大食漢襲来
二千三十九年四月二十七日の水曜日。
毎週水曜日は必ずあの人が来る。
この日は昼休みからモカは下準備からケーキの準備やらで大忙し。
放課後、開店直前時の部長代理の最終確認の声。
「よーし、今日は書き入れ時だー。モカ! 準備は?」
白いブラウスと黒のジーンズ、左胸元に小さく黄色いバラの刺繍が入った黒いエプロンを身に付けたモカが頷き答える。
「はい。バッチリです。下ごしらえも完璧です」
「よし――」
頷くモカと同一の衣装に身を包んだ部長代理こと、姫野。その衣装の唯一の違う点は、左腕の茶色いバラの刺繍のみ。
そんな姫野はモカの隣に座っている藤色のバラを連想させるメイド服風のドレスワンピに身を染めた椎菜に目線をやり、続ける。
「――椎菜。アイツにだけは負けるんじゃねぇぞ。負けたら部が潰れかねないからな……」
「うん。任せてよ!」
椎菜のない胸を誇らしげに叩く仕草に姫野も思わず笑みが綻ばせる。
そして、姫野は最後に、薄紅色のバラを連想させるメイド服風のドレスワンピを着ている、三紅に視線を向ける。
「それから。三紅!」
「うん」
あどけない笑みで返事をする三紅に、姫野の悪魔めいた笑み。
「……。ま、とりあえず頑張れ」
「姫野。私だけ雑じゃない!?」
「そうかぁ? 三紅はとくに、この日に限らずてんやわんやだろ?」
「うう……。そうだけどさ、私も励ましの言葉を掛けて貰いたいの……」
口を尖らせながらぼやいていると、姫野は身を反転し、扉の前に行きながら、
「おーし、開店させるぞー」
というので、三紅はまたしても声を荒げる。
「って、聞いてないし! 私、グレるよ!」
部室前の木札を裏返し『CLOSED』から『OPEN』にし、店内に戻る。
そして、厨房に行く動線で、三紅の頭をポンと叩き、呟くようにして言う。
「冗談だって。便りにしてるぜ。オレのお目付け役」
「うん、任せて」
三紅はニパッと天使の微笑みを浮かべ言うと、姫野は顔を一瞬綻ばせるが即座に元に戻し言う。
「なぁ、三紅?」
「ん。なぁに?」
「お前チョロ過ぎな」
悪魔めいた笑みで締め括ると、三紅の頭をもう一度叩いた後に鼻歌を吹きながら、厨房に向かう。
三紅は、顔を真っ赤にさせながら肩を震わせていた。そして……。
「もう知らない! 私、ホントグレるんだからね!」
チリンチリン……。
三紅の怒りセンサーが呼び寄せたかのように鳴るドアベル。
その音を聞いた三紅は、振り返りながら、
「いらっしゃいませ~」
と、営業スマイルを見せた。なんという変わり身の速さ。さすがは自らホールに志願しただけのことはある。
――ぜってー。女優になれるだろ。オマエ――と、内心思っている姫野だった。
「さあ、今度こそ、勝ちますわよ! 覚悟しなさいな! 椎菜!」
店内に入って来るや、椎菜を指差しながら派手に宣戦布告したのは、黒髪ショートカットの生徒だ。
――高等部三年の西園寺しおり。部活は、競泳水着の上から学校指定よ白いブラウスを羽織っていることから分かるように水泳部。
また、整いキレイな風貌と口調から分かるように超が付くほどお嬢様。
学園の先生は彼女の服装については良くは思ってないようだが、勉強の成績も、常に学年トップテン入り。水泳界では、次のオリンピック候補と密かに囁かれている挙げ句。人当たりも良く、水泳部員に慕われており、キャプテンと、マネージャー業を一任している凄腕なので、容認せざるを得ない。
風紀委員や、生徒会も「ま、面白いから良いんじゃない?」と、黙認している。
小遣い一週間に付き十万円をほとんど食費に費やす無二の大食漢なのがたまにきずだが、いくら食べても太らないという羨ましい体質の持ち主で、カフェオンライン部の良いカモ状態となっている――
「西園寺先輩。西園寺先輩。いつも言ってますが、ここは憩いの場を売りにしたカフェですから、少し声を抑えて……」
姫野が頬に手のひらを立てるようにして、囁くようなポーズで注意すると、西園寺は素直に謝罪。
