椎菜VS雪那~エピローグ
「負けたーー!」
椎菜が、頭の【ハートバディギア】を取りながら、大声で言う。
しかし、そこには悔しさは微塵も感じられない。あるのは、ただただ嬉しい、闘って楽しかったという感情のみ。
その清々しい負けっぷりに、クール美人という文字が似合う雪那も、思わず微笑を綻ばせる。
「せんぱーい! やりましたね。ついに、ついに……! 【W.C.S】を倒しましたね!」
そんな雪那に、顔をクシャクシャにしながらタックルバグをかます真宵。
真宵の言葉を聞き、あからさまに表情を強張らせる椎菜。その表情を視界の端で捉えた雪那は軽く嘆息。
「せん、ぱい……?」
薄い反応に、雪那の顔を見上げ、真宵は嗚咽混じりに声を漏らす。
小さく首を左右に振った雪那の口からは、真宵の聴きたくなかった言葉が発せられた。
「ねえ、やよい」
「真宵です……」
「残念だけど、ゆいは【W.C.S】じゃないわ。だって、彼女が本当に【W.C.S】だったら弱すぎる」
「へ……? へ? へ? だって、先輩。あの時、自分を【ヘカテー】だって名乗ったじゃないですか? あれはなんだった……」
「あれは、かいなの本気を出さすためにしたことよ。だって、そうでもしないと、しいの。本気を出さないと思ったから。それに――」
――雪は、顔のわからないファンより、顔の分かって、素の雪を知っても尚、好きでいてくれるファンの方が力を貰える。そう確信したから、名前を名乗った。
そして、そのことに気づかせてくれたのは、あなたよ。まこい。だから、あなたの為にいつか必ず雪は【W.C.S】を倒して見せる。
その様に言葉を続けようとした。だが、それはかなわなかった。それより先に真宵が言葉を遮り、後ろにひきずさる。
「うそ……。ですよね? 椎菜さんが【W.C.S】じゃないなんて、じゃぁ。あれですか? うちは勝手にぬか喜びし、先輩を困らせただけですか……?」
「まよ。それは――」
――違う。雪はあなたが雪の勝利を自分のことのように喜んでくれるのを見て嬉かった。むしろ力になった。雪はやっぱり、何百の顔のわからないファンより、顔の分かるあなたの応援の方が何倍も、何十倍も力になる。
そう思わせてくれた。
しかし、その言葉も真宵は拒絶した。
「嫌です! うちはファン失格です! 先輩に声を掛けてもらう資格なんてあるはずありません!」
真宵は身を翻し、扉へと掛けて行く。それを雪那は止めたかったが、止める術を持っていなかった。
雪那は真宵を無言で見送ってしまう。
真宵がいなくなり、静まりかえった店内。案の定、客は雪那しかいない。
三紅は声を漏らす。
「なんだったの?」
ゴンッ!
