車椅子初試乗
「な、なんだよ。それ……。車椅子なんて、適当にのって、適当に漕いでたらいいんじゃねえの?」
姫乃のいかにもめんどくさそうな声。
これはコーヒー以外の何に対してもそうなので、椎菜は気にしない。
「そう思うんでしたら漕いでみて下さいな」
モカは自信満々に指摘する。
「なんで、お前が自信満々なんだ?」
「あら、忘れましたか? 私、運動音痴ですから、体育の授業の度に骨折や肉離れ起こしてたんです。それでその都度、車椅子に乗ってましたので」
モカはどや顔で、胸を張りながら答えた。
「ま、まじか……。ていうか、なんで三紅とモカはここにいんだよ?」
反応しづらい話題になったので、姫乃は的確に話題を変えると、モカがそれに答える。
「私は運動音痴ですけど、車椅子の技術はおそらく椎菜さんの次にあると、確信しています。ですから、勝てるかなーと思いまして」
三紅がいじけたように口を尖らせながらそれに続く。
「あたしだけ仲間外れなんてズルいよ」
「ふーん。なるほどな。ようは、三紅は仲間外れになりたくないからって、駄々を捏ねたわけか……」
「言い方!!」
姫乃が楽しそうに三紅いじりをしていると、ため息まじりの雪那の声。
「なんでもいいから、早く話を進めてちょうだい……」
「あたいもそうして貰えるとありがたい」
アクビをしながら守晴と雪那の意見に賛同する姫乃。
「ふぁあぁ……。それもそうだな。練習なんてめんどくせぇし、パパっと終わらせようぜ。な? っつうわけで、とっとと頼むわ。椎菜」
「へ? あ、うん」
急に話を振られ、キョドりを見せる椎菜だが、咳払い。
した椎菜はいつの間にか、細く黒いフレーム眼鏡を掛け、手には指し棒が握られていた。
椎菜は前置きをおいて説明を開始。
「えー、先に謝っておきます! ボクはゲームが趣味だから、説明もゲームみたくなってしまったらごめんなさい」
「うん。大丈夫だよ」
三紅が元気に答える。それに、満面の笑みを返すと、説明を再開。
「えっと、まず、車椅子の種類について説明します。車椅子には手動と電気で動いて、スティックでコントロールする電動車椅子。電気の力で漕ぎ手の負担を軽くするアシスト機能が搭載された車椅子があるんだけど。ま、慣れれば手動が一番速いし、今回も手動しか使わないから電動とアシストは説明をこれぐらいにするとして……」
そこで、椎菜は手に指し棒を手に握りながら小器用に、左右に広がる四台の車椅子の中心に移動。
説明。説明を再開。
「また、手動にも色々種類があって、おもにこの三つのタイプに分けられます。まず、耐久力と押し手が便利な介護タイプ。これは物凄く重くて、自分に漕ぐのに向かない。次にボクが乗っている、または、ボクの右にある二台のような全てにおいて万能な生活タイプ」
椎菜は、ここでまたもや移動を開始。
今度は左側の一風かわった車椅子二台の間まで行く。その最中――
「そして、欠点は多いけど、スポーツには向いているスポーツタイプがあります。因みに生活タイプの値段は十万前半から二十万後半なのに対し、スポーツタイプはなんと百万ぐらいです」
「ま、まじか……」
「え!?」
「ま、妥当な金額ね」
姫乃が唸るように呟き、三紅が驚愕し、雪那が冷静に呟いた。
と、三者三様の反応を見せていると、椎菜が後輪のタイヤが上下で斜めに付いている車椅子を指し棒で示しながら言う。
「スポーツタイプにも代表的なものは、こよ二種類があって、こちらは小回りに特化したバスケに向いた車椅子――」
椎菜は次に反対側にある、これまでとは違いなにやら仰々しい見た目の、タイヤが三輪しかない上に前側がこれでもかと言わんばかりに突出している車椅子を指し示した。
「――で、これがスピードに特化した、陸上用の車椅子。もちろん。本番でも、この二つは使っても良いよ? 乗りこなせるんもんならね」
