《KAMAAGE》エキシビションマッチ~開幕
【W.C.S】は、即座に二件のメッセージを確認する。
一件目はもちろん、つい最近フレンドIDを交換した【ヘカテー】のものであった。
その内容は、
『対戦お疲れ様。まさか、無敵に思えた運営側の刺客の一人をあそこまで追い詰めるとはね。さすがは僕のライバル。そんな君にお願いがあるんだ。僕にチャンスをくれないか?』
というものだった。
これに、天真爛漫な笑みを浮かべ、手早く仮想のキーボードを叩いて送信する。
『うん。もちろん!』
その送信「ん?」「む?」
【ヘカテー】と【アデス】が降り立ったあとの土の感触に気がつき、訝しむ。と、しばらくして、二人は違和感の正体に気が付き、静かに納得する。が終わると、即座に二件目を開く。
差出人は、【プレア】。
彼女がもう一つのアバターを使ったフレンド対戦している四人のうちの一人である。
対戦のお誘いかな?
と、気軽に開いた彼女だが、その文面を見たとき、表情から笑みが一瞬にして消えた。
『対戦の席、まだ空いてる? もし空いてたら、あたいも誘ってくれる?』
『さぁ、なんのこと?』
慌てて、そのように打ち返すと即座に、【プレア】から返信が返ってくる。
『とぼけなくてもいいよ。あたいは強い者と闘いたい。それだけだからさ。なんならあたいもアバター変えるからさ』
『いいけど、他の子達には内緒にしてくれる?』
『うん』
その短い文面を視認するや、頼りげない笑みになり、藤色の少女に視線を戻し、言葉を掛ける。
「い、一応、パーティー? は決まったけど……。どうしたらいいの?」
「うん! 分かった。それじゃ、一端、こっから、管理者権限でチーム待合室? に飛ばすね! と、その前に今回、キミ達が闘うあとの二人は、【紅の天使】と、【絶対零度の殺神】ということだけ伝えておくね! あと、今回は――」
との【微笑みの聖剣】の説明を聞いていた、【W.C.S】が管理者権限とかいう奴での退出が始まった。
具体的には、遥か上空から光が伸びて来て幼女を包み込んだ。その光の中で、音声が途切れる最後の瞬間まで、真剣に聞き入る。
「――【ミーティングタイム】は、一応無制限という処置にしてるけど、お客さんのために……」
そこで、音声は唐突に途絶えた。
* * *
視界の光が落ちつき、【W.C.S】がいたところ、そこは見慣れた【準備ルーム】だった。
いつもなら、キャラ選択画面が標示されているホロウインドウに表示されている文字を声に出し読む。
「ふむふむ。まずはチームメンバーを招待してください。か……。よしっ、と!」
素早くフレンド一覧から二人を招待する。
その数秒後、【W.C.S】の両サイドから青い光が幾千も現れ、そして、人形に集結する。
そして、表れる青い【霊体化アバター】が二つ。その二つのアバターには見分けが付くようになのか、二つのアバターの頭上、少し上には、それぞれの名前が表示されていた。
そこまでを【W.C.S】と同じく一瞬で視認した左側のアバター。【ヘカテー】はギザな物言いで挨拶する。
「やぁ、僕の永遠のライバル。この度は僕に一矢報いるチャンスを与えてくれてありがとう……」
「どういたしまして! こっちこそ、ありがとう!」
ギザに自嘲の笑いを醸し出す【ヘカテー】は、霊体化していて、表情は見えないものの、それでも分かるほどの剣幕で、もう一つのアバターを睨みつける。
「それで? 君の右側にいる【アデス】とかいう人物は、聞き慣れない名前だけど、強いのかい?」
【W.C.S】は一瞬、頭にハテナが浮かんだが、右隣のアバターの名前を確認すると、そこには【プレア】ではなく、【アデス】と表示されていることにようやく気がついた。
どうやら、【プレア】は律儀にも、提案通り、アバターを変えて来てくれたようだ。
それを理解すると【W.C.S】はようやく心の底からの微笑になり、【ヘカテー】に向き直る。
「へ? …………ああ。彼女はボクのワガママで本来のアバターじゃないんだよね」
