神坂家の次女
「しっかし、まさか、守晴の私服がゴスロリだとはな……」
姫乃は買い物が始まる前からどっと疲れていた。もう帰りたいとも思っていた。
それもその筈で、三紅は着物。モカは相変わらずのピンク色アメーバーこと、スラキュンとかいうダサティー。守晴はゴスロリメイド服。
唯一まともな服装をしているのは、やはり椎菜と姫乃だけだが、これにも椎菜の服が高級品なのと、姫乃の服に漂う男の汗の匂いのことを覗いて。という枕詞がついてしまうが……。
そんな端から見ると、痛めなパーティーが出来上がってしまったのだ。
さらに付け加えると困ったことに、このメンバーのおしゃれ感覚は、姫乃にしかなく、すれ違う人々からの冷ややかな視線もどこ吹く風。と言わんばかりに楽しく会話を弾ませているカオス状態。
ここで姫乃が抜けたら各々、好きな服を買って今と変わらないカオス状態のままになることに違いない。
三人の素材は良いのに、残念美人だと思われるに違いない。姫乃はそのことはなんとしても避けたかった。
あと、ついでに言うと、端から見るとワガママお嬢様――椎菜――に遊ばれている哀れな従者と誤解され兼ねない。それも椎菜のために防ぎたかった。
何より、この内の誰かが芸能界にスカウトされ、取材やテレビで将来開く自分の喫茶店を宣伝してくれるとありがたい。その為には、この残念美人四人の服を少しでもマシな物にして、スカウトの人の目に少しでも止まるようにしなくては……。
との腹黒い思いも若干混ざって、ゴールデンウィーク初日。部活が定休日の日に姫乃は、
『なぁ、みんなで服買いに行こうぜ』
と、提案を持ち掛けたのだが……。
「まさか、こんな疲れるとはな……」
買い物が始まって三十分もしない内に、ついたため息は何度目だろうか……。
自分の考えが甘かったと、後悔しながらため息を付く姫乃に突如、背後から聞こえてくる、聞き覚えのない第六の声。
「ねぇ、手伝って上げよっか?」
「ヒャウッ!」
不意に耳元で囁かれるように、甘い声が響いた姫乃の口からは思わず、可愛い声が漏れる。
同時に、右耳を両手で覆いながら、鮮やかなステップで飛び退き、洗練した動きで振り返る。
我流の護身術で、一メートルの距離を半秒の時間で取った姫乃。これに初見で対応する手練れは守晴と同等かそれ以上の実力者。そんな強者はそうそういない。
そのはずだった。しかし、目の前に白色のつばつきニット帽を深々と被った女性がいた。
深々と被っているつばつきニット帽の奥にあるアメジスト色に輝く眼は、強者の覇気に満ち溢れていた。
普通に生活している人なら、この眼を見て無邪気で純粋無垢な子供の眼に見えるかも知れない。しかし、姫乃みたいに一定以上の武を極めた者からしたら眼を見るだけで全身の毛がよだつような感覚に苛まれるのである。
……よって、姫乃の足が出るのは仕方ないことだった。
姫乃のハイキングがニット帽の女性の顔に迫る。その蹴りを片手で軽々と受け止めた。
そこで異変に気付いた守晴が応援に加わり、三紅が椎菜とモカを守るべく、その場に残る。
足から素早く手を話した女性は、慌てて両手を横に振る。
「ストップ、ストップ! ボクはキミ達と闘う気はないんだよ……」
その言い分は姫乃と守晴にはもちろん届く筈も無く、戦闘を続行しようとする二人を止めたのは、椎菜のある叫びと、女性がそれに答えた時だった。
「ユゥ姉!?」
ニット帽の女性は、姫乃のローキックをジャンプで、続く背後からとんでくる守晴の掌低突きを空中で器用に身を回転させながらそれぞれ躱わし、椎菜に子供めいた笑みで答えた。
「あ、椎菜……。ヤッホー」
「ユゥ……?」
「ねえ……?」
そのやり取りを見て、姫乃と守晴はそんな声を漏らし、しばらくして闘志を納める。
そんな二人の様子を見て三紅も、遅巻きに警戒を解く。
気まずい空気を何とか打破しようと、椎菜はユゥ姉なる者を皆に紹介すべく、口を開いた。
「あ、紹介するね。ボクの二番目の姉ちゃん。ユゥ姉だよ」
その一声で、ユゥ姉は右手を顔の高さまで上げ、挨拶を開始。
「どうも、ユゥ姉です。皆さんも気軽にユゥ姉と読んでください」
