日常①
二千三十九年六月十日の金曜日。
どしゃ降りの放課後。
この日、屋外でやる部活は休みとなっていた。
その為、カフェオンライン部は、いつにもなく大盛況。
金曜は、椎菜のホールデーでもあり、それも相成って大混雑している。
そんな中、珍しい客が訪れた。
カランコロン……。
ドアベルの音と共に、入ってくる人物。
「椎菜。いる?」
「いらっしゃい! って、雪那先輩じゃん? どうした?」
姫乃が声を掛けると、雪那は片腕を腰に当てると、ため息。
同時に眼鏡の下の鋭い眼光で姫乃を睨む。
「なに? 雪が来ちゃ行けない?」
「いや、そう言うわけじゃねえけど。雪那先輩。毎日、授業終わったらそのまますぐに帰るって聞いてて……」
「そうゆうこと。ちょっと椎菜に、車椅子操作について聞きたいことがあっただけよ――」
カバンのポケットからとあるカードを取り出す。それを姫乃に見せ付けるように、頬の前で提示する。
「――それに、こんなもの貰ったんだから、使わない手はないじゃない」
雪那がクールな微笑で締め括る。
「ま、それもそうか……」
姫乃は悪魔めいた微笑で応じる。雪那が提示したカード、それは、椎菜を打ち負かした証。
カフェオンライン部の一年無料パスだった。
「でも、何やら忙しそうね。出直した方がいいかしら?」
「いんや。構わねえよ。客は客だ。客が細かい事気にするんじゃねえよ。ま、とわいえ、相席にはなっちまうが……。そうだ。特別にVIPルームに招待してやろか? ま、準備室だがな」
「いえ、相席で良いわ」
「そうか。なら少し待ってろ。こら、三紅! 何ぼさっとしてやがる。さっさと客を席に案内してやれ! 相席って良いってよ」
ちょこまかと、動く薄紅色のバラの妖精こと、三紅に乱暴に指示を出す。
「もう、分かってるって!」
「あんたが言ったら良いじゃない」
「やだよ。めんどくせぇ」
怠惰で自分勝手なお姫様こと、胸元に黄色の刺繍がついたバリスタの姫乃は吐き捨てるように言った。
そうしていると、急かし過ぎたのか――というより、十中八九そうである――三紅の脚がもつれ、盛大に転ぶ。
それを透かさずフォローに入るのは、薄蒼の営業ブリッ子ナイトこと、守晴。
そのことを予測していた、藤色の天使こと、椎菜は相席を頼みに行っていた。
何が起ころうがマイペースで動じない――本当は料理に集中し過ぎて回りが見えていないだけの――エルフこと、胸元に茶色いバラの刺繍が入ったモカは、鼻歌を奏でながら料理を作っている。
「あのー、すみませーん。相席してもらっても良いですかー?」
椎菜にエンジェルスマイルで頼まれたら、早々断れる筈もなく、四人掛けテーブルに座る三人は、あっさりとオッケーを出してしまう。
その確認を取ると、椎菜な満面の笑みでペコリと一度、頭をさげ、雪那のほうへと向かう。
「お待たせしました。こちらへどうぞ!」
その間、椎菜が相席の許可を取ったテーブルでは、
「あー、ついてないわー」
「ま、でも、混んでるみたいだし、仕方ないんじゃない?」
「そそ。それに、椎菜さんの頼みを断れる?」
「いや、無理だわー」
「「ねー」」
と、会話を繰り広げられていた。
そこに、椎菜の案内により、雪那がやって来て、軽く謝罪。
「ごめんなさいね。無理を言っちゃって」
そんな聞き覚えのない声に三人は、誰だよコイツ? と心の中で思いながら愛想笑いを作り出す。と、振り返りながら声。
「いえいえ~。構わないで……。って、き、ききききき桐谷先輩!?」
と、相席者が雪那だと気が付き、大声を出し、固まる一人の二年生テニス部員。残る二人は、驚きのあまり、絶句で固まる。
