『メイプルアーホルン』での逃走劇
『メイプルアーホルン』は埼玉スーパーアリーナ約一つ分の敷地に建っている、地上五階、地下二階の計七階建ての複合型ショッピングモールだ。
故に、一度はぐれたらなかなか見つからない。ましてや意図的に見つからないようにしようとする者を探すことなど鳥取砂丘で落ちた針を見つける程難しい。
「……なのに、なんですぐ見つかんだよ!?」
姫乃は華麗なステップで行き交う人々の間を抜い、追い掛けて来る人物らを振り切ろうと全力疾走していた。
「まて、白雪。観念しろ」
「観念しろって言われて観念するやつがどこにいるんだよ!」
姫乃は振り向き様に、後方にいる守晴へ向けて叫んだ。
「さすがはあたいのライバル、普通に走っただけでは追い付けないか……」
「おい! 友って、文章でか表すとき絶対変なルビが入ってるやつだろ!」
「む……。なんで分かった?」
「分かるっつぅの! お前の性格からして、オレのことをただの友だちとは一度も思ったことねえだろ!?」
半ギレの姫乃の指摘に守晴は苦笑を浮かばせ答える。
「ああ、その通りだ。あたいはいつか白雪と闘いたいと思っている」
「やなこった! オレは汗をかくことが嫌いなんだよ!」
「では、問おう。今のこの状況をなんと説明する。これはまさにお前が嫌いな汗をかくことだそ? ん?」
「うっせ! オレは汗をかくこと以上に他人のオモチャにされるのが嫌いなんだよ!」
「自分の行いは棚に上げてか。面白い。それこそ強者の理屈。ますますお前と戦いたくなった」
「話し聞いてんのか!? もういい。お前との話しは終わりだ。オレは帰らせて貰うぞ!」
半ギレ状態の姫乃はその宣言通り、走る速度を更に早め、守晴を振り切りにかかった。
この時の姫乃は知るよしもなかった。否、考えもしなかった。
相手の手のひらで転がされていることを。
「終わりは白雪。そっちだ。ユゥ姉殿。後は頼む!」
「オッケー。あとは任せて」
前方からユゥ姉の声が聞こえた刹那。姫乃は咄嗟に急ブレーキをかける。
焼けた微かなゴムの匂いと靴底のソールによるブレーキ根。そして、キッと甲高く鋭い音。
その一瞬の減速が命取りとなり、背後から全力疾走してくる守晴に捕まることになった。
その事象を前方で待ち構えていたユゥ姉は首を少し残念そうに傾げた。
「ありゃ、捕まっちゃった」
そう言って、ぴょこぴょこと小さなスキップをするかのように近付くユゥ姉。
「前門の虎、後門の狼が敵同士ならまだ逃げ道はあったんだか、味方同士なら勝ち目はねえよ。どう足掻いても無理なのに、逃げる労力なんて無駄だろ?」
姫乃の言い分を興味深そうに聞き終えた、守晴はお得意の考える仕草をとった。
「うん。興味深い持論だね。虎と狼が敵同士だったらどうするつもりだったの?」
ユゥ姉もそこに参戦すると、姫乃は悪人めいた笑みを浮かべ、こう答えたのだ。
「決まってるだろ? 虎か狼かをもう一匹の方に連れて行き、戦わせているうちに逃げるんだよ」
「ずるいな」
「うわーっ。ボク、キミのようなタイプとは戦いたくないな」
持論の行き着く先を聞いた守晴は一言漏らし、ユゥ姉も軽く引き気味で嘆息。
「おい。ユゥ姉さんよ。なんで、俺と戦う前提なんですか? オレは闘いなんてごめんだ。って何度も言ってるじゃねえですか?」
「え!? それ、フリじゃなかったの!?」
真底驚き、あろうことか涙目になっているユゥ姉に、姫乃は呆れギレる。
「頭おかしいんじゃねぇです?」
「そうだぞ。ユゥ姉殿。未だにあたいもちゃんとした闘いはお預けを喰らってるんだ。順番抜かしは良くないと思うぞ」
「お前はいい加減諦めろよ!?」
「あれ、そうだったの? ごめんごめん。知らなかったからさ。オッケオケ。順番抜かしはしないから安心して」
軽々しい返答でユゥ姉は一触即発の空気を乗り切ったユゥ姉だったが、最後に誰にも聞こえない大きさで、
「ま、ボクからじゃなくて、姫乃さんのほうから戦いを挑んできたら順番抜かしにならないよね」
と呟いたのを姫乃は聞き漏らさなかったのだが、突っ込むのが面倒臭くなったのか言い返さなかった。
* * *
ショッピングモールにたまにある天井吊りにされている巨大液晶モニター。
そこには先ほどまで、《KAMAAGE》のイベントとなるゲームが写し出されていた。
試合内容【アザナの四人】のうちの一人【黒の少女】というデフォルトキャラを使う【黒の女性】と表示されるアバター。
対するは【 】と名前が表示されていないので通称【カッコさん】という名のトップランナー。
結果はやはりというか、【黒の女性】の圧勝。しかもゲーム開始一秒で全損に追い込んだのである。
そんな驚異的な強さを目の当たりにした多くのトップランナーは、心折れたことだろう。
そんな戦闘の余韻にオニキス色の瞳を輝かせながら浸っていた、椎菜もまた……。
「あ、いたいた。おーい椎菜ー。モカちゃん」
椎菜とモカの名前を遠くから呼ぶ声に肩をぴくりと動かし、反応する椎菜。
そんな椎菜の背後に押す用の取手を持つモカは一声。
「どうやら白雪姫さんを捕まえたようですね。では動かしますよ?」
こくりと頷く椎菜を待ち、車椅子をぎこちなく操作するモカ。
ぶつかるんじゃないかと思って、両手をタイヤの近くで待機させている椎菜。自分で頼んだとはいえ、押して貰うのに慣れてない椎菜は少しの恐怖を抱いていたことは言うまでもない。
意外に知らないと思うが、押されるのが慣れていない車椅子の人が押されるのは本当に怖い。その怖さを例えるならお化け屋敷やジェットコースター級なのだ。
ま、遊園地の絶叫系ということは、そのスリルを楽しめる人もいるのだが……。
「椎菜にモカ、待たせたな。お前の指示のおかげで捕らえることが出来たぞ」
椎菜はふるふると頭を小刻みに横に振る。
「ううん。ボクは全然。三紅が姫乃の行動パターンを教えてくれたからだよ」
謙遜する椎菜に、三紅の賞賛の声。
「んーん。私は教えただけだよ。それを使って私達に的確に指示を出してくれたのは、間違いなく椎菜だし、椎菜がいなかったら捕まえられなかったよ」
そこてようやく姫乃は捕まった理由を理解する。
自分の行動パターンを熟知している三紅に、それを元にこの広いショッピングモールの地図を完璧に頭の中にインプットし、その盤上で相手と味方の位置が完璧に見ることの出来る椎菜が指示を出す。
そして、何より捕まえる為に動く人物が、三紅と守晴、ユゥ姉と強者揃いと来ている。
「これは、逃げられねぇわ……。ん? モカなにもしてなくね?」
「酷いですよ! あたしだって椎菜さんの護衛という任務がありました」
「あー、役に立たないから、とりあえず護衛として置いとけ。ってきなアレか?」
「そんなことはありません! それより、姫乃さん覚悟は出来てますの?」
この後、姫乃は三紅とモカ、椎菜、そしてユゥ姉に代わる代わる服を着せ替えられ、オモチャにされたことは言うまでもない。
今日はここまでとなります♪
次回は、明日の夜10時になります!
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