雪那
カフェオンライン部の営業終了後。
といっても、今日は休業日なので、自主的にレベルアップのために個々で特訓をしていただけなのだが。
それを、忘れて三紅と雪那は大慌てで駆け込んできた。
その事に、モカ達は大笑いしたことはいうまでもない。ともあれ、いつもなら営業終了したら、帰る雪那だったが、この日は、片付けまで手伝ってくれていた。
「ありがとな、雪那。片付けまで手伝ってもらって……」
姫乃が苦笑を浮かべながら、そう伝えると、腕を胸の前で組み、ため息を一つ吐く。
「……別に? ついでみたいなものだから」
「もー、雪那さんは、ほんと素直じゃないよねー」
「そうですね。桐谷さんはもう少し建前をなくしたほうがいい気がします」
三紅とモカが話していると、雪那が人睨み。その直後に、三紅の可愛らしい悲鳴。
「ヒッ!」
三紅を黙らせたところで、ため息を一つつき、肩を落胆させる。
「あのね。あなたがどう思おうが、勝手だけど、今回は、本当についでなの」
「今回は、ねぇ……」
人の揚げ足を取ることに長けた姫乃が、わざとらしく含み笑いで呟く。
雪那がじと目を向ける。
「何かしら?」
これに、姫乃は冷やかすように、両手を広げながら、
「いや、何でもねえよ――」
言葉を濁した。
何かを見透かしたような笑みが、雪那の間に触ったが、それを追及させまいと、姫乃が巧みに話題の転換をしてくる。
こういう危険察知能力は、たいしたものよね。ったく。
「――んで? お前のようはなんだよ」
ため息と共に、姫乃に対する不満を吐き出し、答える。
「……。バイトよ」
「バイト?」
椎菜が指を顎に当てながら聞く。
「ええ、そ。理事長から請け負ったバイト。仕事が忙しいから、仕事が終わるまで、あなたを家で預かってほしいってね」
* * *
そのあと、三紅、姫乃、モカは意外にすんなりと帰った。
バスの時間もあったかもしれないが、雪那なら安心して任せられるや、神坂の進言にいくら口を出しても無駄であることが大きかっただろう。
さて、残りで一番の肝心な椎菜だが、これが手強かった。
雪那が何度も帰りましょ、と言っても椎菜はあーだこーだ小さい子のように駄々を捏ねて、雪那と帰ろうとはしない。
理由は、単に申し訳ないからだ。
自分が車イスだから、大切な友人に迷惑を掛けてしまう。自分が車イスだから、大切な友人の時間を無駄に浪費してしまう。自分が車イスだから、大切な友人に気を使わせてしまう。
椎菜は、それらがイヤでイヤでたまらないのだ。
だから、あらかたのことは、一人で出来るように努力している。
しかし、それでもバスは無理だ。
近年、電車と同じくバリアフリー化が進み、乗り降りが簡単になったバスではあるが、重要なのはそこではない。
バスは電車と違い、縦横無尽に揺れが来る。その揺れで車イスは、例えブレーキを掛けていたとしても動いてしまう。
電車は進行方向と、直角に乗れば、解決であるが、バスはカーブがあるので、その策が使えない。
もちろん、動かないように、車イスを止める金具も備え付けであるにはあるが、バスは運転手一人だ。
すなわち、運転手が金具を固定から、昇降の手伝い、金具の取り外し、更にはICカードタッチと、一人でしなければならない。
その間、バスは当然のことながら、出発出来ない。
他に乗っているお客さんに迷惑がかかってしまうということになる。
故に、気にしすぎな椎菜の性格上、バスは無理なのである。
聖ブルーローズ女学園が山間にある学園である以上、椎菜は車での登下校をやむを得ない。
そんな訳で、駄々を捏ねる椎菜を半ば、誘拐チックに神坂の車に乗せ終えた雪那。
今は、その車内である。
因みに、車の安全技術が向上したことによって、道路法が改善。
家族の許可があれば、義務教育終了後。つまり、中学を卒業後に免許取れるようになっている。
雪那は、もちろん、中学を卒業してから程なくして、免許を取得。
車は高校を卒業する間近で取らすという、過保護な親が多い中、雪那の親は放任主義だった。もちろん、雪那がしっかりしているということもあるだろうが、放任主義の親に、感謝している。
だってそうだ。
