雪那VS矢野
聖ブルーローズ女学園は、標高三百メートルの山まるごとという、広大な敷地を学園とした場所である。初等部棟と中等部棟は山の南部の中腹に、高等部棟と、大学棟は山の北部の中腹に。それぞれ別れている。
更にその北部にある高等部棟と大学棟は職員棟を中心に、東西南北に延びる四棟――北部、大学の授業棟。南部、高等部の教室棟。東部、高等部の部室棟。そして、西部、カフェオンライン部がある学食棟の――合計五棟に別れている。
因みに、大学のサークルがあるのは、山頂付近と低層付近に点在しているコテージや一軒家に似せて造った建物らである。
そんな職員棟からみて東部。四階建ての部室棟の最上階。この部室棟の最も狭い部屋。
そこに報道部がある。
「まったく……、もう少し良い場所に部室を移動しなさいよね」
雪那は、ため息と共に不満の声を漏らしながら、報道部の部室前に立っていた。
そして、漏らし終えるとほぼ同時に、扉をやるせなく二回叩く。
コンコン……。
「はーい。どうぞー」
雪那はそういう善人にしか聞こえない言葉を合図に扉を横にスライド。
中にいたのは雪那の雇い主にして今代の報道部部長矢野と、ほんの十数分前まで雪那と一緒にいた真宵の二人のみ。
扉から入って左側の壁際には、カメラや機材が並ぶ棚。
それらは埃一つなくキレイに整頓されているものの、それだけだ。
扉入って右。白板が掛かる壁には今調べているであろう資料と、それに対するコメントや、気付いたこと、今後の方針等がごったに書かれており、机やソファー、椅子。家具という家具には資料が無造作に置かれてある。
唯一まともに座れる椅子は――といっても良いのだろうか――二脚。
そこも既に、矢野と真宵に占領されている。
「ごめんなさい。散らかっていまして。適当に椅子の資料を退けて座ってください」
矢野が資料に埋もれているパソコンを操作しながら言った。
それに対し雪那は、胸の下で腕を組み、ため息を付き答える。
「いいえ、結構よ。それより、よくこんな部室で部活出きるものね……。もっと整理したほうが良いわよ?」
「あはは……。ご指摘ありがとうございます。ですが、アタシ達は基本、外で活動してますし、資料作成の際は、家でやって来て貰ってるんで、ここへは、基本的に作戦会議や、機材を取りに来たり等にしか来ませんので、ご心配なく」
「あのね。それにしたって、客人は呼ぶんだから、少しは片付けなさいよね」
「あー、それもそうですね。配慮出来ませんで申し訳ありません。次からは客人を呼ぶ時は、少し片付けることとしましょう」
「そうしてちょうだい……。で、雪からの報告だけど……」
ため息混じりに説明を開始する雪那。それを左手を上げて抑制する矢野。
「あー。良いです良いです。調査結果は真宵さんから聞かせて貰ってますから。雪那さんはいくつか質問に答えてくれるだけで良いです」
その言葉に肩をびくつかせ、雪那が部室に入ってから何かに脅えた態度を見せている、真宵を横目で捕らえた、雪那は眼を閉じ、重々しく首肯。
「良いわよ。さっさとしてくれる?」
「おお、さすが、雪那さん。話が早くて助かります。では、まず。あなたは自分が【ヘカテー】だと公表したそうですね。それはなぜですか? まさかとは思いますが、庇った訳じゃないですよね?」
一拍置き、雪那の盛大なため息。
「そんな訳ないじゃない。雪の見解はそこの一年から聞いてる筈でしょ?」
「ええ、聞きました。ですが、真宵さんは激しく動揺してましてね。聞くに、戦いが終わり、雪那さんに、椎菜さんが【W.C.S】じゃない。と聞かされるやカフェオンライン部から出て行ったじゃないですか?」
「……そうね」
「そして、あなたがここへ来るまでのタイムラグと、あなたの歩く速度から考えると、数分ほどあそこに滞在したということになります」
「そうね。したわ。それで?」
雪那の素っ気ない返答にも関わらず、一切笑顔を崩さない矢野はついに確信に迫る。
「その数分は口裏を合わせるには充分な時間なのです。ですから……」
「なるほどね。つまり、あんたは、雪がその数分の間に、調査対象に雪が身代わりになるから安心しなさい。っていったんじゃないかって疑ってる訳ね」
「まぁ、甲斐摘まんで言えばそう言うことです」
「馬鹿馬鹿しいにも程があるわ。雪が見ず知らずの人のために自分を犠牲にするわけないじゃない。そこの一年のためならともかく」
「へ? それって……」
雪那が部室を訪れてから一度も、言葉を発していなかった真宵がここでようやく沈黙を破る。
が、その言葉は矢野に遮られ、最後まで言わせて貰えなかった。
「おやおや、随分あなたは真宵さんにご執心なことで……。この三日間で何が合ったのでしょう。些か気になりますが、部員の調査方法については詮索しない。それが報道部の暗黙の了承ですから、これ以上聞くのは野暮ですね。それで、雪那さん。あなたは数分の空白の間、何をしていたのですか?」
「別にたいしたことじゃないわ。今のあんたのように、なぜ、正体をばらしたのかって聞かれただけよ」
その答えに矢野は、顎に左手を置き、声。
「まぁ、妥当な答えですね。それで、あなたが正体をばらした理由は何です?」
「それは、調査対象の本気を出させるため……。って、そんな返答で満足するあんたじゃないわね。それに、これはそこの一年生からも聞いているでしょうしね」
矢野の表情を読み、雪那は話の方向転換をした。その言葉を終わるのを見計らって、矢野の首肯。
「ええ、そうしてくれるとありがたいです」
一度の小さな深呼吸を終え、雪那は答える。
「気付かせて貰ったからよ……」
「誰にですか?」
「決まってるじゃない。そこの一年生に、よ」
「え……?」
雪那の言葉に真宵は驚きの表情となり、大きく目を見開く。その状態で思考を半ば停止していると、矢野が聞く。
「何をかは聞いても?」
「あんたに話す気はないわ」
「それは、残念……」
真宵も聞きたかったのだが、やはり、さっきのことを気にしてるのか、なかなか言葉を掛けられない。そうこうしているうちに矢野の質問が、全て終わったらしく、雪那は身を翻し、部室をあとにしようとしていた。
それを「最後に――」と前置きをして、呼び止める矢野。
「――報道部に対する願いはないですか?」
ぴたりと動きを止める雪那。
「ないわ」
そう呟き歩みを再開。部室から出て、扉を閉める雪那に矢野の優しい、
「そうですか。では貸り一つということで、何かありましたら言ってくださいね」
ピシャン。
という言葉は完全に閉まりきった微かな音とほぼ同時に終わりを向かえた。
その言葉が雪那に聞こえていたかは正直分からない。
しかし、矢野は間違っ確信を抱いていた。この結果こそが、雪那の狙いだったのだと。最初からそのつもりだったのだと。
「やられましたね。真宵さん」
「は、はい!」
唐突に声を掛けられ、動揺を隠しきれない真宵。
そんなことを気にする素振りを見せずに、矢野はたんたんと言葉を続ける。
「ただいまをもって、雪那さんを要注意人物に認定します!」