《KAMAAGE》エキシビションマッチ~閉幕
激しい鋼と鋼の打ち合い。
殺神と天使に対峙する幼女と青年の方がアツいと、判断し観客達はこの二人の闘いはあまり注目してこなかった。
ましてや、アデスやらアビスやらそんな感じの聞いたことがない、無名のプレイヤーが《KAMAAGE》ナンバーワンプレイヤーの【W.C.S】でも勝てなかった運営側の刺客、【微笑みの聖剣】に勝てる筈はおろか、足止めもまともに出来ない。そう誰もが思っていた。
だが、結果はどうだ。
聖剣と桃色縦ロールの髪を持つ女子の戦闘はほぼ互角……。いや、正確には【削りダメージ】が女子のほうにのみ通っているので、聖剣の方が優勢ではあるが。
まさかこの女子がここまで闘えるなんて、誰も予想していなかった。
観客からは「何者なんだ……」やら、「つ、強い……」やらと、驚愕の声が上がる。
そんな事はつい知らず、女子と聖剣はこの撃ち合いを楽しんでいた。
「うん! 楽しい!」
激しい撃ち合いの最中、聖剣は天真爛漫な笑みを浮かべ、言う。
これに、女子も薄い笑みを浮かべ答える。
「あたいもだよ……」
「だよね! お姉さん。良い動きをしてるよ!」
「お姉さん……」
「あれ? 違った? ごめんごめん。どうしてもアバターに引っ張られちゃうんだよね。許してよお兄さん!」
「いや、あたいは女だよ」
「なんだ、やっぱりお姉さんじゃん!」
「でも、そっちの方が年上だから、お姉さんではない」
そんな女子の一言でさらに剣気を増す聖剣。同時に苦笑。
「さぁ、なんの事だか……」
「隠したいなら、隠してて良い。あたいはそれに興味はない。あたいはただ強い者と闘いたいだけだから……」
笑いが吹き零れる聖剣。
「……。あぁ、そうだったね。でも、残念。これで終わりだよ」
聖剣は天真爛漫の笑みを崩す事なく、女子の剣を手のひらで受け止める。
そのモーションを見るや、女子は追い討ちを叩き込むでもなく、即座に剣を放棄。
「正解だよ――」
そこで聖剣は【過負荷ダメージ】を諸ともせずに、地面を割らんばかりに踏み込み、追撃を開始。
それと同時に、温存していた藤色の翅を展開。これにより、地面と平行に跳ぶスピードを殺すことなく。いや、それより加速して飛ぶ事が可能となり、みるみる女子との距離を詰める。
その間、聖剣はこのような言葉を続けていた。
「――リアルならね……。でも、これはゲーム。危険を冒してでも、ここは、追い討ちを仕掛けるべきだったね!」
言い切ったと同時に、聖剣は丸腰の女子に、渾身の突きを繰り出す。
その瞬間、聖剣の背後からキザな声。
「いや、正解だよ」
聖剣がその声に気が付き、翅による急停止からの切り返しを試みようとするも、それは間に合わなかった。
それより先に、聖剣の行く先に、開け放たれた状態のアイアンメイデン――トゲなし――を模倣する雪像が現れる。
聖剣が入ると同時に、アイアンメイデンの雪像はひとりでに閉まって行き、完全に閉じると同時に青年が鬼気迫るように発言。
「【スノーメイデン】……!」
刹那。アイアンメイデンの雪像の上部。おそらく内部からの極太の雪のトゲが貫かれる。
それと同時に、観客からは歓声が上がる。
だが、青年と女子は警戒を怠らなかった。
青年はアイアンメイデンを模倣した雪像を想像し、具現化したのだ。そして、その言葉通り内部から外部の壁を突き破るように飛び出た凶悪な刺。
と、ここまで聞けば成功と思える結果だが、アイアンメイデンは前身をくまなく刺さるように、下部にも刺がある。
それなのに、この【スノーメイデン】には下部に刺が現れなかった。
その答えは明らかだった。
【スノーメイデン】発動から三秒後。
亀裂が入り、内部から表れたのは聖剣を中心に、凄まじい速度で横回転する藤色の半透明な四枚の剣。
瓦解する【スノーメイデン】。
その細かな欠片に光が反射し、中から表れた聖剣を幻想的に照らす。
笑みを崩す事なく言う聖剣。
「ふぃーー。驚いたー」
「この、化け物め……」
