アザナの二人目、【黒の女性】と三人目、【絶対零度の殺神】
二千三十九年五月十日の火曜日。
ゴールデンウィークの最終日、五月五日から今日に至るまで、あるプレイヤーで《KAMAAGE》内は持ちきりである。
その人物はイベント主催者側の人間。
イベント開始からいる【紅の天使】操る【紅蓮の堕天使】。ゴールデンウィーク初日に驚異的な強さを見せた【黒の女性】操る【黒の少女】。
その二人に続く三人目の刺客。【アザナの四人】の三人目。【絶対零度の殺神】を操る【絶対零度の殺神】。
今まで通りの法則通りで行くと、運営側の刺客は【アザナの四人】をもじった名前にしてるのに対し、【絶対零度の殺神】はそのままデフォルトキャラの名前をアバター名として使っている。
これは何か意味があるのでは。とトップランナーの一人が三人の刺客の中で、唯一会話が成り立つ【紅の天使】に、
『あなた方の名前はいったい何の意味があるのか?』
という掟破りに近い質問をしたのだが、それが結果的に事を賞した結果になったのは言うまでもない。
【紅の天使】は、可愛く人差し指を顎に当て、こう答えたのだ。
『んー。ないよ? あたしとし……。あー、もう一人は名前が気に入らなくて、名前を変えただけだし。それに、良い歳したおばさんが【黒の少女】って呼ばれるのって、イタくない――?』
それは、なんとも大した理由ではなく、もっともな理由だった。
そして完璧な言葉で対戦相手も、闘いを観戦している人の疑問を、意図も簡単に両断した、【紅の天使】はこのように言葉を続けたのである。
『――ゆ……。あー、【絶対零度の殺神】は名前なんかどうでも良いみたいで、デフォルトキャラの名前をそのまま使ってるだけだよ? あとね。ゆ……。あー、めんどくさいなー。もう!』
金切り声で地団駄を踏む【紅の天使】。その苛立っている感じでも愛くるしい。
その同性からも異性からも愛おしく見られる仕草がわざとなのか、天然なのかわからないが、わかることが一つだけある。
それはどちらにしても、この人物が魔性の存在であるということ……。
そんな万物に愛されると言っても過言ではない人物が、清楚な笑みを作り、言う。
『急に取り乱してごめんね。あたし達四人は、幼なじみで親友なの。だからね。つい、いつもの呼び方が出ちゃいそうになって……』
そこで、【紅の天使】は一瞬、言葉を切り、可愛らしく舌を出し、そしてしまう。
『それでね。【微笑みの狂剣】を操るこなんだけどね。普段は話しやすい人柄なんだけど、【微笑みの狂剣】って呼ばれるのが心底イヤでそれを言ったらキレちゃうんだよね』
それは最悪の忠告だった。
この忠告で、イベント開始時に【紅の天使】が言っていた、「自分が一番弱い」だの「自分が一番まとも」という二つの戯れ言の、真実見が増したのである。
言葉通り、【黒の女性】は圧倒的な強さをほこり、言葉を一切交わさない。それに加え【絶対零度の殺神】は、【黒の女性】よりは強くなく、話しもしようとすれば、可能である。
しかし、その名前通り、圧と気配――とはいえ、ゲームの中のことなので、感じる筈がない――が冷酷な殺人者なのだ。
現に【絶対零度の殺神】との闘いが終わって以降、トラウマになり姿を消す、トップランナーがちらほらいる。
「まったく運営は何を考えてるんだか……」
時刻は夕方。
皆が帰宅したり、部活に行ったりしている中、静まり返った《三年二組》の教室の隅で、何をするでもなく、項垂れていたその人物は、ふてくされるようにスマホを見ながら、運営に対する不満を零していた。
本来ならこの時間は、帰宅して《KAMAAGE》の世界にダイブし、打倒、若干五人に燃え、夕食までダイブしている頃だった。
受験生がそんな体たらくで良いのか! という疑問もあるが、この人物に限って言えば、良いのだ。
それこそが、一度見たことや聞いたことは忘れない、絶対記憶の持ち主の特権ともいえる。