またしても、三紅の高等部に、銀盆が直撃する。それと同時に、姫乃の怒声が飛ぶ。
「こら! 三紅! 一応客の目の前だ。他の客の悪口は言うんじゃねえ! 投げるぞ!」
「もう投げてるじゃん!?」
床に落ちた銀盆を回収すると、姫乃は三紅の突っ込みを無かったことにして言葉。
「に、しても、椎菜が【W.C.S】だぁ? もし仮にそうだとして、《KAMAAGE》のトップワンとトップツーが同じ学校だなんて、どんな確率だよ? それ、ま、あの理事長ならやり兼ねねえけど……」
「姫乃。ブーメランになってるゾ☆」
「おっと、いけね……」
守晴の指摘に姫乃は呟いた。そこにモカの声も参加する。
「そうですね。白雪姫さんの肩を持つ訳じゃありませんが、椎菜さんが本当にナンバーワンプレイヤーだとしたら、そんなの勝てる訳ないに決まってますから、もうこれは詐欺に近いですよね? そうは思わないですか? 椎菜さん」
「ソウダネー」
椎菜がほとんど棒読みで答えてしまうと、すかさず、雪那がフォローを入れる。
「そうね。馬鹿げてる。でも、どんな低い可能性でも、それがゼロにならない限り徹底的に調べる。それがここの報道部のやり方よ。おそらくこれで終わりじゃないわ。ゆいか。注意しておきなさい」
最後を忠告めいた言葉で締め括ると、椎菜は真剣な顔で頷く。
「う、うん……。分かった……」
その言葉を聞くと、雪那は「じゃ」と手を軽く上げ、背中で挨拶をし、すたすたと入り口に向かおうとする。
そんな雪那を姫乃が、呼び止める。
「おい。待てよ」
その声に、雪那は立ち止まり、赤渕メガネの奥で、眼を鋭く光らせ、姫乃を睨む。
「なに?」
「桐谷先輩。こっちはあんたに、あと二つ用がある。悪いが、それが済むまで帰られちゃ困るんだ」
雪那がため息を付いた後、体を反転させる。と、同時に声。
「良いわ。付き合って上げる。さっさとしなさい」
腕を組んで言った雪那に、姫乃の苦笑が飛ぶ。
「そうかよ。ありがとな。桐谷先輩……」
「どういたしまして。それよりそんな前置きは良いからさっさと本題にはいってくれるかしら?」
「じゃ、単刀直入に聞くぜ。あんたはオレ達の見方か、敵か?」
雪那はため息を付いた後に素っ気なく答えた。
「その答えはどちらでもないわ」
「どちらでもない、ですか……?」
反復するように、呟くモカの声に、雪那は小さく首肯。
「ええ。そうよ。雪は人のプライバシーに土足て入ってくる。報道部部長、矢野陽華の鼻をあかしたかっただけ」
「あー、つまり、今回は結果的にこちらの見方になったけど、今後は見方になるかは、わからないといことかだゾ?」
「ま、そういうことね。だけど、安心して。報道部が【W.C.S】を調べるのを辞めない限り、雪は報道部の邪魔をするつもりだから」
その言葉を聞いた姫乃はげんなりする表情になる。
「しちめんどくせぇ……」
「でも、なんで、そこまでして【W.C.S】を庇おうとするんですか?」
三紅が頬に指を当て聞く。
「それは、あの子が雪のライバルだからよ……」
「答えになってないゾ……」
人の心にずけずけ入ってくる、三紅と守晴にため息を付いたあと、語り出す。
「雪は自慢じゃないけど、何でもそつなくこなし、ま、スポーツは無理だけど、勉強とゲームに関しては向かうところ敵無しだった。もちろん、勝てない相手はいたわ。けど、どんな相手でも少し練習したら、勝てるようになったわ。けれどね。いくら練習してもあの子には勝てなかった。だから、あの子の邪魔をする奴が近くにいたら排除するのは当然でしょ?」
「な、なるほど……」
三紅の相槌を経て、若干のイラつき混じりに言う。
「これで一つ目の用件は済んだかしら?」
「ああ、済んだ。オレらの時間稼ぎもな……」
「時間稼ぎ……? まぁ、良いわ。それで二つ目の用件って?」
雪那のピリ付き気味の空気をいっそうしたのは今の今まで、何やら奥の方で、せっせと作業をしていた椎菜だった。
「桐谷先輩。はい。これ!」
満面の笑みで差し出されたのは一年間無料パスだった。
雪那はこれを「いらないわ」と突っぱねようとしたのだが、『認証ID』なる十桁からくる数字を見るや、思わず笑みを綻ばせる。
「ありがと。大切に使うわね」
無料パスを受け取った雪那に、椎菜は天使のような笑みで応じた。
「うん!」
これで本格的に用が済んだようで今度こそ「じゃ」と背中で言いながら、この場をあとにした。
雪那が向かった先、それは報道部の部室であった。