天使のボイス
時は少し進み正午。
姫乃の提案でいったん帰って私服に着替え再び、集合することにした。
「ということで来ちゃいました!! 『天使のボイス』ぅー!! みんなもう、入ってるって、早く入ろう」
「お、おう……。って――」
スレンダージーンズに、ダボティー、泥んこシューズはいずれも男の汗の匂いが仄かに漂っている。
そんな思春期な女子が到底着ないであろう私服姿の姫乃。その手を引くのは、アジサイ柄の着物に身を包んだ三紅。
そんな端から見ると、花火大会にはしゃぐ妹に引っ張られ、戸惑っている兄にしか見られない形で件の店の中へと足を踏み入れた。
入るや否や、喫茶店の店員のかっこうを見て、
「――やっぱり、メイド喫茶じゃねぇか!!?」
店内に姫乃の声が木霊する。
店内にいる白と黒を基調としたメイド服を着た店員達が何事かと思い、硬直を見せていると、姫乃がそそくさ身を翻し、帰ろうとする。
そんな姫乃の腕を逃がさまいと掴んで離そうとしない三紅。
「ここまで来たんだから、観念しよーよー」
「うっさい! メイド喫茶のコーヒーが旨いわけないだろ! ってことでオレは帰る!」
「失礼だよ!?」
そんな攻防を繰り広げていると、背後から洗練された接客声が聞こえてきた。
「お帰りなさいませ。お嬢様。お連れの方々がお待ちです……」
「ほら、店員さんもこう言ってることだし、ね?」
「ハァッ!? 第一オレ達は連れがいることなんて一言も……」
姫乃は三紅の手を振りほどき振り返りながら声を荒げた声は、きれいな所作で頭を下げているメイド手のひらで指し示す方向を見て次第に減速する。
店の最奥にある六人掛けテーブル。そこの一角だけメイド服が劣ってしまうほど異様な服並びだった。
その光景を見て、姫乃はさすがに店側に申し訳ないと、短息。
その後、自身の髪をガシガシかき終わると同時に、観念したのか気だるげに三名の異様な服並びの集まりの席へと向かう。
それに気付いたのかその集まりのうち二人はこちらに手を振った。
「おーい! 姫乃ー。三紅ー!」
と、最初に声を掛けてきたのは三人の中で一番まともそうで実は一番まともでない服装の椎菜だった。
服のコーディネート的観点からいうと姫乃と三紅の五人の中で一番まともなのは椎菜である。しかし、それと同時に金額的な観点からいうと、誰の目から見てでも分かるように、高級品質な生地を使った服だ。
おそらく、彼女の姉であるあの金の亡者、理事長の仕業だろう。
『セールで安かったから買っちゃった♪ 椎菜に見合うと思うの♪』
等と適当な嘘で丸め込まれている椎菜を脳内の隅で思い浮かべながら、姫乃はへんてこな集まりに苦笑する。
同時に声。
「なるほどな……。そりゃ、こんなインパクトある集まりから『あと二人来ます』なんて言われてインパクト大な三紅を連れて入って来たら、そりゃそうなるわな……」
「インパクトある集まりとは失礼ですね。この中で私がまともだと思いますよ!」
「いやいや、どこがだよ? 服のセンス小学生か? 第一、なんだよその意味不明なキャラのプリントティーシャツは?」
眼帯がついたピンク色のスライムみたいな緩いフワフワなキャラが、一面にプリントされたいかにも安物感が漂う、ダサめのティーシャツに、どどめ色のズボンを着用しているモカに姫乃が手で仰ぎながら言った。
「む。そうか? あたいは可愛いと、思うが……?」
無表情で無機質に言い切る守晴。
それがお世辞なのか本音なのか、分からず戸惑っていると、着ている当の本人が熱く語り出す。
「ですよね! これはスラきゅん提督と言いまして、スラきゅんシリーズで一番人気なキャラです。他にも、スラきゅん先生やナースラきゅんなどがいまして! あ、そうだ。今度一緒に買いに行きましょう!?」
「ああ……。頼む」
その返事を聞き、「マジか……」という苦笑を零した姫乃の変わりに、三紅が守晴の服装について言及。
「ところで、なんで守晴さんは柔道着?」