「まぁ、最も、あたいはまだ大会に出てないから、無名なのは変わりない……」
それを聞いた【ヘカテー】は苦笑。
「……。そうなのかい? ま、我がライバルのことを信用してるから君の強さはあえて疑うまい。だが、得意な戦法とデフォルトキャラを教えてくれると助かる。作戦を立てやすいからね」
「…………魔法はあまり、使わない。というのも、戦い方に合わなくてな。得意なデフォルトキャラは【フィアット】だ」
「そうかい。それでは君は【絶対零度の殺神】を相手してもらおうか?」
「心得た」
「すまないが、僕は【紅の天使】を貰うとするよ。本来は連携を取りたいところではあるが……」
「えー! せっかくなら連携しようよ~! 魔法力が多いボクがサポートで良いから、さ……」
【W.C.S】の小さな子が駄々を捏ねるような申し出に、【ヘカテー】は苦笑を鼻から漏らす。
「ふっ……。それもそうだね。せっかくだから連携しようじゃないか! と、なると心配なのは……」
「案ずるな。あたいは相手の一人を足止めすることにだけに専念する。その間に二人は他の二人を倒すことに専念してくれ」
「すまないね。君を捨てゴマみたいに扱ってしまって……」
「いや、気にするな。あたいもそこまで自惚れはいない」
「そうか。じゃぁ、足止めをお願いするとしよう……。因みに僕は【エクレア】でいくつもりだ。【ジェシー】の魔法と相性良さそうだからね」
最後を微笑で締め括る【ヘカテー】。その言葉を最後まで聞き終わると、【W.C.S】は、
「じゃ、話はまとまったみたいだね! ボクは魔法でサポート。【ヘカテー】は先に敵の後衛を叩いて! 敵の後衛の魔法は強力だから。その間、ボクは【微笑みの聖剣】の足止めをしつつ、二人のサポートをする。そして【アデス】。キミはボクがと【ヘカテー】が二人を倒すまでの間、【絶対零度の殺神】の足止めをお願い!」
と、作戦を纏めた。そこで、彼女は一拍置き、声。
「よし! 二人とも、楽しもう!」
「いやいやそこは勝つよだろ?」
「心得た」
そのあとに二人の声が続くのを聞いた後に、彼女はホロウインドウ画面にある、【対戦開始】ボタンをタッチした。
――この時、三人はデフォルトキャラ【フィアット】の魔法が解放されていることに気付いていなかった。
そして、この対戦で、【フィアット】が、闘いのキーになるとは誰も思う良しもなかった――
* * *
【W.C.S】チームが現れるのを今か今かと待ち望む円形闘技場の観客達。
その観客達を退屈させないように、と巧みな話術を繰り出している紅髪の愛くるしさを全面に出した少女と、奇っ怪なアクロバット剣舞を披露している笑顔が眩しい藤色髪の少女。
その中、ただ一人、なんのパフォーマンスをする事もなく、青い半透明な槍を右手で地面に立てるように持ち、不動を貫く、蒼髪の少女――【絶対零度の殺神】――。
絶対零度の名の通り、彼女の顔はピクリとも動かない。そして、殺神の名の通り、彼女が醸し出すオーラは荒々しく、穏やか。
そんな三人の強敵が待つ、円形闘技場に三つの光の柱が上空から降り注ぐ。
それを見た観客達は防音システムがある闘技場の中にも伝わるような熱狂の声が爆発する。
三つの光が消えると、それぞれから幼女と、キザな見た目の空色の青年、そして、桃色髪を縦ロールにした少女が、現れた。のを見て、次第に熱狂の渦は疑問の声に変わる。
「? おい、あの【アデス】っていう名前、聞き覚えあるか?」
「知らね、間に合わせじゃね? デフォルトキャラ使ってるし」
「あー、素人か……。ヘカテー様の足を引っ張らないでほしいな……」
というように、【アデス】という聞き覚えのない名前のアバターで持ちきりだ。
そんな中、運営側の三人は、違っていた。
「うわーっ。いきなりそのキャラを使っちゃうか……。これは早々に【アデス】っていう人を倒さないと、ね」
「そうね。私の天使」
「うん。それにあの人、強いよ。ボクには解る」