第28話 内通
かしましい一行と共にクラー領内に潜り込む。
クラー領内のそこかしこに略奪の跡が目立ち、いたたまれない物を私は感じる。
「王になっても相変わらず責任感じてそうね」
「王になった程度でその認識が変わる訳なかろう」
どうやら渋い顔をしていたのをリア殿に気付かれ、先日のことを思い返したのか、そうからかわれる。
だが、正直言って王になったから私の責任が消える訳もなく、先日より一層進んでしまった荒廃に忸怩たる思いを抱くのは当然で、それを素直に言葉にした。
「王になった程度とか言うの、きっとロガ王くらいでしょうね」
呆れたようにフレア殿が言葉にすると、リウシス殿が可笑しげに頷いた。
※ ※
程なくして、エタン殿が居を構える館にたどり着くと、すぐにエタン殿の元に案内された。
私とさほど変わらない年齢の口ひげを生やした領主は驚き、目を丸くしながら私を出迎えてくれた。
「これはロガ将軍……失礼、ロガ王自らおいでになるとは」
「内紛を長引かせるのは得策ではありませんので、自ら動きました」
エタン殿は疲れた表情を隠そうと気丈に振舞っているが、中々に状況は芳しくない様だ。
テランスが思いの外に戦上手なのか、こちらの手が読まれてしまうと言う。
「それは困りましたな。しかしながら、外部の人間である私が策を講じれば読み切れないかもしれません」
「何か、妙案がおありですか?」
「まずはエタン殿の陣営の食糧問題を解決しましょう。西方より糧食が届く手はずになっております」
何はともあれ補給は大事ですからねと私は言い終えて、軍議を開く手はずを取ってもらう。
軍議ではまずは士気高揚を図るためエタン陣営の面々に糧食が届くルートを伝える。
幾人かは補給が届く事にほっとした様子を見せていたが、一人不安そうな様子の青年を見つけた。
「彼は?」
小声でエタン殿に問うと主計係として役立っているレジシィと言う名の青年だという。
少しばかり神経質な所があるが、中々に有能であると。
その彼が何故不安そうなのか首を傾ぎながら、問いかける。
「君、何か思う所が?」
「い、いえ。テランス陣営に補給ルートがバレないか心配になっただけで」
「失礼、ロガ王。どうも彼は神経質でして」
私とレジシィの会話に割って入る様に中年の男が口を挟む。
彼が口を挟むとレジシィは委縮してしまったのか、すっかり口を閉ざしてしまった。
……さて、こいつはどう見るべきかな。
私はエタン殿の館に入る前に分かれたサンドラとの会話を思い出す。
「今回ロガ王はアレン殿とマークイ殿のみを連れて領主の館に向かってください。護衛ならその二人で十分でしょうし」
「君たちはどうする?」
「情報を集めた限りですと、随分とテランスが戦上手に見えますが、彼はさほど戦が得意ではなかった。そうなると、これはエタン陣営の作戦を漏らしている内通者がいるのではないかと。それに備えて動いてもらいます」
「分かった。……ガラルは無事やれるだろうか」
「ほぼほぼ話は付いておりますからね、問題ないかと。セドリック殿も隣の領地が荒れていると困りますからね。クラーの領民を助ける物資の護衛と言えば快く引き受けてくれるでしょう」
クラーの西隣の領、ヴィラの領主が皇帝に反感を抱いていると噂を聞けば、サンドラは即座に間者を放って情報の真偽を確かめ、それから接触した。
そのヴィラの領主に正式な力添えを願うためガラルが向かっている訳だが、こいつはエタン陣営には伏せて置かねばならない。
テランスを誘い出すための罠であり、迎え撃つための策なのだから。
正直テランスがここまで持ちこたえている、と言うよりもエタン殿が私に助けを求めてくるくらいにテランス優位に事が進んでいるのはおかしいと思っていた。
だが、内通者がいるのであれば話は別だ。
我々は偽の情報でテランスを誘い出そうと言う訳だ。
当初は何度か本当の情報を流して徹底的に信用させてと思っていたが……
「予想よりクラーが荒れてますから、悠長なことはせずに手早く終わらせましょう」
「素直に信じるかな?」
「略奪が横行するほどにものが無いのです、怪しいとテランスが思っていても部下を抑えきれないでしょう。内通者がいなければ労せずエタン陣営は補給物資を受け取れるわけですし、どちらであっても問題ないかと」
その言葉には頷きを返して、サンドラにそちらは頼むと告げてエタン殿の館に向かった訳だ。
そして、エタン陣営との軍議に至る訳だが……あからさまに怪しいのはレジシィとの会話に口を挟んできた男だ。
ネガティブな意見に対して神経質で斬って捨てられる状況下でもないのに、彼はそう言い切った。
が、私は今はここでどうこう言うつもりはない、存分に泳いでもらう。
サンドラが用意した策は、私が物資運搬に渡りを付けた西方諸国との協議を、つまりは補給物資自体をご破算にしかねない。
だが、だからこそ、策として用いるのに意味がある。
補給物資が届く予定日になんの動きが無ければそれでよし、もしこの補給ルートが漏れ出すならば……テランスは度肝を抜かれるだろう。
「物資の運搬にはロガの護衛を付けておりませんが、こればかりは西方諸国を頼った為致し方ありません。隣のヴィラ領主セドッリク殿の手前、やはりロガから兵は送れませんし」
「そればかりは致し方ありますまい」
その様なエタン殿の言葉で軍議を締めくくり、事が起こるまで私は周囲の情報や立地などを頭に叩き込んでいた。
そして、クラー領を補給物資が通過中であろうある日、待ちに待った一報がエタン殿の館にやって来た。
馬を走らせてきたのはリア殿だ。
彼女が馬で駆け寄りながら叫ぶ。
「テランスが釣れたわ! 今リウシスとガラル率いるヴィラの護衛が抑えてる!」
「かかったか! エタン殿、兵を動かしテランスを背後より討ちますぞ」
丁度、傍にいたエタン殿にそう呼びかけると彼は目を白黒させながらも兵に指示を出す。
急ぎ集まった兵士の数はエタン陣営の半分を超えたくらいだろうか。
「これだけいれば十分、進軍開始!」
「お、お待ちください!」
声を上げたのは軍議の席にいたあの中年男だった。
慌てふためいた様子で男は声を上げる。
「こ、これはいったい! 物資に護衛の兵はないと……」
「ロガから護衛は連れてこなかったが、ガラルがヴィラ領主セドリック殿にお願いして物資の護衛に付いてもらっていた。テランスは愚かにもヴィラ領の兵士にまで喧嘩を売ったようだな」
呆然としている中年男を無視して馬に跨ると、私は駄目押しの一言を添えた。
「問い質したいことがあるが今は急ぐ、申し開きがあるならば考えて置け」
「は、計りおったな!」
剣を抜き放とうとした中年男の首がすぐさま飛び、血飛沫が噴水のように舞い上がる。
「景気づけと呼ぶにはちと美しくないか」
「お前さんは詩はともかく剣技の方が余人の及ぶところではないな」
殆ど血のりのついていない剣を鞘に仕舞いながら嘯くマークイ殿を見やって、私は肩を竦める。
「内通者は討ち取りました、参りましょう」
アレン殿がそう締めくくると、エタン殿はがくりと肩を落として頷いた。
「……父の代から仕えていた男でした、私が領主になった際も力を貸してくれていたのに……」
「間者とはそう言うものです」
私の言葉に力なく頷いたエタン殿だったが、首を左右に振って全軍に指示を出す。
「進軍開始!」
テランスを討ち取る戦いが始まろうとしていた。