椎菜が、含んだ笑みで締め括ると、それを聞いていた雪那が同種の笑みを浮かべる。
「なるほどね……」
雪那が他の四人には聞こえない音量で呟くと、同時に姫乃が声と共に移動を開始。
「よっしゃ。じゃ、お言葉にあまえてオレはこの速いほうを使わせてもらうぜ」
「じゃ、あたいはこの小回りが聞く奴を使わせて貰うとするか……」
「どうぞどうぞ。あ、スピード特化のやつは正座で乗ってね」
「おう、わかった」
「他に何か説明いる?」
「いや、勘でやる」
「あたいも同じく」
「そう。じゃ、二人共、体育館の端まで行って帰ってきてくれる? あ、そうだ。せっかくなら競争で!」
椎菜がなにやら、ウキウキしながら提案すると、
「なんでも、良いから、ちゃちゃっとやって、早く終わらせようぜ」
と、めんどくさそうにそれを承諾。
もう一方の守晴はというと、無言でスタート位置を決め、そこに移動していた。
それを視認した姫乃はため息を一つ。その後。ぎこちない動作で、雪那の横へと移動。
「以外に細かい調整はムズいな。これ」
なんとか、位置に着いた姫乃を見て、椎菜は何やら楽しそうにスタートの合図を出す。
「じゃ、いっくよ~。位置について……」
「ちょっと待ちなさい。椎菜」
と、その合図を止めたのは、他でもなく雪那だった。
「どうしたの?」
と、首を傾げ聞く椎菜に、雪那は可憐な微笑を浮かべ、答える。
「椎菜。雪とモカもその勝負参加するわ。もちろん残った二台の車椅子でね……」
「え!? な、なんで、私もなんですか!?」
勝手に出馬宣言をされ、声を荒げるモカ。
それを有無を言わさんと言わんばかりに、冷徹に睨む。
「文句言わない」
首根っこを捕まれ、半ば強引に参加させられることとなったモカ。
モカと雪那がスタート位置に着くと、姫乃がやや小馬鹿にした言い方をする。
「おいおい。雪那先輩。話ちゃんと聞いていたか? この車椅子のほうが速いんだぜ。そんな、生活で使うような車椅子じゃ、勝ち目はないって……」
「さぁ、それはどうかしらね?」
「いくらゲームでナンバーツーの技術者だからといって、一位になるのは難しいと思うぜ」
「ええ、雪も、そう思うわ……」
含んだような笑みを浮かべる雪那。その変化にようやく気が付いた姫乃は、問い詰めようとした。
だが、それはかなわない。何故なら、そうしようとした次の瞬間、椎菜がスタートの合図を出したからである。
「位置について~、ヨーイドン!」
で始まった四人による親善試合。
一番先に抜き出たのは、陸上用の車椅子に乗った姫乃。その後ろを追うのは、ダークホースのモカと、半台後ろに雪那。もう一つのスポーツタイプの車椅子に乗った守晴はちょっと出遅れたか。
「これ、両手を同じ強さで漕がないと、すぐ曲がるな……」
「へへっ……。こんなにスピードが出るのか。こいつぁいいや。さっさとゴールして、めんどくせえ特別授業なんかとっとと抜けちまお……」
と、ここでトップを独走する姫乃の車椅子にマシントラブルが発生。崩壊。
……。という具合で試合は、ダークホースのモカの勝利で終わる。
試合が終わって、椎菜は最後の説明に入る。
「はい! ということで、今みんなに試してもらってわかったと思うけど、スポーツタイプは、非常に扱いが難しく一朝一夕では扱えないんだ。一ヶ月しかないことを考慮すると、スポーツタイプの車椅子の機能を完全に引き出すのはまず不可能だと思う……。モカを除いては、ね!」
「やっぱりね……」と、冷静に雪那。
「まじか……。これは本気でやらねえとやべぇな」と、苦笑混じりの姫乃。
「そういうことか……」と、守晴。
「え!? 私、乗れちゃうんです!?」と、声を荒げるモカ。
こうして、地獄のような楽しい、椎菜の車椅子講座は幕を上げたのである。
「ねぇ、みんな盛り上がっているとこ悪いけど、やっぱりあたしだけ仲間外れじゃん!?」