体育祭先行練習
二千三十九年五月十七日の火曜日。
三時間目。
毎週火曜の三時間目と四時間目と金曜日の六時間目は一年は体育の時間となっている。
――因みに椎菜は体育の授業は別メニューを受けている――
そして、体育祭の練習はチーム調整のため、来週からとなっている。
そんな晴れ渡る空。かんかんでりの日差しの中、気だるげに校庭に整列している姫乃はいた。
唐突に鳴り響くホイッスル音。刹那。
「一年一組津雲真宵! 一年三組錦織三紅、宮坂モカ! 一年四組、白雪姫乃、守晴オーロッディーユ! 前へ来い!」
鋭い女性の声に呼び出された姫乃はのそのそと前に歩み出る。
「はーい、なんか用っすか~?」
前には既に呼び出された他四人の生徒が並んでいた。
その更に前に立つ紺のジャージ姿で、背が高い長い髪をポニーテールにした女性教員は、姫乃の態度をみるや、眉間に手を当て、やれやれと言わんばかりに首を振る。
「ったく。お前というやつは……。いや良い。済まないが言い忘れていたが、錦織、宮坂、白雪、守晴の四名には体育館で、特別講師による特別授業を受けてもらう! さっさと行け!」
「「はい!」」「うむわかった」
体育教師の指示通り、早足で体育館に向かう三紅、モカ、守晴。それに対し、姫乃はうだうだと反論。
「えー、それはないってー。せんせー。第一なんで、オレらカフェオンライン部の四名だけが特別授業?」
「知らん! 理事長命令でな。実はアタシも昨日の昼頃に聞かされてな。ま、運が悪かったと諦めてくれ」
「えー、なんだよ。あのクソ理事長」
とうの神坂への愚痴をこぼしながらも、姫乃は体育館へと向かっていった。
姫乃は今、神坂の逆らいでもして、あの約束がなかったことにされることが嫌だった。故に、渋々ではあるが、体育館へと向かったのである。
「あのー……」
「ん? どうしたんだ?」
一人取り残され、どうしたものか。と言わんばかりに声を掛けた真宵。
しかし、呼び出した本人は聞き返す始末。これには真宵も苦笑するしかなかった。
「いやいや、先生が呼び出したんでしょ?」
「あー、そうだそうだ。津雲。お前には今日の特別授業の記録をとってもらうこととなった。わかったらさっさと行け!」
「いや、無理です……」
「へ?」
「だから無理です。報道部の機材は、原則、前週の木曜までに届け出を出した後に、部長と副部長が調整した後に、使えます。そして、機材は部室ないほうが多いですから、急に言われても無理ですから、諦めてください」
「そ、そんな……。じゃ、私、クビ……?」
「御愁傷様です」
真宵は冷静に言い残し、列に戻って行く。そんな真宵を泣きすがるように追いかける女性教員。
「ちょっと待ってよ~! 矢野さんから許可は貰ってるんだからー!!」
「それを先に言ってくださいよ……。まったく。それでは機材を取りに行ってきます」
真宵はため息まじりに、答えると機材を取りに部室に向かう。
* * *
「ふぃー、疲れたぜ……。遅れてさーせん」
姫乃は軽い謝罪と共に、体育館を訪れる。
中には、既に五人。
三紅と、モカ、守晴。あと二人。
そのうちの一人。赤渕メガネを掛けて、天然パーマの影響で、アッシュグレーの渦巻きに巻かれた短い髪が特徴的な生徒がため息を一つ。
刹那、声。
「遅いわよ……」
「さーせん。でも、なんで、桐谷先輩がここに? 椎菜はこのメンバーから想像するに分かるが……。あ、もしかして、特別講師ってやつです?」
腕を胸の下で組んだ状態の雪那はめんどくさそうに再びため息。
「何を今さら……、白々しいにもほどがある。雪那でいいわよ。それと、残念。雪も特別授業を受けに来たの……。これでこの返し何回目……」
「ま、まじで? 雪那先輩」
「ええ。雪は昨日の昼休み。どんな形でもいいから、体育祭、椎菜さんと勝負させて。って理事長へ直談判しに行ったら、この特別授業に行きなさいって言われたの」
「じゃぁ特別講師っていうのはいったい誰だよ? めんどくせぇ……。なぁ、椎菜、お前理事長からなんか聞いてね?」
椎菜に話しを振ると、肩をびくつかせた後に、気まずそうに声。
「じ、実はね……」
説明を始めようとしたその瞬間だった。
外から車のバック音が聞こえ、数秒後消える。さらに、その一分後。
神坂が体育館に表れた。
「ごめんなさいね。ちょっと道が混んでいて遅れたわ。悪いけど誰か車から下ろすの手伝ってくれる?」
「はーい」「はい!」「心得た」「はぁ……」
と、やはりここでも、姫乃以外は指示に文句を垂れることもなく従う。
「姫乃行かないの?」
椎菜が眉間にシワを寄せながら聞く。
「ああ、良い! 荷物運びなんてめんどくせぇし、それに、守晴がいりゃなんとかなんだろ」
「それもそうだね」
維持が悪い笑みを浮かべた姫乃に、椎菜が純真無垢な笑みで答える。
それと時を同じくして、入り口から神坂、三紅、モカ、守晴、そして、刹那の順にソレを押して来る。
そんな光景を見た姫乃はたまらず苦笑。
「おいおい。マジか……」
四人が押して来たのは空の車椅子四台――そのうち二台は、椎菜と同じタイプだが、ほか二台は、なにやら違っていた――。
姫乃がそこまでを視認し終えると、椎菜に声をかける神坂。
「はーい。おまたせ~。椎菜。とりあえず、家からあなたのお古の車椅子二台と、注文の車椅子二台。借りてきたわよ。他の車椅子は来週には間に合わすから」
「うん。ありがと! 姉ちゃん!」
「良いって。良いって。わたしは椎菜の願いのためなら、破産や死さえも厭わないから」
「うん。それは普通にやめてね」
「ええ!?」
極度のシスコンっプリを見せた渾身の言葉を、あっさり椎菜に一刀両断され、涙目になる神坂。
「に、しても、驚きましたよ。まさか理事長トラック運転出来るなんて……」
「ええ、そうね。雪もまさかだったわ」
モカの言葉に同意する雪那。それを聞いた姫乃は、ため息まじりに突っ込む。
「あんた。本当になにもんなんです?」
「さぁ?」
そんないつも通りの返しを経て、姫乃は神坂を問い質す。
「それで? 結局特別授業はなんなんです?」
神坂はわざとらしく思い出したかのように、歩きながら説明を開始。
「ああ、わたしは別にコーチングはいらないって言ったんだけどね。でも、椎菜がやるならフェアに闘いたい。って言うから、今からあなた達に、車椅子の扱い方についてレクチャーするわ。ね? 椎菜せんせ」
椎菜の肩に手を乗せ、締めくくった神坂。
それを合図に、子どもめいた笑みを作り出し、椎菜は話しのバトンを引き取る。
「ま、そういうこと。みんなやるなら本気でやっちゃおー」