閑話 天使のボイスと芥
二千三十九年五月一日。
『天使のボイス』店内の一角にある三人掛けテーブル。そこに向かい合う形で座る薄化粧に服のコーディネートが良い二人。
「で、話って?」
眼鏡を掛けたクールビューティーの言葉が似合う女性が、おどおどした態度のイモ系女性に変わり、イラつき混じりに話を切り出す。
「それは、その……」
「絶対、無理」
「まだ、なにもいってないじゃん!?」
「あのさ、あんたと何年の付き合いだと、思ってんの?」
「ウッ……。三年です……。ならさ、その親友の頼みとしてさ……」
「ごめん。それだけは無理。それに親友でもないし」
「だから、まだなにもいってないじゃん!? それに親友じゃないって、うち泣くよ!? 本当に泣くよ!? ここでみっともなくガン泣きするよ!!?」
二度の素っ気ない対応に本当に涙目になるイモ系女性。
眼鏡を掛けた女性はため息をつき、反対側に座って今にも泣きわめきそうな女性の頭に手を当て、優しく撫でる。
「わかったわかった。あたしが悪かった。あんたは親友だよ」
猫を愛でるときの撫で方の女性に身を委ねるさっきまで涙目だった女性。
「甘那~」
猫なで声で眼鏡の女性の名を呼ぶ、イモ系女性。それに吊られるように甘那も相手の名をため息混じりに呼ぶ。
「アキラ、なに?」
「お願いだよ~。カフェ部に戻ってよ~。じゃないと、うち大学の人全員の威圧で圧死しちゃうよ~」
「うん。ごめんね。アキラがすごくすごーく頑張ってるのは知ってる。知ってるけど――」
甘那は肩を小刻みに震わせ、眼には涙が滲んでいた。
「――けどさ、今さら戻れないよ。あたし達、あの子達を信じられなくて部を畳んだんだよ!? それに……。それに、あたしは料理もコーヒーを入れることも出来ないんだよ? そんなあたしがのこのこ帰ってきたとしても、迷惑じゃん!!」
隠していた感情を爆発させ言い切ったタイミングで、ついに甘那の涙腺が崩壊してしまった。
その事象を間近で見ていたアキラは、何を言うでもなく、親友の名を零していた。
「甘那……」
その眼鏡の奥に閉まってある優しさと元気に満ち溢れていた瞳も、大学に入ってからは見る影もなく、後悔と儚さが満ちている。
アキラは昔の甘那の瞳が好きだった。故に取り戻したかった。だから取り戻すと心のうちで誓った。
それが、海外に行くことを決めた友人と、進学を諦めた友人バリスタとの約束でもあるからだ。
そして、何より、甘那をカフェ部に戻すことが、部の先生や先輩、同級生に『辞めます』という勇気がないだけで幾度となく甘那の誘いを断ってきた罪滅ぼしになると考えたからだ。
それは単なるエゴだ。分かってる。
分かってるからこそ、自分のエゴのせいで泣く甘那は見たくない。だけど、それ以上に甘那の今にも罪悪感に押し潰されそうな瞳は見たくない。
だから、何度でも説得する。そう決めた。
甘那を泣かしても何度でも説得する。そう決意した。
甘那に嫌われたって、何度でも何度でも、説得する。そう誓った。
甘那のあの優しさと元気に満ち溢れる表情を取り戻すまでは、何度でも何度でも何度でも……。例え親友で入られなくなったとしても。そう桜井アキラは……。
ゴンッ。ゴンッ。
「いたっ!」
「あたっ……」
リズムよく、甘那、アキラの順で後頭部をお盆で叩く人物。その服装は白と黒を基調としたメイド服。
頬にそばかすがあるメイドは片手で銀製のお盆の縁を持ち、空いた手は自分の腰に当ててる。
メイドは大袈裟に頭を抱えている甘那とアキラを見下ろしながら声。
「営業妨害すんなっての」
「ちょっとなにするんですか!? 天野さん! 一応、うちらお客なんですけど!?」
「そうだよ。けいこりん……。あたしももう同僚じゃな……」
甘那に左胸のネームプレートの名で呼ばれた天野は顔を真っ赤にさせ、怒声。
「その名で呼ぶなつってんだろ! 甘那!」