こうして真面目に学校に、通っているのだって、単に授業日数を稼いでいるだけで、授業に出る意味はほとんどない。
そんな人物がなぜ、こんな時間まで残っているかというと、それはこの学園の生徒会、風紀委員に並ぶ、三大勢力部活の一角、報道部の部長に呼ばれているからだ。
別に蹴っても良かったのだが、のらりくらり学園生活を脅かされる心配も考慮して、こうして健気に待っているという訳である。
「に、しても待ち合わせ時間が遅すぎる。悪意があるとしか思えない……。まったく雪が何をしたというの……。一秒でも遅れたら帰るからね」
理知的な口調で不満を漏らしていると、スマホの時刻は約束の時間を指していた。
「よし、帰ろ」
半ば投げやり風に言い切り、学生カバンを持ち、立ち上がった。
「桐谷雪那さんですよね?」
やる気のない人物、雪那が帰ろうと歩き出した白い扉が無音で開いた。
そこから表れた首から肩に一眼レフカメラを下げ、二の腕付近に黄色い腕章に黒字で、『部長』という感じで、いかにもな雰囲気の人物。
「そうだけど……?」
その人物の質問にため息混じりで答える雪那。
「ごめんなさいね。ちょっと部長会議が長引いちゃって……。あ、自己紹介がまだだったわね。アタシの名前は……」
やけにキレイで礼儀正しい所作で、胸に手を当て名前を言おうとする報道部の部長の言葉を遮るように、雪那は口早に変わりに言った。
「三年一組。矢野陽華……」
「いやー、アタシの名前を知って頂けてるなんて感無量です」
目を二、三回ぱちくりさせた矢野は、まんざらでもないように、頭をかいた。
あまり知られていないが、この話し易い態度で距離を詰め、根掘り葉掘り聞くのが今代の部長、矢野の手口だ。それを知ってか知らずか、雪那は、呆れたようにため息をついた。
「そりゃ、泣く子も黙る報道部の部長だからね。むしろ、この学園で知らない人を探す方が難しいと思うわ」
「それもそうでした」
なかなか本題に入ろうとしない矢野に、早く帰りたい雪那は、キラッと睨むようにして本題を促す。
「そんな前置きは良いから。雪に用事があるということは、雪の正体も知っているでしょう? で、何をしたらいいのかしら?」
「いやー、話しが早くて助かります。桐谷さん。あのですね。時に桐谷さんは《カフェオンライン部》の神坂椎菜さんとは闘ったことはありますか?」
この問いで雪那は、矢野が何を言いたいのか。また自分に何をさせたいのかを把握した。
「なるほどね。確か報道部は【W.C.S】の正体を調べようとしてるって風の噂で聞いたことがあるわ……」
「その通りです。さすがは雪那さん。その情報がどこから流出されたものなのかは、この際置いときましょう。頼めますか?」
胸の前で腕を組み、大きなため息をついたのちに答える雪那。
「……。頼むも何も、こっちの弱みを握られているから、断れないじゃないの」
「これは、人聞きの悪いことを言ってくれますね」
矢野の反論に反論仕返す雪那。
「あのね。人聞きの悪いも何も事実じゃない」
「桐谷さん。良いですか? アタシはあくまでも協力を頼みたいだけです。その対価としまして、こちらはどんな要求を一つ聞き入れます」
「まぁ、良いわ……。そういうことにしてあげる。どうせ、ちょっと上手い素人がお遊び部活でしょうけど……」
雪那はそう言い切り、スタスタと、矢野が立っている教室の扉へと向かう。矢野も軽く息を吐くと同時に一歩後退し道を作る。
そのすれ違い様に声をかける矢野。
「では、頼みますよ? 桐谷さん。いえ、【ヘカテー】さん……」
雪那は立ち止まり、その場で、
「ええ、別に良いわ。ただ、情報収集のために三日ちょうだい」
「ええ、分かりました」
「あと、それと、これで雪のリードを握ったとは思わないで」
その様な会話をし終えて、雪那は帰宅した。
今日はここまでとなります♪
次回は、明日の夜10時になります!
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