「申し訳ありませんですわ。姫野。無料パスについ夢膨らんでしまいましたの」
「あんた、無料パスなくても充分困らねぇだろ?」
「あら、おかしなこといいますわね。良くって、ここで、無料パスを手に入れたら、こちらに割く費用が減り、他の店に割ける費用が増えるということじゃないですの?」
「なるほどな……。って、先輩。あんたどれくらい食べる気です?」
「ってことで、覚悟しなさい。椎菜! 今度こそ勝ちますわよ!」
「先輩、先輩。だから声……」
呆れ声で指摘する姫野に西園寺は本日、二度目の謝罪。
「あ、申し訳ありませんわ……」
眉間にシワを寄せながら謝り終えると、西園寺はすたすたとゲーミングチェアヘと向かい、【ハートバディ・ギア】を装着する。
それを見た椎菜は中央にある高級そう――ではなく事実高級――な黒革のゲーミングチェアヘ座り、漆黒の【ハートバディ・ギア】を装着。
未だ姉である理事長の高級なお下がりの機器達には慣れないらしい、庶民的な思考の椎菜は、一つ一つの動作の合間に、
「ん……」
と、悶え声を漏らしている。
そんな椎菜がまた気絶したら可愛そうなので、部の制服が一着、二桁万円は下らないであろう、高野柚季ブランドのオーダーメイド浜なのは黙っておこうという、暗黙の了承である。
時は少し流れ三分後。
「あ、負けた……」
そう姫野がなんの抑揚もなく呟いた刹那。
「まけましたわーー!!」
と、西園寺は奇声を上げながら覚醒。即座に【ハートバディ・ギア】を外すと、カウンターに向かう。
「何で勝てないんですの!?」
椎菜も素早く車イスに乗り移ったようで、西園寺のアフターフォローへと向かう。
「西園寺さん。いつもいってるじゃないですか? あなたは【ウィークポイント】を狙い過ぎです。そんなんだから動きを見切られてしまうんですよ。もっと、チマチマ攻撃したほうが確実ですよ」
「冗談じゃねぇですわ!! 今まで一度も攻撃を当てたことないのですのよ! それなのに、かチマチマ攻撃したら埒が飽きませんこと! アタクシは例え低確率だろうと、一気に全損を狙いに行きますわよ!?」
「……。ん。そっか。ま、戦い方は人それぞれだし、頑張ってください」
「こうなったらやけ食いですわ!!」
「先輩、先輩。声、声……」
姫野の三度目の指摘に、西園寺は眉間にシワを寄せ謝罪。
「申し訳ありませんわ」
「ま、毎週水曜は、これが名物になりつつあるから良いんですけどね……」
姫野は腰に手を当てながら、ため息混じりに言った。
なぜ水曜しか出没しないかというと、それは、近年教師の働きすぎ問題が浮き彫りになっていることが影響している。
そこで、週二は各部休みにすることに、この学園はしてある。
具体的には水曜と日曜は運動部が休みのか《ノースポーツデー》、木曜と日曜は文化部が休みの《ノーカルチャーデー》となっている。
因みにカフェオンライン部はカフェ部の時から特例で火曜と日曜は休みになっている。
という訳で、水曜と木曜はかきいれ時で、大忙しなのである。とくに、水曜は運動部が休みということもあり、良く注文が跳ぶ。
「三紅~。次これ、六番テーブル」
「うん、わかった!」
「錦織さん! 次これ八番テーブルにお願いします!」
「了解!」
「お会計お願いしま~す」
「全部で五百円になりますので、そこら辺においといて貰えますか?」
「あの注文良いですか?」
「はーい、ただいま~」
「錦織さん次これ、十五番テーブルにお願いします!」
「三紅~。次これ、一番テーブルに~」
「了解! おいといて!」
「ナポリ二人前と本日のケーキ三人前、チョコケーキ三人前、ミートスパ四人前、ハンバーグ三人前追加ですわ!!」
「繁盛していることは良いことだけど、ホール少なすぎだよー!! 芥せんぱーい! 早く部に戻って来てくださーい!!」
今日も三紅の嘆きに似た懇願が木霊する。
今日はここまでとなります♪
次回は、明日の夜10時になります!
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