『メイプルアーホルン』での買い物
三紅、モカ、椎菜、守晴の四人はそれぞれ、姫乃と椎菜の姉である神坂家次女のユゥ姉――本名不明――という人物に服を選んで貰った。
選んで貰ったと言えば、人聞こえは良いものの、実際は……。
――――三紅の場合。
「三紅ちゃんにはこういう大人っぽい服装も、ギャップ萌で良いと思うな」
スラッとした体のラインが目立つ藍のジーンズと白い無地のブイネックティーシャツでクールビューティーっぽく仕上げたいユゥ姉。
「お、分かっているじゃねぇか……。だが、惜しいな。三紅は断然清楚系だろ」
対するは、白と淡い紅のワンピースを主体にその上からレースのカーディガン。薄紅のリボンの付いた白のお嬢様ハットという清楚系お嬢様風に仕上げたい姫乃。
「絶対、クールビューティ!」
「いやいや、清楚系だろ!」
「クール!」
「清楚!」
「むー……」「うー……」
頬を膨らませるユゥ姉にガンを飛ばす姫乃の声が店内に響く。
それを手早く沈静化するべく、アパレル店員が火花を散らし会う二人の仲裁に入ろうとしたのだが……。
「あ、あの。お客様ぁ……。どうかされましたか?」
その声を聞いたユゥ姉が止めに来た店員を指差しながら言ったのだった。
「だったら、この店員さんに決めて貰おうよ。どっちが姫乃ちゃんに似合うか。をさ!」
「ああ、良いぜ! どっちにしろ、勝つのは俺だろうがな!!」
「それはこっちのセリフだよ!!」
「あのー。お客様。もう少しお声を抑え……」
店員が再度弱々しい声で仲裁を試みるも、二人は聞く由もなく、ほぼ同時に店員に振りむく。と同時に声で、店員の声を跳ね退けた。
「「どっちが良い!?」」
「ヒッ……!」
そんなあまりもの二人の気迫に店員は涙目になりながら、服を選ばさせられた。
その店員は後日、このショップを辞めたという。
――――モカの場合。
「うん。良いね! モカちゃん。どんな服を着ても似合うよ。あぁ。どうしよ。迷っちゃう。ねぇ? 姫乃さんはどの服が似合うと思う?」
「そうだなぁ……。お? これなんてどうだ?」
そう言って持ってきたのは茶の英字が大々的に書かれていたチョコ色のパーカーだった。
「お、良いね良いね。モカちゃん。これも来て見てくれるかな?」
「ええ、これで最後だと言ってくれるんでしたら……」
モカはげっそりとした表情でそれに条件付きで承諾した。無理もない。モカはかれこれ二十着以上、着せ変えられている。
「うん。するする!」
「おう、約束だ」
と、軽い返事で両者の承諾を得て、着替えたモカだった。しかし、その約束は守られることなどなく、結局のところショップに置いている服、ほぼ全てを試着させられたのだった。
――――椎菜の場合。
肩幅にコンプレックスがあるからなのか、漏出の少ない服を着ているおかげもあり、肩が思いの外キレイだった。
その為、白のショルダーカットトップスで肩を漏出させ、その上から藤色の胸元までの短いショールスカーフでそれを隠す。
色白で張りのある肩が見えた時、間違いなく周囲の人の視線を総取りにするだろう。
そして、下は車イスにはミスマッチと思える超がつくほどの黒ミニスカートに黒ニーハイ。
天真爛漫や活発という文字が似合う椎菜だが、この服装で爆走したらただでさえ短いスカートの丈が、風の抵抗を受け更に短くなり兼ねない。より言うならば、スカートが捲れて下着が群衆の前に晒され兼ねない。
それが、分かっているであろう椎菜の表情は赤面していた。いつも天真爛漫な笑顔を見せている娘かが恥じらう姿というのは、なんとも愛おしいことか……。
「うん。良いね良いね。椎菜。可愛いよ!」
どうやら、ユゥ姉も長女の神坂ほどではないがシスコンなようで、デレが凄かった。
その勢いで購入されそうなのを直感で察した椎菜は涙目で姫乃に助け船を求めた。
「姫乃ー……」
「あー、うん。良いんじゃね?」
「ボクの意見無視!?」
「お前は、少し落ち着きを学べ」
「そうそ。そうゆーこと」
うんうん。と頷くユゥ姉に、椎菜は今すぐにでも泣き出しそうな声で突っ込みを入れる。
「ユゥ姉にだけは言われたくないよ!? ユゥ姉もボクと同じくらい落ち着きないよね!?」
「あー、ボクは、ほら、大人だから……」
「ならなおとダメじゃん!!」
椎菜の微量な抵抗もむなしく、姫乃とユゥ姉に無理やり購入させられた。因みに、そのコーデ一式の値段は占めて一万円弱。
