アザナの四人、【微笑みの聖剣】
二千三十九年五月十八日の日曜日。
時刻は午後一時。
《KAMAAGE》内は沸いていた。
その理由は言わずしも、ついに、《KAMAAGE》の最後の砦とも言える、絶対王者【W.C.S】。
と、これまで数多のトップランナーを屠り続けて来た【アザナの四人】を使う運営側の四人の最後の一人がついに闘う。
一時期、運営側が絶対に勝てないようにデータを改ざんしてるのではないかという噂がユーザーの中で広がった。
そんなデマを許さなかったのが、【ヘカテー】こと雪那だ。
雪那は自分と闘った【紅の天使】の動作を動画で見て真似て、そして、そういうユーザー達をデフォルトキャラ【紅蓮の堕天使】で還付なきまで叩きのめした。
この事で、四人の強さは管理者権限によるチートではないことが分かった。
今ではユーザー達は運営側の四人の事を、経緯を称して、こう呼んでいる。
最強の四姉妹。【フィーアシスターズ】と。
そんな、【フィーアシスターズ】で確認されたのは、これまで【紅の天使】、【黒の女性】、【絶対零度の殺神】の三人。
これまでに最後の一人は一度も表れていなかった。
そんな最後の一人と、《KAMAAGE》最強のプレイヤー、【W.C.S】との闘いだ。これを見逃す者はいない。
そして、この最高の組み合わせの闘いを合わせて、運営側は粋なサプライズをしてくれた。
「まさか、【観客スペース】の解放とはね。やるじゃないか。ま、僕としてはイベントの惹き付けとして使われた僕。そして、イベントの集大成として使われる【W.C.S】。この差異について問い質したいところではあるが――」
【ヘカテー】はそう、自嘲の笑いを漏らしながら、今朝の明朝四時に行われた大型アップデートで解放された、【観客スペース】という名がついた、円形闘技場。その外周部に座っていた。
会議は満員。沸々とこれから巻き起こるであろうバトルを今か今かと待ち望む観客達。
ニトロが染み出し、会場を満たしたのを見計らったように天空から円形闘技場、その中央へと、降り注がれる二つの光。
「――どうやら、始まったようだね。頑張ってくれよ【W.C.S】。僕達の無念。君に託すよ」
キザな物言いは、会場を満たす期待という名のニトロに火がつき、たちまち完成という名の爆風に消されてしまった。
【W.C.S】と、【フィーアシスターズ】最後の一人の闘いが、今始まる。
* * *
黒髪ショートのロリ体型アバター――スピード特化アバター――の【W.C.S】は円形闘技場に降り立つと、目前に立つ今宵の対戦者を確認すると、同時に地面の砂の感触を確かめる。
あれ?
この時、【W.C.S】はある種の違和感を感じた。が、その違和感の正体を後回しにし、闘いを楽しむことにした。
相手は藤色のロングにアメジスト色に輝くキレイな瞳を持つ女子アバター。
服は、濃い紫色の猫耳パーカーに、下は桜色のフレアスカート。
そして、左腰には紫色の鞘に収まった束頭にコウモリ状のレリーフが施された剣。
それは間違いなく、【アザナの四人】の最後の一人、デフォルトキャラ【微笑みの狂剣】の姿だ。
幼女はそこまで確認すると、再び、対戦相手の眼に焦点を合わせる。
眼から漂うのは、ゲーム越しでも分かる程の闘志。それを感じ取った幼女は思わず笑みが浮き出る。
その幼女の表情を見た女子剣士は、同じように笑いが浮き出ると声。
「ねぇ、会場のボルテージも最高潮だし、これはもう……」
――この【観客スペース】にはいくつか措置を儲けてある。
そのうちの一つが、観客の声は、対戦する二人には聞こえない使用である。
これは《KAMAAGE》が純粋な格闘ゲームとして成り立たせるために必要な事で、闘いの場で音は大事なものだ。トップランナー達は微かな音で敵の位置、次の行動予測をする。
また、死角をついた攻撃も観客に位置をばらされては意味がない。以上の理由で――【観客スペース】の声は二人には届いていない。が、女子剣士はそう言うと、幼女は被せ気味で、
「うん。そうだね。ボクも同じことを考えてた、何より……」
「キミと早く……」
「「戦いたい!!」」
幼女と少女剣士は、息の合った言葉の掛け合わせの締め括りと、ほぼ同時に、剣を握り――【話し合いタイム】のスキップモーションを取り――、闘いの幕が上がる。
二人の視界と、円形闘技場の上空に、【READY FIGHT!!】という文字が出現し、消滅。
それを合図に両者同時に動き出す。
幼女は短剣を抜刀し、距離を一気に詰める。
対し、女子剣士は抜刀……。とは行かず、背中に藤色の半透明な翅を四枚展開。すると同時に、【MPゲージ】を一秒毎に一ドットずつ現象を始める。
刹那。背中の藤色の翅は女子剣士の右目に藤色の紋様が浮き出ると同時に、分離。
分離した翅が四方から幼女へと迫る。
初見ではなんだ、ただの翅か。無視しよ。と思う者もいるかも知れない。というより、それが大多数の考え方だ。
だが、【W.C.S】は違った。
受けてはいけない。そう直感が働き、翅達を右に左に下にと、ステップを踏んだり、下を潜ったりと、三枚躱わし終え、ラスト一枚の翅を短剣で斬りかかる。
すると、翅は金属質の音を立て、幼女の短剣の勢いと相殺し、せめぎ会う。
「やっぱり……」
幼女は低く声を漏らした後に、一秒の停滞を経て、幼女は藤色の翅を弾き返す。
その光景を見た女子剣士は、天真爛漫の笑みを浮かべ、翅を全て背中に戻しながら声。
「すごい、すごい。まさか初見で見抜かれるとはね。さすがは武の申し子と言われるだけはあるね!」
これに、幼女はムスッ。と頬を可愛らしく膨らませる。
「あー! 下げたー! 手加減してるでしょ!? 本気で闘ってよー!!」
と、小さい子どもが駄々をこねるような口調で言ってきた幼女に、女子剣士は笑みを崩すことなく、答える。
「ボクが手加減してるって? そう見えたらごめんね。だけど、さっきのは小手調べ。こんな楽しい勝負、ちゃんと剣と剣の会瀬をしなくちゃ損。でしょ?」
紫色の鞘から桃紫色に妖しく輝く刀身が露になる。
その物言いに、幼女はとたんに、機嫌を直し、こちらも純真無垢な笑みを浮かべる。
「それも、そうだね。うん。ありがとう」
「こちらこそ、機嫌を戻してくれてありがと!」
互いに笑みを交わし終え、二人は真っ向からの衝突したのは、タイムカウントが丁度【100】をになったときだった。