《KAMAAGE》エキシビションマッチ~第三幕
「へぇ……。僕達二人を一人で足止めする気かい? 随分となめられたもんだね」
殺神は、小生意気な青年の物言いに、不思議そうに首を傾げる。
「なに、言ってるの? 私は、一人じゃないよ? 天使が一緒。天使が後衛で私が前衛。だよ?」
キィィィン……。
そういう音を立て、天使が放ったと見られる、閃光の矢が飛んで来た。
その矢は、まっすぐに殺神の青い半透明な槍目掛け飛んで行き……。
コツンッ。
と、なんとも間の抜けた音と共に、楔が槍の刃先へと着弾。
途端。穏やかな光は輝きが増し暖かな光が辺りを包む。落ち着いた一秒後には、矢は槍の刃先と共に消滅していた。
何が起こったのかわからず、幼女も青年も殺神も放った本人の天使を凝視した。
見ると天使は、紅髪との境目が分からなくなるほど、顔を紅潮させ、頬を膨らませていた。
先に口を開いたのは殺神だった。
殺神は、自分の武器がオシャカになったのにも関わらず、平常運転なようだ。
「何するの? 私の天使……」
「ハァ! もぅ、さっきから天使天使ってうるさい! 恥ずかしいからやめてっていってるじゃん!?」
「「へ?」」
幼女と青年は、思いもよらない理由に固まる。
――確かに、天使は言ったのだ。
殺神の武器を壊した理由は、手元が狂ったからでも、闘いが面白くならないからでもなく、ただの個人的主観によるものだと。
まぁ、なんにせよ――
「チャンスだ! 一気に畳み掛けるよ。我がライバル」
「う、うん!」
不安もないこともなかったが、それをも考慮した上で、最大の好機を逃すのは実に惜しい。という考えに両者、至った。武器を失くし、丸腰となった殺神目掛け突進。
その気配に勘づいた殺神はバク宙とムーンサルトで距離を取り、獲得した僅かな時間で、どこから取り出したのか、天使が矢を取り出す時に使っていた、黒い玉を左手で握り締める。
と、左手には、幾何学模様が書かれた十枚ほどの札が出現。
殺神はその札をチラッと確認し、
「ラッキー。今回はついてる……」
と、抑揚なく喜びの声をあげた後に、そこから一枚右手で選び取る。
「その紙切れで僕らを足止め出来るとでも思っているのかい?」
正面から迫り来る青年。
「悪いけど、これで終わらせて貰うよ!!」
いつの間に回り込んだのか、後方から幼女が迫る。
さらに、逃げ場を失くすために左右と天井に氷の壁を作る。ここでようやく、幼女の【MPゲージ】の残量が九割に到達する。
殺神の逃げ場をなくした青年と幼女はそう生き込んで、短剣と剣の突きを放つ。
だが、それは到達することはなかった。
「【雷槍】……」
殺神が粒やいたと同時に、【MPゲージ】二割を使い、札は文字通り雷で出来た槍に変化。
その槍で、目前の青年の攻撃を捌き、後方の幼女の攻撃はそのまま受ける。
「へぇ、驚いたよ。まさかその札が武器に変化するとはね……。だけど、僕の攻撃を受け止めたのは失策だよ……。さぁ、やりたまえ、【W.C.S】!!」
「うーん。本当は、これあまり好きじゃないんだけど……。ごめんね!」
そう言い残し、幼女は短剣を刺した箇所から魔力を流し込み内側から、殺神を凍り付かせる。
見る見るうちに殺神の【HPゲージ】を刈り取る。
その最中、殺神はようやく人間らしい笑みを醸し出す。
「槍を壊されたからとはいえ、ちょっと油断した……。あなた達の勝利と言ってもいいわ。誇りな……」
そこで、声が聞こえなくなった。これが、殺神の【HPゲージ】全てを刈り取ったことを意味しているのだと確信した幼女は、魔力注入をやめ、視界左上にある【MPゲージ】を確認する。
殺神は凍っていた。カチンコチンに。火や氷、風、雪といった自然系魔法は武器に乗せることが出来る。
ま、簡単に言うと、魔法剣にすることが可能になるのだが、これが、恐ろしく燃費が悪い。【HPゲージ】がフルで残っている相手を倒すのには、幼女のような魔力量がなければ不可能、という具合に……。
