椎菜VS道場破り
【ハートバディギア】は、人が夢を見る性質を利用したゲーム機である。
人が夢を見る原理、及び自由に好きな夢を見る方法、それが近年になり、とある学生、神白氏と神守氏による共同卒論で発表された。
最初はふざけた代物、子供の世迷い事だ、という馬鹿馬鹿しいと、鼻で笑う一般人が多かった。
その後、数多の天才達の目に止まり、実験や検証を重ねた結果、その論文は本当だということが立証された。
その論文を元に開発されたのが、この次世代ゲーム機、【ハートバディギア】である。
これは、脳に特殊な電気信号を送ることにより、仮想現実の世界を見せ、そこで自在に動かせるようにしたゲーム機で、開発の初期は卒論を発表した神白氏と神守氏も携わった。
しかし、ある程度開発が進んだ頃、神白氏と神守氏は「このゲーム機には、触角機能は搭載しないこと、あとあまり、リアルなゲームは作らないこと」と、だけを言い残し、開発チームから去った。
その後、開発されたゲーム機の試作品。
開発チームはどうしても、リアルを追求したく、神白氏と神守氏の助言を無視し、グラフィックを現実に近いものとし、触角を与えた。
その結果。ベータテストを受けた数百人に一人の割合で、ゲーム内で受けた傷が現実の身体にも何らかの影響を受ける者がいた。
リアルな夢は現実の身体に影響を与えることがある。脳が思い込み、身体に影響を与えることを『ノージーボ効果』という。
目隠しして長時間拘束しただけの人に、「もう致死量の血を抜いた」と、伝えただけで、死亡してしまい、その死因が挙げ句の果て失血死だという。
この恐ろしい『ノージーボ効果』が起きるのは、夢を利用して仮想空間を見せている、【ハートバディギア】でも起きるのは当然と言えば当然である。
そんな副作用を見越して、神白氏と神守氏はあのような助言を残したのだ。
その助言をまだ開発中とは言え、欲望に負け一時的に無視した開発チーム。
発売時期が決まっていたので今から設定を作り直すとなると、損害額は計り知れないものとなる。なので、ゲーム機の性能はそのままに、触角とは、重さのみに設定するように、とゲームの制作会社に丸投げしたのだ。
これにより、もちろん反発は起きたが、そこは裏で神白氏と神守氏が情報を垂れ流してくれていたおかげで、予想された多額の賠償金の一割程度で事なきを得たとか得ないとか。
そんなわけで《KAMAAGE》も、触角は遮断されていたが、解像度はこれまでのゲームとは違い、より真に迫るものとなっている。
その事が、人気に繋がったのかも知れない。そんな《KAMAAGE》をプレイし、これまで、『ノージーボ効果』があったというのは、これまで聞いたことない。
例により円形闘技場の中に転送され、向かい合う二人の戦士。
一人は見覚えのある、桃色縦ロール女子アバター――デフォルトキャラ【フィアット】――もう片方はサファイアの鎧を身に纏った鼻頭にそばかすが目立つ女性アバター――デフォルトキャラ【ジェシー】――
両者見合っての三十秒間の【話し合いタイム】が幕を開ける。
「へー、なるほど、よりにもよって魔法が唯一使えないデフォルトキャラを選ぶとは、ね。これはちょっと大人気なかったかな? アハハ……」
椎菜変ずるそばかすのサファイア騎士がやや煽り気味に言うと、道場破り変じる桃色縦ロールの女子が、腰に着けてある短剣に手を伸ばしながら抑揚ない声。
「いえ、お構い無く」
それは、不意打ちしようと思って手を延ばしたのではなく、この【話し合いタイム】をスキップするべく手を短剣に掛けたのだと。椎菜が判断するのに、そう時間はかからなかった。
本来なら、椎菜もすぐにスキップするのだが、今回、椎菜は聞きたいことが沢山あったのでここは敢えて、引き延ばすことにした。
「とその前に、キミの名前を教えてよ」
「守晴オーロッディーユ……」
「オッケー。オーロッデ……。ねぇ、長いから守晴さんって呼んで良いかな?」
「ああ、守晴だろうと、ハルだろうと、好きに呼ぶが良いさ……」
「ありがと。ボクは神坂椎菜。理事長の妹ということもあってみんなは椎菜って呼んでるから、椎菜で!」
「神坂……。ね。道理で強いはずだ……」
「へー、ちょっと何言ってるかわからないけど、守晴さん。ちょっとキャラがぶれすぎじゃない?」
「む。失礼。父の転勤で海外で幼少期から住んでいてな。つい一年前、こうして日本に帰ってきたのだが、未だ日本の言葉や作法が判らないんだ。ま、大目に見てくれ」
「じゃ、今の状態が素ってことで良い?」
「ああ、そうだな。そう捉えて貰っても構わない」
道場破りこと守晴が答え終わると、途端に笑顔になる椎菜。
「ふー、スッキリした! あ、ごめんね、ボク考え事が苦手でさ。だからね。疑問が二つ以上ある時の口調が、冷たいって言われるんだ」
守晴の抑揚のない鼻から漏れる微笑。
「フッ……。気にするな。最高のパフォーマンスの相手を倒してこそ意味があるものだ」
「ありがと! じゃ、始めよっか――」
そこまでで、椎菜も腰に携えている剣に手をかけた。刹那。
【READY FIGHT!!】という文字が両者の視界一面に広がり、緑色と青色のゲージがフルチャージ。それとほぼ同時、視界の文字が消え【120】のタイムカウントが始まる。
即座に桃色縦ロール髪のアバターを使用している守晴は距離を詰めようと試みた。