青年が苦笑し、そう呟くとそれに反応した聖剣は物悲しそうに横目を流す。
「そうか。キミがここにいるっていうことはあの二人はやられちゃったんだね……」
「ああ、察しの通りだよ。そして、僕もまた時間がない。悪いが感傷に付き合うのはまた今度だ」
「あー、みたいだね。じゃ、二人ともまとめてかかって来て! ……。って、その剣じゃ闘えないよね?」
聖剣は青年の中程からぽっきりと折れた剣を確認するや、自身の桃紫色に輝く剣を放り投げる。
それを刃折れの剣を即座にに空中で手放し、取る青年。
同時に気迫漂う声。
「なんのつもりだい?」
「ボクも本気のキミと闘いたい。ただそれだけだよ。それに、ボクの剣はまだ四本あるし、キミが【出血ダメージ】による自主退場するまでの時間なら、充分余力はあるしね」
曇りなき眼と淀みのない声で言い切った、聖剣を前に、青年は苦笑するしかなかった。
そして……。
「そうかい。じゃ、遠慮なく使わせてもらうよ」
その声に聖剣は満面の笑みで応じる。
「どういたしまして!!」
その僅か一秒後。脆弱の戦況は誰が合図するでもなく、全員が同時に動き出し、再び激化する。
左腕が根元から欠落しているため、そこから赤いエフェクト。アバターの命とも言える【HPゲージ】を溢して行く、醜悪な【出血ダメージ】のせいで、タイムリミットがあるために生き急ぐ青年は、攻撃が単調になる。
普通のゲームプレイヤーなら、その単調になった動きに付け入り、攻撃をしてくる恐れがあった。
だが、この聖剣は宿敵の【W.C.S】と同じ匂い。真剣な攻撃には姑息な手を使うのではなく真剣に受け止めてくれる気がする。
故に、単調になる勇気が貰えた。
もちろん、躱わすのはちゃんと躱わす。
聖剣は一枚の翅を手に三枚の翅を自在にコントロールしている状態で、片方を牽制しつつ片方を自身で相手すると、常に一対一に持ち込む状態に持ち込もうとする。
さすがの聖剣もこの二人を同時に相手するのはキツイらしい。そう、確信し、何とか青年のタイムリミットまでに同時攻撃に持ち込みたい青年と女子。
女子が剣を取りに行こうとすると、必ず邪魔される。
それを瞬時に把握し、剣を取りに行くのを諦め、手や足による肉弾戦をすることに決めた女子。
青年と剣を交えている聖剣の背後から距離を詰める女子。
一枚目の剣が左前方から迫ってくる。それをギリギリまで引き付け、サイドステップで回避すると、すぐさま二枚目が真横から迫る。
それを回避不可能と悟り、ギリギリまで引き付け今度は後ろ回し蹴りで軌道を無理やり変え、三枚目をアッパーで軌道を変え、二つを衝突させる。
同等な強度のものが同等なインパクトでぶつかるとどうなるのか?
その答えは目の前で起こっている事以上に明白なものはない。
答えは、二つとも壊れる。だ。
そして、そんなありえない状況を四枚の剣との共有した視覚で知覚した聖剣は、声を漏らす。
「う……そ?」
「ああ、今のは僕も驚いたよ。驚いてせっかくの絶好のチャンスを逃すとこだった!」
青年はこれで決めるのは少々、騎士として美しくないと思い、会話により聖剣に立ち直るまでの一刹那を与えた。
その瞬きの間に、さすがの聖剣。
立ち直りを見せ、青年の一閃をガード。
そのまま鍔迫り合いに持って行く。
その間、女子は背後から距離を詰める。
その最中、
「せっかく【W.C.S】が、呼んでくれたんだ。なんとしても勝たないとね……」
とたんに慌てる素振りを見せる聖剣。
「ちょちょちょっと! ここでその魔法を使う!?」
刹那。聖剣の足下から氷柱が出現。
これには聖剣も成す術もなく、股から頭へと一直線に貫通し、HPが全損する。
「「は……?」」
二人はなにが起こったかわからないままその場で固まっていると、二人の視界いっぱいに【YOUR WIN!!】という文字が出現。
観客は拍手喝采。狂喜乱舞。歓声の嵐。
一方、戦場に残された青年と女子はなんという不完全燃焼。焦燥感を味わっていた。
こうして、《KAMAAGE》エキシビションマッチは幕を下ろした。