「ウワッ! 残り二割切ってる!! ってことで、【紅の天使】の相手は任せてもいい?」
「ああ、それは望むところだが、君はどうするんだい?」
「あー、ボク? ちょっと疲れちゃったから休憩休憩!」
「それも、そうか……。わかったよ。君は休んでいていいよ。【紅の天使】は僕が倒しておくから」
キザに言い切ると、青年はその場を離れた。
「よっこらせ……。ふぃー。やっぱり、濃密な対戦二連チャンはキツいなぁ……」
氷像となった殺神の脚に持たれるようにして、腰を下ろす。
そんな幼女の気配を背中で感じながら、天使に向かって走り行く青年。
その最中、青年の横の横を反対に幼女の方へと向かう何かが通った。
「まさか!」
青年の頭にあることがよぎり血相を変え、振り返り、ある物を確認する。
それは地面に刺さる矢だ。地面に突き刺さる矢は合計六本。即ちこれで七本目となる。
「【W.C.S】!!」
危険を知らせようと叫んだ。が、それは間に合わなかった。
叫んだとほぼ同時に、最後の矢が地面へと突き刺さり、大規模術式を展開。
そして、天使は魔法発動のキーフレーズを口にする。
「巫女術×占星術。複合術【北斗】……!」
その声を合図に、矢を起点に七点。線が繋がり北斗七星の地上絵を描く。
その地上絵がすっぽり入るように、地面から円状に噴き出す白炎の業火。
それは、まるで、この世の終わりのよう。
だが、決してその白煙は熱くない。
表現するならば、春先、原っぱで日向ぼっこする時の、陽光が優しく包み込んでくれるような、そんな温もりさえ感じられる。
これは、はたして、《KAMAAGE》全体の火の仕様なのか、それとも、この白煙独自の演出なのか。今は知るよしもない。
そのような思考を巡らしていると、白炎は外周から内側へ。と徐々に逃げ場をなくす。そして、最後にはすべての逃げ場がなくなり、中にいた幼女の【HPゲージ】を燃やし尽くす。
中に入るものの絶対焼却。それが、数多のトッププレイヤー達が天使と闘って敗北し、幼女が今回の餌食になった魔法の本懐である。
さらに、脅威的なのは【MPゲージ】を消費しないこと。
と、ここまでは、一見、チートに見えるこの魔法であるが、実は、矢の位置が正規の北斗七星の角度から十度以上ずれていると、発動しないうえに、抜け道はいくつか存在することを、青年は研究の末に掴んでいる。
まず、瞬間移動系の移動魔法なら脱出が可能であること。また、体力重視のアバターであるなら、発動して間もない時なら、体力を犠牲にして、強行突破も可能である。
だが、この二つは特定のアバターならではの抜け道と言える。いずれも正規の抜け道ではない。
正規の抜け道は、矢が七本地面に突き刺さる前に、破壊すること、もしくは、わざと当たることである。
何故なら青年は実際に使ってみて、矢が七本しかないことも知ったからだ。
故に、一本でも邪魔をしてやれば、あの無慈悲な絶対焼却は使えない。
そして、この闘いではもうあの恐ろしい魔法は使えないということ。
「さぁ、いつかの再戦と行こうじゃないか?」
青年は言いながら天使目掛けて一閃。天使はそれを鮮やかにステップを踏み躱わす。
そして、天使は腰を曲げ、上肢を青年に出しながらクスクスと笑い、挑発するように声を発する。
「お兄さん。あまり勝利に執着すると、彼女出来ないよ~?」
青年の苦笑。
「それは、どうもご忠告感謝する。でも、あいにく、僕はたった一人の喜ぶ顔が見られればそれで満足なんだ。それに、牙を失った獅子を狩ったとしても、それは真の勝利とはいえない……。本来なら、準備万端の君と闘いたかったよ……」
「でも、これはチーム戦だよ? チーム戦なら誰かが弱らせて、勝つのも勝利っていえるんじゃない?」
「関係ないね」
「そう……。じゃ、あたしはゆ……じゃなくて、聖剣か勝つまでの間、時間を稼ぎますか!」
――タイムカウント【240】。
【W.C.S】と【絶対零度の殺神】退場により、観客は運営側の勝利を六十パーセントの確率で、確信していた――