すると、椎菜が慌てて何かを思い出したかのように声。
「――あ、言い忘れたけど、仮想世界の肉体は自分の肉体と異なるから……」
ドサッ……。と音を立てながら、顔面から派手に転んだ守晴。その衝撃でゲージが一ドットとんだ。
その光景を見たサファイア騎士のアバターを使用している椎菜は、あちゃー。と言わんばかりの首振り。
「でね。みんな大抵最初はこうなるから、初めての人は、二回戦する事に決めてるんだよね。一回戦は、自由に駆けてもらって、二回戦目が本番……。どうする?」
椎菜の言葉の最中、きれいなジャンピング起き上がりを見せた守晴が答える。
「いや、良い。今のでだいたい掴めた」
椎菜の苦笑。
「……。そう。なら全力で行かせてもらうよ!」
言葉のあと、見る見るうちに椎菜の【MPバー】に変化が起きる。
それを視認した守晴は距離を取るではなく、距離を詰めに掛かる。
「ん。いい判断だよ……。だけど、遅い!」
椎菜の青色ゲージは既に五割を切っていた。その後も凄まじい勢いで減り続ける。
ようやくそこで次の変化が起き、椎菜を中心に地面がスケート場さながらの氷上になって行く。
――誰が産み出したか【ジェシー】の最大魔法。【地形操作・氷】その名の通り【MPバー】を全部使うことでフィールドを氷上に変える魔法。
ただそれだけのネタ魔法なので、今は誰も使ってない魔法――だけど、初心者相手にはちょうどいいんだよね! それに……。
守晴は変わり行く氷上、その境界線ギリギリまで走り抜き、力一杯に踏み込み、ほぼ平行に跳躍。
その【渦負荷ダメージ】で僅かに減る。
いやいや、アバターの使い方掴めたって言ったよね。いや、ま。正解だけど。
椎菜はそこまでを一瞬で考えた後に剣を鞘から抜き跳んでくる守晴を冷静に迎え撃つべく構える。
その意思を悟った守晴は短剣を抜き、受け身は椎菜に任せることとして、構えた。
フィールドの氷上化は全体の三分の一で止まった。その理由は椎菜が途中で止めたのではなく、そこでMPが全損したのだ。
あちゃー、やっぱ、フィールドを全部変えるのは無理か……。
椎菜はそんな思考を回し、間近に迫る守晴をひょいっとサイドステップで交わす。を試みるも、さすがの武の強者、即座に脚を氷上を踏み割り、急ブレーキを掛ける。
再び【渦負荷ダメージ】でゲージが僅かに減る。この時点で守晴の残りゲージ九割を下回っていた。
だから、アバターの使い方掴めたっていってたよね!? ま、せいか――
「――って、うわ!?」
着地した刹那。守晴は凄まじい勢いで短剣を椎菜への胸へと短剣を刺しにかかったのだ。
未だ、所詮は初心者。と油断が抜けきっていなかった椎菜は驚き声を荒げるものの、さすがとも言える反射神経で、剣でそれをガード。するが、滑りの良い足場で数十センチ後方に下がる。
空いた距離を両者共に一気に詰める。
短剣で斬りつけてくる? いや、ここは……。
椎菜はわざと剣を受けの姿勢で構え、短剣の追撃に備える。誘い込まれるかのように、守晴は短剣の間合いより、更に深く潜り込み、みぞおちに掌低突きを繰り出す。
椎菜は後ろに一歩下がり、最大威力の攻撃を回避。僅かにダメージが入るも、そんなことは気に止めずに、左脚を軸に回転をのせ蹴りを繰り出す椎菜。
守晴にもコンマ数秒前の椎菜と、ほぼ同数の僅かなダメージが入り、真横に跳ばされる。
感触が甘い……。いや、同時に飛んで衝撃をへらした!? けど……。
守晴が氷上に着地する。と、その地点の氷に魔方陣が浮かび上がり、その半秒後、氷柱が浮き出る。
――そう、これこそが椎菜が独自に編み出した魔法、その名も【地形操作・氷改】!
この魔法はただ氷上にする【地形操作・氷】とは違い、予め踏めば発動するトラップとして氷柱を出す魔方陣を仕込むことで、実用性に長けた魔法に変化するものだ。
デメリットとしては当然のことながら通常の【地形操作・氷】とは必要なMPが桁違いなので範囲が狭いのと、自分が踏んでも発動すること。それから発動まで半秒のタイムラグがあること。
因みに言えば、この《KAMAAGE》というゲーム。運営側からの公式な攻略ガイドは未だ出ていない。説明書も基本的操作法とオリジナルアバターの作り方、それに伴うステ振りのメリット、デメリットが掲載されているのみで、魔法に関することは、各デフォルトキャラのプロフィール程度にしか掲載されていない。
その為、各プレイヤーが各々魔法を編み出す仕組みも《KAMAAGE》が熱狂する所以の一つなのかも知れない――
ま、何にせよ、これを初見で躱わせた人はいないんだよね。それに、相手の動きが制限されるから慣れなかったらほぼボクの独壇場なんだけど――
「――初見でかすり傷で済ますなんて、キミ本当なにもの?」
椎菜を氷柱をバク宙で躱わした守晴の短剣による猛追を髪一重で交わし続けながら言う。
だが、闘いにのめり込んでしまっているらしい守晴の返答は無かった。
そこには、微かな笑みのみが浮かべられていた。それに椎菜も無言の笑みで答える。
その後も両者共に掌低突きや、蹴りなどは入るも、剣や、氷柱による決定的なダメージは入らなかった。
そして、両者の一進一退な攻防が続き画面上部のタイムカウントが【000】を差し【YOU WIN!!】の表示が椎菜の視界いっぱいに広がる。
残りゲージは、五割と六割。守晴のゲージの一割は自損によるものなので、与えたダメージ量から見れば、ほぼ互角だった。