親が放任主義のおかげで、寮に入らずに部屋を借りて暮らしている。いや、突き詰めれば聖ブルーローズ女学園に通うために、遠くに住むことを許してくれたことからである。
そして、ゲームで生計を立てている自分を認め、あまつさえ、身バレをし、それを世間一般に公表したのもそう。
雪那の親は放任主義だ。
彼女事態はそのことに、大変感謝している。
だってそうだ。
放任主義じゃなければ、聖ブルーローズ女学園に入ることはなかった。放任主義じゃなければ、ここまで雪那が《KAMAAGE》を強くなることはなかった。
放任主義じゃなければ、寮に入っていた。放任主義じゃなければ、車の免許は持っていなかった。
そんな何一つ欠けても、今、この時は実現しなかっただろう。
雪那は放任主義の親に感謝している。
その理由が、例え、何でもそつなくこなす天才少女を気味悪がり、距離を置こうとしているからでも、例え、引け目を感じ強く言い返せないからでも良い。
いや、実際はそんな親ではないのだ。
それは、雪那自信がよく知っている。これは仮にそんな親であっても、きっと雪那は感謝するだろうという話だ。
だって、今。雪那の隣には、どんなに雪那が本気で頑張っても、追い越せない。
いや、例え、追い越したとしても、登ってきてくれる。そう思える宿敵であり、親友がいるのだから。
雪那は、幼少期時代から、その異才っぷりを発揮していた。
しかし、そのせいで、友人と言える存在はいなかった。友人とは、対等な存在のことだ。そこに飛び抜ける雪那はいらない。
ハブられるか、良くてご機嫌取りの取り巻きがいる程度。
雪那が、そのことに気がつかないほど、モカや三紅みたいに、楽観主義者だったならよかったかも知れない。しかし、きづいてしまった。
雪那が、気がついたとしても、姫乃や守晴みたいに割りきれていたら良かったかもしれない。しかし、そうはならなかった。
そんな生きにくい道に、自然と踏み入れてしまった雪那は、自然と周囲から距離を取り、何を聞かれても素っ気なく返し、周囲の人の名前も覚えなくなった。
だって、いちいち、前を通る虫の名前を覚えても、なんのメリットはないのだから……。
それでも、芥甘那の存在は、雪那からしては、とても心地良いものだった。
都合の良いときに頼り、頼られる言うなれば、商売相手の関係。
甘那に何度、巻き込まれたことか、思い出すと切りがない。
まったく、どうしようもなく、良い想い出だ。
しかし、そんな甘那であっても、雪那は友だちとは認識いていない。
ただの利害関係人止まりである。用がなければ会おうとしない。
そんな冷めきった雪那が、やっと出会えたのだ。用がなくても、会いたい存在に、一緒にいたいと思える存在に……。
まぁ、大きな力が働いたと、言えないことはないけど。
「雪那! 雪那ったら、雪那!」
そんな期限悪そうな、呼び掛けに、雪那が回想と思考の旅から、現実に引き戻される。
もちろん、運転にはちゃんと注意を払っていた。彼女の声に傾けるリソースを、回想と思考の旅に繋がっていただけだ。
「ごめんなさい。ちょっと考え事していただけよ。それでなんだったかしら?」
助手席に乗っている、椎菜は口を尖らせ、文句を言う。どうやら、まだこの状況に納得していないようだ。
「もう、しっかりしてよね。で? 雪那はどうして姉ちゃんのバイトを引き受けたの?」
「雪は、《KAMAAGE》の賞金で、一人暮らししているのよ」
「そうなの?」
椎菜が元の口調に戻り問う。
「ええ、でも、どっかの誰かさんが、雪に勝ちすぎているから、最近厳しいのよ」
「ウッ……。ご、ごめん」
しおれた椎菜こ謝罪に、雪那は手早く反論する。
「ま、それは表の理由よ」
「表?」
指を顎に当てながら不思議そうな声を出す椎菜。
「そ、そうでもしないと、報道部に怪しまれるからよ。実際は、貯金もしっかり出来ているぐらい稼いでいるから、安心しなさい」
「な、なるほど……」
「本当の理由は、単に雪があなたと、気兼ねなく接する時間を得たい。それだけよ。それをあなたのお姉さんは考慮してくれた。ただ、それだけのこと、わるい?」
一瞬の間。
頬をほんのりと赤らめている雪那の問いに、純粋無垢な笑みで答える椎菜。
「ううん、ぜーんぜん!」