり稼がねぇと……」
「へぇ、俺も行こっかな?」
「いや、オマエはクソオヤジとおふくろと違う意味で、マジでやめろ……」
「元はと言えば、姉貴のせいなのに酷くね!?」
「んじゃま。行ってくるわ!」
「あ、こら逃げんな!! 姉貴ぃ!!」
* * *
今日は天気にも恵まれ、晴天。
時刻は午前九時の少し前。
例のごとく、ギリギリに投稿して来ている三紅。今日は、校門の前では生徒会と風紀委員、それと教師が中心に厳重な入場規制をしている。
ここは女子校ということもあり、不審な輩や変質者、近くの学校に通う不埒な行動理由から潜入する、男子生徒が体育祭や学祭の時に、増加する。
その為、各生徒に十枚の――申請すれば追加で貰える――招待状を配り、来て欲しい者に渡し、それがないと入れない。
ま、最も紛失したり、高値で売却したりする生徒も中にはいる。ので、招待状で全てを管理するのは不可能。
それが、行事の招待制にしている、学校の結論である。しかし、この学園には情報に強い報道部というものがある。
その報道部が、事前に売りそうな生徒に目をつけ、張り込んでいる。これにより、売却目的の生徒は、報道部の密告を恐れ、思うように動けなくなる。
となると、残る問題は紛失だが、これはどうしようもないので、目を瞑っている。
それに、この学校には長年蓄積した出禁リストというものがある。これにより、問題になりそうな人物の入場を断絶している。
一見問題になりそうな行為だが、生徒が主導でやっていることもあり、大人は強く言えないし、仮に言ったとしてもほとんどの大人は返り討ちになる。
そんな中、一番厄介なのは、他校の男子生徒だ。毎年、あの手この手で無断入場を考え、毎年一人か二人侵入を赦してしまう。
今年もそれは例外ではないようで、
「だーかーらー! 俺はここに通う姉貴がいんだよ!」
まだ眠そうな三紅の目を覚まさせたのは、この学校ではほとんど聞くことが出来ない、低い怒声であった。その声はよくよく聴けば爽やかなイケボ。
しかし、それを感じさせないほどに、いかにも、な服装をだった。
マスクに、曇りメガネ、スポーツキャップから出ている髪は、さらさらとした質の良い金。とその中程から毛先までは茶色。
前身青色のちょっとダサめの制服は三紅と姫乃が通っていた緑桃中学の男子用の制服。
そんな制服を懐かしむように、三紅が見ていると、曇りのないメガネを掛けた、生徒会役員だか風紀委員だかが、役所仕事のように対応する。
「ですから、その方を呼んで確認しますから、その方の名前をお教え願えますか?」
「だーかーらー! 俺は姉貴に来んなって言われてるんだよ! 姉貴をここに呼んだら帰らせられるのが目に見えてるんだよ!」
「そうですか。ではお引き取りを……」
「だーかーらー!」
と、言い合っている二人。話しは平行線状態。それを野次馬みたく見ている生徒達はヒソヒソ声で話している。
「今回は粘るわね」
「そうね。弟作戦たって無理がありすぎじゃない」
「誘導かしら?」
「イケボなのに残念ね」
「人は、外見と中身が違うって、本当よね」
「うわー、大変だなー。生徒会さん達」
そんな感想を言い合っている生徒達に、紛れ三紅も呟いた。
と、その瞬間、緑桃中学の男子生徒は、何やら気に触ったのか、三紅がいるほうのグループを見た。
同時に、手を大きく掲げ、明るい声。
「あ、三紅姉! 久しぶりぃ。そういや、三紅姉も、この学校だったっけ?」
「へ?」
自分のことを『三紅姉』と呼ぶその人物の姿をまじまじと凝視する。その数秒後、三紅の脳裏に、一人の男子の顔が過る。
刹那、悲鳴に似た絶叫。
「あーーー!! もしかしておー君!?」
「そうそう。でも、その呼び方いい加減止めてくれよな。さすがにハズい」
照れながら笑うおー君なる人物に、無警戒にとことこと近付いた三紅。すると、その返しに、三紅は小悪魔めいた笑みで言う。
「えー、いいじゃん。それとも、なに? みんなが知っている名前で呼んで欲しいの?」
男子生徒は痛いところを疲れたようで、少しどもる。
「う……。わーったよ。おー君で良いよ。それにしても、相変わらず腹黒だな……。三紅姉は」
「投げ飛ばすよ!?」
三紅と男子生徒がそのような会話を繰り広げていると、「コホン――」という咳払いで割って入る、メガネを掛けた生徒役員。
「――それで、錦織さんがこの中学生の姉ということでよろしいです?」
三紅がないないと、手を大きく横に降りながら答える。
「違う違う。おー君はあたしじゃなくて、姫乃の弟だよ。身元はあたしが保証するからおー君は入って良いよね?」
「はい。失礼しました。お通りください」
爽やかな笑みを浮かべながら、謝罪をし終えると、生徒役員が、男子学生に行き先を手で指し示し、先に行く事を促した。
「けっ……。何度も言ったろうがよ……」
納得がいっていない男子学生は捨て台詞を吐きながら、校内へと歩み行く。
それを三紅は、校門の近くで見ていた野次馬生徒達と、入場規制をしている生徒達に、一礼をしてから後を追う。
「おー君! 待ってよー!!」
そんな二人を見送る生徒達は、こういう会話をしていた。
「まったく、あの姉ありにして、この弟ありね」
「そうね……」
「でも、あの人、どこかで見たような……」
「気のせいじゃない?」