言い切って、また会話の流れが止まり、今度こそ重たい空気が六人にのし掛かる。
その空気は次の瞬間、守晴の言葉により一新される。
「なるほど。椎菜の姉か通りで強いはずだ」
守晴の納得の声にすかさずため息混じりの突っ込みを入れる姫乃。
「前から思ってたがお前の『神坂家は猛者揃いの説』はなんなん? お前の説で行くと、理事長も強いことにな……」
「あ、姉ちゃんはボクより強いよ? ただ、ボクや椎菜みたいに、闘うのが好きじゃないだけ。本気を出したら、ボクなんか一秒で殺されちゃうよ」
「……ま、マジか……」
穏やかに物騒なことを言ってのけたユゥ姉の言葉により、守晴の『神坂家は猛者揃い』という謎の説は立証されてしまった。
姫乃は言葉を失っていると、ユゥ姉が守晴の顔を見つめ、顎を人差し指に乗せた状態で首をこてんと倒す。と同時に声。
「ところで、キミ、ボク達の家系のこと知っているんだね。もしかしてボク達の関係者だったりする?」
ゴスロリメイド服の裾を広げ、きれいな所作でお辞儀する守晴。その所作を見るだけで育ちの良さが分かる。
「はじめまして。あたいの名は守晴オーロッディーユ。椎菜の部活仲間だ」
「オーロッディーユ……。そ、その……」
ユゥ姉は守晴の名字に過剰な反応を見せ、バツが悪そうに、眉間にシワを寄せながら、言葉を濁していると、守晴の声。
「その、なんだ。オーロッディーユとは言えど、あたいは遠い何の力も持たない分家だ。それなのに家系の呪縛に燻ってたところ、あんた等が解いてくれた。あたいも両親も感謝してる」
「そっか……。ん、ありがと。でも、困ったことがあったら何でも言ってね。お姉さんが力になるから」
「なら、一つ良いか?」
「う、うん。良いよ」
ユゥ姉は張った胸を思いっきり叩いてどんと来いの意を示す。
「今度手合わせを頼みたい」
「え……? そんなことで良いの……?」
守晴は鼻で笑う。
「……。ああ。あたいはより強い相手と闘いたいだけでな」
「うん。良いよ。ボクも闘うの好きだし!」
はにかんだ笑顔で締めくくったユゥ姉。本当はもっとちゃんとした謝罪をしたかった。でも出来なかった。
その理由は明らかだ。椎菜がいたからだ。
椎菜はとある事情から幼少時代から家系の呪縛に捕らわれることなく育ってきた。
現に、本来ならオーロッディーユという名字を聞くとピンと来ることが椎菜はピンと来ていない。
そして、七年前ユゥ姉やその姉、詩野ら他数名がオーロッディーユ本家にしたことも伝えていない。
椎菜にだけは何の呪縛もない普通の生活を送って欲しかった。故に伝えなかった。
そして七年にユゥ姉達がしたことを椎菜が知った時、理由はどうあれ、心優しい椎菜は間違い無く、守晴と今のような関係にいることは不可能だろう。
その事が分かっていてか、守晴はユゥ姉に対する言及は避けた。
三紅とモカも、事情は知らなかったが何となくで空気を察して言及は避けた。
だが、姫乃は違った。未来を見通しての行動がもっとうの姫乃は、ここで言及して置かないと、あとあとめんどくさいことになることになると判断したようで、軽く言及をした。
「お前ら、やっぱ、家族同士ややこしいじゃねぇか!?」
「ああ、だが前も言ったが、もう済んだ事柄だ。支障はない……」
「そうかぁ? ならいいが、言っとくがオレはあとあとめんどくさいことになるのはごめんだからな! そして、あんた――」
姫乃はユゥ姉を指で指し示しながら、ジト目を送る。
「――何しに来やがったです」
ユゥ姉は存外に扱う姫乃の事を怒ることなく何を今さらと苦笑。
「何って……。キミと同じだけど?」
「あぁ?」
「ボクはカオスなキミ達の服をコーディネートしに来たんだよ」
こうして、姫乃はユゥ姉という強力助っ人を手に入れたのだ。
ついに神坂家の次女登場♪
このユゥ姉なる人物、分かる人には分かると思いますが、いったいなにものなのか?
今日はここまでとなります♪
次回は、明日の夜10時になります!
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