「あいにく、外で出歩けるような私服がなくてな」
「だから道着って、どんな思考してんだよ? なら制服でも良いだろ」
「それだと、ノリ悪いと思われてしまわないか?」
三紅の苦笑。
「いや、ノリ悪いなら、姫乃のほうが上だよ」
「まぁな……」
姫乃は三紅の言葉に突っかからずに、冷静に肯定しながら、椅子に座る。
そして、姫乃以外の全員がメニューをじっくりと観察し、各々メニューをオーダーする。
「あたしオムライス~」
「じゃ、ボクもそれで!」
「私はドリアをお願いします」
「あたいは、季節のパンケーキ……」
「オレはオススメのコーヒーを貰うとするか」
「畏まりました。料理が出来るまでしばしお待ちくださいませ。お嬢様方……」
キレイな所作で頭を下げ、すたすたと厨房へと向かった。
ここでようやく一段落。すると、姫乃が再度四人の服装を一瞥し、気だるげにため息を付く。
「に、しても、本当にこのテーブル、カオスだな。一種の営業妨害で出禁を食らうんじゃね?」
「あはは……。確かにそうかも」
「えー、三紅には言われたくないなー」
「なんで!?」
思いがけないブーメランに涙目になり、声を荒げる三紅。その仕草がよりいっそう可愛さをます。それが、わざとじゃないことに心底驚かされる。
「そうですね。錦織さんには言われたくないです」
「ああ、だな……。お前が言うな」
椎菜の言葉を援護するように、モカ、姫乃が続く。自身の服装も三紅と似たようなもんだ。と考えたのかは知らないが、守晴だけはつっこまなかった。
「なんで!? 日本人が着物で外歩くのは普通でしょ!? おかしくはないと思うんだけど!?」
「あー、わかった、わかった。さて、残念脳の三紅はおいといて、カフェオンライン部の新メンバー、守晴への質問タイムだ。守晴、良いな?」
姫乃の横でギャーギャーうるさい三紅はいるが、それを無視し、守晴は若干眉を寄せ苦笑。
「……ああ。お手柔らかに頼む」
「じゃ、まず、オレからだ。椎菜の名字を聞いてなんか、意味深げな言葉を言ってたが、家通しで揉めてるとかじゃねえの?」
それは昨日の椎菜との戦いの際に、椎菜がフルネームを名乗った時、守晴が呟いた『神坂、ね。道理で強いはずだ……』の言葉を聞き、発生した疑問だ。
姫乃はめんどくさがりだが、問題を後回しにしない。その理由は――あとあと問題になってもめんどくささがますだけだからな……――やはり、めんどくさいという点から来るものだが、それ故に姫乃の確認事項には間違いない。
「ああ、そこは問題ない。あたいの家族は末端の末端だったし、もうその問題は解決しているんでな。理事長があたいの入学を許し、親もそれを認めたのがその証拠だ。それに、椎菜は複雑な家事情を聞かされずに育って来たみたいだ。よって、あたいがそれを掘り返すこともなかろう。それから、あたいも家事情から解放された身だ。今さら掘り返すつもりもない」
「あー、ようするに、家事情は既に過去のことで、今は椎菜と仲良くしても問題ない。そういう認識で良いか?」
「ああ、それで良い……」
「りょーかい。オレからは以上だ」
「守晴さんは、日本人に見えますが、家名がオーロッディーユなのですよね。なんでですか?」
「あー、それボクも気になってたー。なんでなんで?」
「あたしも気になってた!」
「それはだな。明治時代に日本にやって来た祖先がヨーロッパからやって来て、その時のまんまなだけだ」
「へー、そうなんだー。じゃあじゃあ……」
姫乃の質問が引き金となり、三紅、モカ、守晴はいっせいに質問を開始。
それを見ながら店員が届けたコーヒーを喉に流し込む。
「うま! な、なんだ。これ……」
すかさずもう一口。
「そりゃ、そうですよ。うちのバリスタが入れたコーヒーですから……」
「ま、マジか……」
今日はここまでとなります♪
次回は、明日の夜10時になります!
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