と、元のコーデの五十分の一未満の金額に抑えたコーデなので、ユゥ姉はどうやら神坂とは違い、金銭感覚が破綻していないようだ。
それもあり、姫乃は承諾したのだ。
――――守晴の場合。
さすがの学習スピードが恐ろしく早いでお馴染みの守晴は、自分の番が来る前に、自分自身で二人の合格ライン程度な服のコーデを自分で選んできたので、二人の着せ替え人形となることは避けられた。
時刻は二時。
思った以上に白熱した姫乃とユゥ姉の着せ替え合戦を経て、六人はフードコートで遅めの昼食を取っていた。
その半数が疲れていたり、涙目だったりとなんらかのダメージを負っている。
四人は購入した服に早速着替えさせられていた。
店員さんに申し訳ないと思うあまりに気疲れしてしまった三紅は結局、姫乃の選んだ清楚風のコーデを着ていた。
その二つとなりでは、今も尚、羞恥で啜り泣いている椎菜。
そんな二人の間で何度も着替えさせられ、正真正銘、着せ替え人形と化されたモカが両隣で同じようにダメージを負っている三紅と椎菜に手を回し、鋭気を養っていた。
服は結局、姫乃が選んだパーカーを着ている。
そのモカの向かいで優雅に食事をしているのは一人、難を逃れた守晴だった。
守晴は薄青のロングスカートに、上は胸元を主張するような黒のブイネックティーシャツで出来る大人の女性を彷彿させるコーデ。
フードコートでジャンクフードを食べているだけでも、優雅に見える育ちの良さだと分かる所作の守晴だが、両脇の人物がそれをなし崩しにしている。
左隣で背もたれに片手を回しながら、足を組み、横柄な態度でコーヒーを啜る姫乃に、右隣でバクバクとハンバーガーを次々、口に運ぶユゥ姉。
やがて、ホッと一息付いた姫乃が口を開いた。
「ふう、さすがに疲れたぜ……」
「うんほんとにねー」
ユゥ姉の同意の言葉に、ある疑問をぶつける守晴。
「ほんとに良かったのか? この服買って貰って……」
それに、ユゥ姉は椎菜が時折浮かべるあの天真爛漫な笑みを浮かべながら、守晴の問いに答える。
「うん。良いよ良いよ。服は、気に入った服を着るのが一番だから。もちろん、買うのもね。キミ達はそういう服には興味ないでしょ? だからこれはね。ボクが責任持ってプレゼントするんだ」
ユゥ姉は守晴以外にもその謎理論の下、言葉通り椎菜の服はもちろん、何の縁も所縁もない三紅とモカの服も全額負担してくれた。
「そういうものなのか? 感謝する。おかげで服のことが少しわかったような気がする」
「わ、私も和服だけじゃなくて洋服の良さが少しわかったような気がします。ありがとうございます。ユゥ姉さん」
「あたしもスラキュン以外にこんなステキな服があるなんて思いもしませんでした。ありがとうございます」
守晴が発した感謝の言葉に三紅とモカも感謝の言葉が続く。この三人はとりあえず、ユゥ姉のプレゼントしてくれた服を気に入ったようだ。それを受け取ったユゥ姉は満面の笑みで答える。
「どういたしまして」
「ボクは絶、対許さない!」
「えー。椎菜さん可愛いと思いますよ?」
「そうだぞ。似合ってるぜ」
「うんそうそ。似合ってるよ。椎菜。さて、と。午後からは姫乃の服を選ばないとね」
「オレはいいんだよ……」
三紅の思いがけない反撃に昏い表情を浮かべ拗ねたように視線を逸らす。
その表情の理由を知っている幼なじみの姫乃はそれ以上、強くは言えなかった。
変わりに、店の空気を読むのは得意だが、それ以外の空気を読むのは苦手なモカが言及する。
「そうですよ。白雪姫さん。いつまででも弟さんの服を着ているお姉さんなんてどうかしてますし」
「うんそうそう。ボク、姫乃さんのコーデをするのが一番楽しみだったんだ」
「ボクだけ、こんな恥ずかしい格好させられるなんて不公平だよ!!」
「観念するんだな……」
等の言葉を浴びせると、不意に姫乃は席を立ち、何気なく数メートるほど歩き、そして、全力ダッシュを開始。
姫乃対、五人の鬼ごっこが突如幕を開けたのだった。果たして、姫乃は守晴とユゥ姉もいる鬼達から逃げることは出来るのだろうか?
今日はここまでとなります♪
次回は、明日の夜10時になります!
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