第33話 帝都侵攻のススメ
軍議に姿を現した者達の殆どは憔悴した姿を見せている。
ろくすっぽ眠れていない事が容易にうかがえた。
そんな彼らに私は自分の考えを打ち明ける。
「ナイトランドの援軍を攻撃に使いたい」
「敵陣への突撃?」
「それは違う、それでは勝算も何もない。ナイトランドには帝都ホロンを目指してもらいたい」
私の言葉の意味が、果たしてどれほど正確に響いたのかは分からないが、その瞬間に目を見開いたのはカナトス王ローラン殿とフィスル殿のみだった。
「ホロン?」
「カルーザスが最も守らねばならない場所、ナイトランド軍はホロン近くまで進攻した実績もある。カルーザスが私が構築した兵站基地網の位置を大きく変えていなければ糧食を得る事も簡単だ」
「……ロガ王はゾス帝国では兵站の専門家でしたね」
ローラン王の言葉に頭がはっきりしてきた様子のリウシス殿が反応を示した。
「援軍を使って帝都を攻める事でカナトスからもロガからも手を引かせようと? 上手く行くのか?」
「やってみなければ分からないし、この場の状況はしばらく改善しないだろうから負担を強いる事になる」
「成功するかはガザルドレスやパーレイジの動き次第、動いていないならやるだけ無駄だよ」
フィスル殿が希望が生まれる前にはっきりと告げた。
下手に希望を持ち、それが潰えた時の方が何もない時より精神的ダメージが大きい事を知っているのだろう。
「動いているから、この程度の兵力しか動かせていないと見るべきだろう」
「確かにカルーザス将軍しか動いていないという状況だからね、でも確実な証拠が欲しい。そうでなくば」
「君の懸念は最もだ、フィスル殿。戦の前に放っている間者が確実な情報を持ってくるまでは今までの作戦通りこちらに合流を。ガザルドレス、パーレイジの両国が動いているならばナイトランド軍はホロンを目指して頂く」
フィスル殿の言葉を遮るように私は伝える。
連合軍と言う寄り合い所帯では、どこかの国だけ損をさせたり、得をさせたりなどと言うのはご法度だ。
早々に連合が崩れ去る。
それを心得ているからこそ急ぎ伝えた内容に彼女は満足したのか、静かに頷きを返した。
「その場合、ロガ王は攻撃の指揮を?」
「いや、指揮はナイトランド軍の指揮官にお任せする。私はここを守らねばならない」
「ナイトランド軍のホロン攻撃に関して付け加えるならばカナトス、ロガの騎兵を選別して攻撃に加えさせてはいかがでしょうか?」
ローラン王がそう提案してきた。
確かに足の速い騎兵戦力を用いればゾスを内部から撹乱させることも可能だろう。
だが、それには騎兵を束ねる指揮官が必要になる。
「選抜した騎兵を同道させるのに否はありませんが、合同の騎兵部隊を誰が指揮すべきかが問題ですね」
「ロガ王、私はシグリッドが適任ではないかと思う」
「陛下!」
シグリッド殿が驚きに声を上げる。
彼女自身の武勇は防衛線でも大きな助けになってくれるだろう。
だが、元が白銀重騎兵なのだ、騎馬を用いた戦の方がはるかに功績を上げるだろう。
「それは良い。シグリッド殿にはカナトス、ロガの騎兵を率いてホロン攻めをお願いしたい」
「……私が、ですか?」
「是非に」
彼女が何処か嫌そうなのは分かる。
仲間を見捨てていくような気分なのだろう。
それでも、賭けの勝算を上げるためには彼女に赴いてもらいたいのだ。
それを察してか、シグリッド殿は暫くしてから頷き、騎兵の指揮を執る事を了承した。
※ ※
私は来るべき時の為にゾス帝国の地図を描く。
かつて自分が設営した戦略的な兵站基地の場所を記しながら。
戦略的な兵站基地は交通の便や物資の運搬のしやすさを念頭に作られた大規模な兵站基地だ。
物資運搬の中継地点であり交通の要所でもあるが、どの程度の警備を当てっているかは分からない。
私ならば相応の兵力で守らせるが、これは多方面戦争などやっていない時期の話だ。
ロガとカナトスを相手取り、東方の厄介な二国ともめている最中、そこまで兵力を回せるかどうか。
予備役を合わせればまだまだ余裕はあると思われるが、しかし、人を動かすには金がかかる。
それほどの出費をロスカーンが許すかどうか。
それに、何故かは知らないが兵站を軽んじる将軍と言うのはいつの世にもいる。
後方任務を誰が請け負うのかは知らないが、コンハーラやザイツ辺りならばその辺の手を抜いている可能性は高い。
勝算はある、ように感じている。
問題はそれまでカナトス防衛の戦いを続けられるのか、ルダイが落ちないのかという根本的な所だ。
もし、ナイトランド軍の攻勢が失敗に終われば、カナトスもロガも戦う気力を失い最悪は全面降伏という流れになってしまうだろう。
だが、このままではカルーザスの翻弄されて敗れ去るのみ。
イチかバチかの勝負に出るより他にはないのだ。
ナイトランド以外からの援軍など期待できない以上は。
今夜もまた帝国軍が進撃合図のラッパを吹き鳴らす。
本当に来るのか、それとも単なる脅しなのか。
或いは、それらを囮にカルーザスは大きな策を実行しようとしているのか定かではない。
私に出来るのは間者がフィスル殿が納得するだけの情報を持ち帰って来てくれる事を祈るだけだ。
そして、異様に長く感じる一日が過ぎた頃、間者が情報を持って帰ってきた。
セスティー将軍、パルド将軍、テンウ将軍の三人がガザルドレスとパーレイジの国境侵犯に付き合わされ東方の国境沿いに張り付いている事実を知らしめてくれた。
……これで、ナイトランドの襲撃の成功率は上がった。
ホロンに残っている八大将軍はコンハーラにザイツの二人だけ。
どちらも優秀とは言い難い。
これは好機だ、こいつを逃せば我々はゆっくりと押しつぶされるのみ。
その認識はフィスル殿もあったのか、情報を伝えると即座に援軍に伝令を飛ばした。
ホロンを目指せという命令と共に私が認めたゾス帝国の地図を持った伝令が。
この動きで潮目が変わった。
事の展開は私の予想を上回って動き始めた。