「ごめん。ごめん。恵子をからかえるのが嬉しくて……」
甘那は涙を指で拭いながらそう答えて、最後は満面の笑みで締め括る。
「…………」
ゴンッ。ゴンッ。
「あたっ……」
「いたっ!」
リズムよく今度は甘那、アキラの順で額を手に持つお盆で叩くと同時に声。
「その気色悪い笑顔辞めろつってんだろ? 《フロアマスター》の名が泣くぞ?」
「《フロアマスター》ね……。随分と懐かしく思える響き。かな? でも、もうあたしはカフェ部と関わってないから関係な。あたっ……」
「いたっ!」
恵子がまたしても、お盆で甘那、アキラの順で額を叩く。
「はいはい。辛気臭いのはお断り。それに恵子達言ったよね。戻れそうなら戻って良いってつってんだろ?」
「で、でも、あたしだけ楽しくやるのなんてあって良いの、かな? あたっ……」
「いたっ!」
例の如くリズムよくお盆で殴打する恵子。
「恵子は、ここでバリスタとして働かせて貰ってるし、それに……」
「天野さん! なんでうちも叩くんですか!?」
今、恵子が大事そうな話をしていたのにも関わらずに、空気を読まず、怒声を上げるアキラ。というよりこの場合は、天野が悪いことは明白。
それ故に、恵子はイラつかずに、軽く謝った。
「あー。めんごめんご。ほら、よくいうじゃん。そこにアキラの顔があったらついでに叩けって……?」
「言いませんよ!? なんですか、その『そこに山があるなら登れ』みたいな教訓!?」
「ま、そう言うわけでさ。恵子はさ――」
「無視ですか!?」
「――弟のこともあって進学断念したけど、そこに報道部、OB達が立ち上げた《星空出版》の誘いもあってさ。今はここの店でバリスタとして雇って貰ってる。形はどうであれ、好きなことやっていけてるわけだし、甘那も好きなことやりな。って話なわけ」
「う、うん。でも、今さらのこのこ戻って来ても何様のつもりですか? と思われたりしない。かな?」
「そんなことないって。甘那。あんたは自身を過小評価しすぎ」
「そう、なの、かな?」
「そうそう」
アキラの頷きを経て、苦笑混じりに恵子は被せるように声。
「ここだけの話、大学卒業後、甘那をホール社員に! っていう話が動いているし、ね」
「ほ、本当なの、かな?」
「ああ、本当だとも。うちの店はただのメイド喫茶じゃないからさ。優秀な人を揃えたい訳。だから、甘那は有能だって話」
予想にない誉めちぎられに首をすぼめる甘那。その顔は赤らんでいた。
「う、うん。ありがと」
「良かっね。甘那。じゃぁさ……」
「ごめん。それとこれとは話が別」
「まだ、なにもいってないじゃん!?」
甘那がカフェオンライン部の敷居を跨ぐのはこれより、四ヶ月後。夏休み明けのことであった――
「あー、そういえばさ、天野さんって、給料ってどうなってるんですか?」
「うーん。それがさ。申し訳ないことに、ここはさ。表向きは喫茶店なんだけど。一応、出版会社の部になっているんだって。で、恵子は、《バリスタ》という名の課長っていうことになってるから、結構貰えてるんだよ」
「「え……?」」
「で、普通の喫茶店と違って、福利厚生も、しっかりしてて、週休二日。の上に恵子の家庭事業も考慮してくれて、一週間に三日以上、もしくはやむを得ない事情で帰らないと行けなくなった場合、その都度給料から天引きされる仕組みになっているんだよ……」
「「え…………?」」
「で、しかも多分、甘那もここへ来たら、何かしらの役職で、課長として雇われると思う……」
「「えーーーーーーーー!?」」
――甘那がカフェオンライン部へと正式に戻るには、当然ながら四ヶ月よりもっと後のこととなる。
今日はここまでとなります♪
次回は、明日の夜10時になります!
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