椎菜VS雪那
二千三十九年五月十二日の土曜日。
「いよいよですね! 桐谷先輩!」
雪那の隣を懐いた犬のように嬉しそうに歩くクマが目立つ生徒、磨宵は興奮気味に言った。
そのテンションに付いて行けなくて、先輩である筈の雪那のほうが気後れしまう。
「そうね……」
「あれ? もしかして緊張してます? 大丈夫ですって! 先輩なら例え相手が本物であっても勝てますって!」
何を勘違いしたのか、磨宵に励まされた雪那だったが、心の奥底から温かいものが込み上げて来て、淡い微笑を綻ばさせる。
この事で矢野の筋書きから大きく外れる事となった。
同質に磨宵に顔を向け、声。
「ありがと。まよい……」
「ですから、磨宵ですって……。ん? あ、あの! 先輩、い……」
磨宵は遅蒔きに、自分の名前を間違えられずに、呼ばれたことに気付き、聞き間違えじゃないかと、もう一度自身の名前を呼んでくれるように、声を掛けた。
のだが、次の瞬間、雪那がカフェオンライン部の部室の扉を開けたので、それはかなわなかった。
チリンチリン……。
ドアベルが鳴る。
「いらっしゃーい。あ、お二人さん。最近良く来るねー。よっぽどここが気に入ったように見えますなー」
朝に弱い三紅が塩対応で二人を 出迎えた。
そんな三紅の後頭部目掛けて、銀盆が回転しなが直撃を見せる。
ガンッ……!!
その後、銀盆は地面に落ちることなく、守晴が空中で掴む。
「いったーーい! ちょっと、何すんの!? 姫乃!?」
「うっせ! ちゃんと接客しないお前が悪いんだろが! まともな接客しやがれ!」
「分かってるって。だってこんな開店してすぐくるなんて初めてなんだもん」
姫乃に怒られた三紅は、幼い子供のように口を尖らせながら呟いた。
そう現在の時刻は九時をちょっと過ぎた頃。つまり、カフェオンライン部が開店して間もない時間だ。
学校に来ている皆は部活があるので、開店勅語時間に来る客などまずいない。
十時になり、ようやく不真面目な生徒が部活を逃げ出しちらほら来る程度だ。
なら、なぜ、九時に開店するかと言うと、その理由は三紅だ。三紅は時間ぎりぎりまで寝るという性質があり――一部の場合を除くという枕詞がつくものの――そんな三紅が本領を発揮するのは、常に約束の時間より一時間後からなのである。
故に、三紅の本領を発揮する時間を見積もって、開店時間を九時にしている。それが部長代理である姫乃の計算であり、三紅以外の部員が知る開店時間のからくりなのだ。
「いらっしゃいませだゾ☆ 今日のご注文は何にするんだゾ?」
そんな開店時間のからくりを知る由もない絶賛、拗ね拗ね真っ最中の三紅に代わり、守晴が改めてブリッ子メイドの口調で、雪那と磨宵を歓迎する。
「悪いけど、今日は単なる客じゃないの」
そんな赤渕眼鏡を掛けた、くるりと渦巻いた天然パーマがかかった――若白髪になりかけ途中なのか――アッシュグレーの髪色をした雪那の言葉を聞いて、椎菜はオニキス色の眼を輝かせながら、言葉を漏らした。
「え? じゃぁ……」
しなやかに椎菜を指を指しながら雪那は、
「まいなさん、あなたに勝負を申し込むわ」
「あ、あの。ボク、椎菜なんだけど……」
「あら、ごめんなさいね。雪は人の名前覚えるの苦手なのよね……。それでゆいなさん。勝負受けて貰えるかしら?」
「椎菜なんだけどね。うん、もちろんだよ。えっと……」
なんて、呼んだら良いか解らずに椎菜が、言い淀んでいるので、雪那は軽く名乗った。
「雪は三年二組の桐谷雪那よ」
「そうですか。じゃ、やりますか。桐谷先輩! 行っておきますけど、ボクは強いですよ!」
「安心して。雪もまあまあ強いから……」
「そうですか。それは楽しみだなー」
そんな言葉を交わし終え、滑らかに車椅子を回転させ、自分専用の黒のゲーミングチェアへと向かう椎菜。その後を落ち着いて着いていく雪那。
両者がゲーミングチェアに座り、【ハートバディギア】をセット。
電源に手を掛ける。
* * *
円形闘技場に、転送される二人の猛者。