雪はメデューサか!? というような、突っ込みを心の中でする雪那。
本当にメデューサに睨まれ、石になったのではないか? と疑いたくなるほどに微動駄にしない三人に答える。
「ええ。そうだけど? やっぱりお邪魔だったかしら? ごめんなさいね。どこかの席が開くのを待つとするわ……」
身を翻し席から放れようとする雪那を、テニス部員の一人が引き留める。
「い、いえ! 迷惑なんてとんでもない! ど、どうぞ!」
「え、ええ……?」
雪那は空いている席へと座ると、椎菜が、
「それでは、ご注文が決まりまししたらお呼びください!」
と、元気に言い切りその場を離脱。
テーブル回りを見渡す。そして、対角線上にメニューを見つける。
「ねぇ?」
「「「ひ、ひゃい!」」」
三人が同時に噛みながら返事。
「そこのメニュー表を取って貰える?」
一番近くの、生徒が即座にメニューを取り、両手で雪那に献上。
「どどどどうぞ!」
「あ、ありがと?」
顎に手を当て、しばしメニューとにらめっこする雪那。
それをホワワン……。と、見とれているテニス部員達。
「ねぇ?」
「「「ひ、ひゃい!」」」
またもや、噛みながら返事する三人に、雪那は問う。
「何かオススメはあるかしら?」
「お、オススメですか……? それなら、白雪さんの淹れるコーヒーは美味しいですよ」
「ごめんなさい。雪。コーヒーは苦手なの……」
「そ、そうなんですか? な、なんか意外ぃ……ですね。で、でも、カフェモカならいけるかもしれませんね」
「あぁ、そうだね。あたしもコーヒー苦手だけど、椎菜さんが進めてくれたカフェモカは飲めたし……」
「そう。それならそれを貰おうかしら?」
「は、はい! すみませーん! 桐谷先輩にカフェモカをお願いしまーす!」
「あ、あの桐谷先輩、甘いものは大丈夫ですか? ダイエットとかしてたり……」
「してないし、甘いものは大好きだけど……」
「あと、シフォンケーキ追加で~!!」
と、勝手にシフォンケーキまで追加された雪那は、
「ねぇ?」
と、声を掛ける。それに、本日三度目の噛みながらの返事。
「「「ひ、ひゃい!!」」」
そんな三人の反応を見て、ため息一つ。
「やっぱり迷惑だった? それなら今からでも待つけど」
「い、いえ! そう言うわけじゃ本当に無いんです! た、ただ……」
「ただ?」
「「「私達【ヘカテー】様の大ファンなんです!」」」
そんな恥ずかしさと、申し訳なさから赤面し、涙を目に浮かべる三人。
「でも、桐谷先輩。今はオフだから……」
「迷惑を掛けたら行けないと思い……」
「ですが、目の前に【ヘカテー】様がいると思うと……」
「緊張してしまい、そのうえ……」
「桐谷先輩もクールでカッコいいし……」
「だから……」
「「「すみません!!!」」」
と、三人は代わる代わる言葉を繋ぎ必至に弁解した。
そんな三人の様子にたまらず笑いが吹き出る。
「プッ……。クスクス……」
「「「き、桐谷先輩?」」」
小刻みに肩を震わせている、雪那を怒りのあまり気が狂ったのでは? とおそるおそる名を呼ぶ三人。
そんな三人に、雪那は声色を落とし、キザな口調を意識しながら言葉。
「ごめんごめん。三人の気持ちに気付けなくて……。でも、それならそうと早く行ってくれたらいいのに。僕のことを好きだって言ってくれる人はいつでもウェルカムだからさ」
「「「~~~~!??!?!?」」」
身悶えを起こす三人。
その光景を見ていた姫乃は苦笑を浮かべ、呟いた。
「なんか、あの席だけホストクラブになってね?」