観察報告書
はい! 今日で集中連載最後になります!
次回からは通常通り、毎週日曜、夜10時になります!
二千三十九年五月十一日の水曜日。
報道部の脅迫染みた取材協力を引き受けた雪那は、早速、この日の放課後カフェオンライン部の部室へと足を運んだ。
件の無敗を誇る謎の車椅子プレイヤー、椎菜について偵察をし始めた。
別に雪那は椎菜のことを宿敵、【W.C.S】だと思ってはいない。
そうこの広い日本で、人気大戦ゲーム《KAMAAGE》のナンバーワンプレイヤーとナンバーツーが、この学園にいるとは考えにくい。
「ましてや、ナンバーワンプレイヤーとナンバーツープレイヤーが、両方とも高校生で、女性って、どういう確率よ。それ」
雪那が自分の考えを突っ込むように、口にした。
「まあまあ、その可能性がゼロじゃない限り、その可能性がゼロになるまで調べるのがうちら報道部の仕事ですから」
「そう。あんたも、大変ね……」
ため息混じりに雪那は目の前に座るクマが目立つやけにハイテンションな生徒を哀れんだ。
おそらく、睡眠が足りてなく、変なテンションになっているのだろう。雪那も新しいゲームが出たら、二徹や三徹は当たり前なので、しばしば似たようなテンションになる――雪那の場合はグロッキーモードになるが――経験があった。
「いやー! そうでもないですよ! 真実を掘り起こした快感を知ったら止められませんし、夏の合宿は色々な所に行けますから!」
「そ、そう……」
とは言え、テンションが高い人物は苦手な雪那は、ハイテンションの人物に気後れをしてしまう。
この人物は報道部が雪那を見張る為に付けた刺客。
確か、高校一年で名前は……。
「やよい……。だっけ?」
一度見たり聞いたりしたことを忘れなくても、覚えるかどうかは雪那にとって、また別問題なのだ。
「違いますよ!? 津雲磨宵です!! いい加減覚えてくださいよ!?」
雪那は覚えようとすれば、一度で覚えられる。しかし逆に覚えようとしなければ、一生覚えない。そういう変わった体質である。
この体質を身につけたのは、雪那が小六の頃。この頃までの雪那ほ酷い睡魔に襲われていた。
一度見たり聞いたりするだけで、何でも覚えてしまう絶対記憶の持ち主である雪那にとって、世界はあまりにも情報が多かった。
その情報の多さに脳が処理仕切れず、強制シャットダウンしてしまいそうになる。それが、雪那を襲う睡魔の正体だった。
この睡魔のせいで、四十分一コマの授業は半分しか起きてられず、先生に怒られることが日常茶飯事。
そして、そんな雪那は、怒られるのが嫌で、この方法を必要に迫られ独自で編み出した。
それ以来、彼女はちょっと残念な天才として、名を世間に知られるようになったのである。
「で、まい。さぁ……」
「磨宵です。わざとやってますよね? それ」
「あれ? そうだったけ? ごめんごめん。雪は覚える必要のない情報は覚えないことにしてるんだよね……」
「なんのフォローにもなってませんよね!? それ!!」
「ごめんってば。それで、かよい。ここは一応カフェなんだからもっと声のボリュームを下げて話してくれない? じゃないとさ。皆の視線が痛い……」
「だから、磨宵ですってば。すみません」
その指摘を受け、磨宵は急激にボリュームを落とし言った。
「それで、さより。あんたも大変よね」
「へ? 何がですか?」
コーヒーを優雅に啜り終え一息。雪那は、磨宵の質問返しにこう答えた。
「雪の見張り役を任せられてよ。あんた雪が帰ってからも、雪が《KAMAAGE》内で【W.C.S】との密会や【W.C.S】に向けての暗号を飛ばさないとは限らないから、昼夜問わず、監視しないと行けないんでしょ? 体、大丈夫なの?」
「あー。その事なら大丈夫です。徹夜は慣れてますし、それに、うち。もともと、【ヘカテー】様の大大大ファンなんで、いつも大戦を生配信で見てます。ここ半年、見逃した対戦はありません」
「そ、そっか。ありがと……。でも幻滅したでしょ? 【ヘカテー】が雪のような女で…」
やや声の調子を落とし、表情も曇らせ言った雪那に、磨宵は滅相もない。と言わんばかりに首と手を振る。
「いえいえ、とんでもないです。むしろ、納得しました。【ヘカテー】様の名前の元ネタって、地獄の女神ですよね?」