今宵の闘いのカードは、椎菜操るサファイア騎士、デフォルトキャラ【ジェシー】と、雪那操る片手剣を持つ栗色髪の青年、デフォルトキャラ【サーバル】。
続く三十秒の【話し合いタイム】は無用と言わんばかりに片手剣へと手を掛ける。
そんな構え筋を目の当たりにした椎菜はボソッと呟く。
「やっぱり、一番得意なキャラで行って正解だった……」
そう呟いた後に、雪那の思いに答えるべく、片手剣へと手を掛けようとする。
「ありがとね。一番得意なキャラで挑んでくれて……」
その言葉が終わるとほぼ同時、サファイア騎士も剣に掛ける。
そして……、視界一杯に【READY FIGHT!!】という文字が現れ、刹那消えた。
まず、最初に動いたのはサファイア騎士だった。サファイア騎士は、五メートルある距離を一気に詰めるために、ほぼ平行に跳躍。
守晴がこの行動を取った時は【過付加ダメージ】が出たのだが、今回の椎菜はそれが出なかった。
それを見た栗色髪の青年は、
「へぇ……。【過付加ダメージ】ギリギリの強さで飛ぶ、か。やるじゃない」
と、呟き、左に軽くサイドステップをし、跳躍してくるサファイア騎士の延長戦上から、ギリギリで外れた。
その行動を見た騎士は、一瞬で判断し、足を地面に突き刺し、急ブレーキを掛けた。これもやはり【過付加ダメージ】はかからなかった。
わざと舞わせた土埃で、自身を包み込む、サファイア騎士。
素早く、剣を抜き、軸足で左に回転する、その勢いをも剣に乗せ、土埃と共に、栗色髪の青年の腹を横一閃。
しようと、思ったのだが、剣には当たった感触が一切無かった。
それもその筈で、剣の風圧で一部がクリアになった視界から見ると、そこにいる筈の姿は無かった。
それを視認した椎菜は、遅蒔きに相手の【MPゲージ】が一割減ってるのに気が付いた。
刹那、背後から声。
「ほらね。雪の相手にはならない。初戦は初心者に毛が生えたてい……」
冷静な口調でため息混じりの声を出し、サファイア騎士の背中目掛けて、刺突を繰り出す栗色髪の青年。
サファイア騎士の背中への刺突は、数ミリのところで止まる事となる。
サファイア騎士の【MPゲージ】も一割ほど減り、栗色髪の青年のいる周囲の大気を凍てつかせ、纏わりつく土埃をも凍らせ、青年の刺突の勢いを殺した。
驚愕の表情に包まれている青年。それを背中越しで、覚るサファイア騎士は、笑みを浮かべ、さっきのお返しと言わんばかりに、言葉を返す。
「へぇ、中々やりますね。桐谷先輩。ですが、ボクのライバルは、こんな陽動には乗りませんよ。残念です……!」
言葉の最後に身を反転させ、刺突を繰り出すサファイア騎士だったが、氷に纏わりつかれて動けない青年の姿は無かった。
相手の【MPゲージ】が更に一割減っているのを目視すると、同時に氷はサファイア騎士の刺突を受け、粉々に砕け散る。
そんなダイヤモンドダストが起こると、眼を奪われることなく、サファイア騎士は素早く、後ろにとんだ。
氷の後ろから、青年の奇襲が来るのを恐れたからである。
たが、この判断が不味かった。
相手の【MPゲージ】の残量が三割現象していたのだ。これが何を意味しているのか。
それは、
「しまっ……!」
サファイア騎士がその事に気付き声を荒げ、後ろに飛ぶエネルギーを殺そうと動き掛けた。
それより先に、短く後ろから声。
「ご苦労様……」
その声が聞こえた刹那。
サファイア騎士の右肩に剣が突き刺さった。さらにその半病後には、突き刺さった剣を一気に跳ね上げ、剣を握っている右腕を跳ばした。
跳ばされたサファイア騎士の右腕は、剣だけを残し、空中で爆散。
こうして、タイムカウント【99】。即ち、開始二十秒にも満たない間に、無敗を誇っていた椎菜の【HPゲージ】は五割を切ったのだった。
今回はここまでとなります!
この後、どうなるんでしょうね~。椎菜は果たしてかてるのか!? こうご期待!
次回は、14の夜10時になります!
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