「そうだけど……。あぁ、なるほどね。いや、雪も最初は素で行こうと思って、ああいう名前を付けたんだけどさ。なんか、どうせなら、理想の男を演じてみたくなって、そこから……。ね?」
「わかります。わかります。うちもああいう正統派王子様は大好きです。特に【ヘカテー】様はどんな魔法でも使えて、どんな人が相手でも真摯に戦ってる姿が、ザ王子様見たいな感じで」
興奮し前に乗り出し、恋する乙女のような表情となっている磨宵――ファン――に、雪那は答えるように、生身では決して見せないと誓っている【ヘカテー】の声と、ギザな口調を演じる。
「ふふ。それは嬉しいことを言ってくれるね。やよい……。僕はキミの応援に答えるべく必ずや、【W.C.S】を撃ち倒し、完璧な騎士になることをここに誓おう」
「だから、うちの名前は、磨宵ですってば……」
磨宵は頬を赤らめ、口をもごもご動かし、名前を間違えた事に、不満を漏らす。
それに雪那ははにかんだ笑みを浮かべた。
「すまない。僕は人の名前を覚えるのが苦手でね。さそい。僕が覚えられるほど有名になってくれまいか?」
刹那はなんの悪びれることなく、そう言った。これに対し、磨宵はハッと息を呑み、その言葉を噛み締める。
その数秒後、潤んだ眼で頷く。
「はい……。応援してますし、うちも頑張りますから頑張ってくださいね」
眦に涙を溜め、笑顔を浮かべる磨宵に、白馬の王子様のような笑みを浮かべる雪那。
そんな二人のムードを壊したのは、水曜の名物、
「また負けましたわー!! どうして、勝てないんですのー!?」
という、プールでもないのに、競泳水木を身に付けた生徒、西園寺しおりの心よりの絶叫だ。
これにより、磨宵は自分の役目を思い出し、雪那に聞く。
「で? なんで、椎菜さんが【W.C.S】じゃないと思ってるのに、偵察する必要があるのですか? 偵察するという事は、雪那さん。あなたも少しは、椎菜さんが【W.C.S】だと思ってるということでは?」
「あー、あんたって、本当にうちのファンっていうわけで、ゲームは初心者なんだ」
「は、はい。お恥ずかしながら……」
「いいわよ。そっちの方が嬉しいし――」
雪那はそこで言葉を切り、残り少ないコーヒーを一息に飲み干し、微かな音を立てながら置く。
真剣な眼差しで告げた。
「良い? 雪達、ゲーマーはちょっと名の知れた相手と闘う時は事前に情報収集を怠らないの。それがゲーマーの性っていうわけ……」
「な、なるほど……。で、視察してどうでしたか?」
「ん。彼女は確かに実力は隠してると思うわ。けれど、全然ダメね。【W.C.S】には程遠いわ」
「そうですか……」
「だからって、闘ってみて初めて分かる者もあるから、まだ決めつけるのも早いでしょうけど」
「そうですか!」
雪那の苦笑混じりの声。
「……。なに? その『そうですか』の二段活用……」
指摘された磨宵も照れ隠しの笑いを見せる。
* * *
明くる日。二千三十九年五月十二日の木曜日。
「ねぇ、何してるのかな? モカ」
「えぇ? 三紅が可愛すぎますから抱きしめてます……。フギャ!」
三紅に一本背負いで床に盛大な音と共に叩きつけられるモカを見て、絶対に三紅のことを決して子供扱いしまい。と心に誓った雪那だった。
* * *
さらに明くる日。二千三十九年五月十一日の金曜日。
「お待たせしましたー!」
「お待たせしたんだゾ☆」
この日、椎菜との対戦希望者がいなく、カフェを利用する人が多かった。
よって、椎菜もホールスタッフに駆り出され、結局この日は、椎菜の闘いを見ることは出来なかった。
その中でも、収穫はあった。
「行くゾ☆ 白雪」
面倒臭かったのか守晴が空いたお皿やティーカップなどを、姫乃目掛けて次々投げつける。
それを姫乃は空中で全てキャッチ。
「おい! 守晴! 忙しくても投げんな! 客に当たったらどうする!?」
「ごめんだゾ☆ 次から気つけるゾ☆」
このやり取りを見た雪那はインスピレーションが沸き上がり、新しい戦術を生み出すのだが、それはまだ少し先の話である。
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