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第21話 決断

 夜、私は執務室で酒を飲んでいた。


 葡萄酒を蒸留した強い酒を飲んでみても、全く酔える気がしない。


 同盟の条件に付いて考えを巡らせているからだが、いくら飲んでも酔えやしない。


 まあ、そうは言ってもまだ二杯目なんだけれども。


 ……王にならねばナイトランドとの同盟の締結が出来ない。


 なると言うのは簡単だが、王となれば帝国との関係の修復は諦めるより他はない。


 可能性は薄いが和平という選択肢を自ら握りつぶすことになるだろう。


 王となればそれが目的であったと周囲は思う物だ。


 そうなれば私に対して中立を保ってきた諸領の領主も明確に敵となる事が予想される。


 それでも、相対する帝国軍の矛先を分散できる意味は非常に大きい。


 ナイトランドとロガを相手取るのは面倒であると思わせれば、和平は無理でも停戦には至れるかもしれない。


 いかにロスカーンが滅びを望んだとしても周囲が普通は止める。


 ギザイアとて権力の基盤を失う訳にはいかない筈ではないか。


 利点ははっきりしている、なのになぜ私は王を名乗りたがらないのか。


 責任の重さにしり込みしていると言うのはある。


 王になれば軍事のみならず政治にも責任が生じる。


 いや、現時点でそれは生じているのだけれども、それ以上の重さで圧し掛かって来ることは明白だ。


 だが、それを嫌って王になりたくないのかと言えば、当然そればかりではない。


 私は、ロスカーンに反旗を翻したがゾス帝国に反旗を翻したわけではない、そう自分で思っていたのかも知れない。


 王を名乗る事で名実ともに反逆者になる事を恐れているのだ。


 今更な話ではあるのだが、そう簡単に割り切れない。


 こんな時は、誰かに話を聞いてもらえればすっきりするのだろうとは思う。


 だが、私はそれを行う事に躊躇ちゅうちょを覚えている。


 事は私の一生を決めるうえでも十分に大きな出来事だ。


 それを他者にゆだねたい訳じゃない。


 それに、相談し何かしらの答えを得ればそちらに考えは流れ、その結果が例えば失敗だった場合私は話を聞いてくれた者の所為にしてしまうかもしれない。


 それが怖い。


 その様な醜い行いを私が行う等と言うのは断じて容認できない。


 そう考えると誰かと話をしてという気分も失せる。


 ……気付けば三杯目をグラスに注いでいた。


 少し酒量が増えている気がするがと感じると、それも仕方ないと自分に言い訳を始める。


 一つ一つの判断に多くの命がかかっているというストレスは並大抵のものじゃない。


 今まではさらに上の責任者と言うか陛下が存在していたが、今は私が頂点。


 全ての判断の責任は私にあり、決して逃れる事の出来ない責任が付きまとう。


 ……ああ、そうか。

 

 責任の重さは痛感していたつもりだが、王を名乗る事でその責任がより顕著になると感じているから、私は王を名乗る事に抵抗を感じてもいるのだろう。


 困った事だと杯を口元に近づけた時、扉を叩く音が響いた。


「ベルシス将軍、少し良い?」

「……コーデリア殿?」


 響いた声に首を傾いで、開いているよと告げるとコーデリア殿が珍しい連れを連れて執務室に入ってきた。


「どうしたんだい、コーデリア殿? ウオルを連れて?」

「ウオル君が将軍とお話ししたいんだって」

「コーデリアおねえちゃんが先で良いよ? 扉の前に先に来てたのは」

「ア、アタシは良いから!」


 コーデリア殿が慌てて告げると、ウオルは不思議そうに小首を傾いでから、私を見据える。


「まあ、立ち話もなんだ。座りなさい」


 私が来客と面談するためだけにおいてあるソファを勧めると、ウオルは物怖じもせずにソファに座った。


 私も対面へと座るが、コーデリア殿だけは扉付近で立ったままだった。


「コーデリア殿?」

「アタシはここで良いよ」


 どうしたのだろうか? いつもの彼女らしくないと思いながらもウオルへと視線を移す。


 ロガ家の血を引く彼は、アントンと同じく色素の薄い蜂蜜色の髪をガシガシと掻いてから、おもむろに告げた。


「どうして伯父上は一人で考えこむのですか? 母や大叔母上やアントン叔父も相談してくれれば良いのにって難しい顔をしてました」

「人の所為にしないためだよ」

「え?」


 何ともタイムリーな問いかけに苦笑しながら答えを返すと、ウオルは驚いたような顔をした。


「考えを分かち合うと言う事は責任を分散させる行為でもあると私は思う。もちろん、専門家の意見は聞かねばならないが決断を下すのは私でなくてはならない。そうでないと、きっと私は人の所為にするだろう」


 なんだかいつになく饒舌な気がするな……流石に酔いが回っているのか?


 まったく気づかなかったのだけれども。


「決断を下す時であるから他の人は頼らないの?」

「出来れば話を聞いてもらいたいし、頼りたいんだがね。親族ならなおさらだ。しかし、今は駄目だな。今回の一件は自分で判断して、自分で責任を取らねばならない事だ」


 自らの判断ならば人の所為にはできない、王になると言う行いにも言い訳はできないし、するつもりは無い。


「とは言え、意見を聞く事で多くの命が救われるならば話を聞くが、今回はある意味わかり切っているからな」

「分かりました、決断とはそう言う事なのですね。あ、最後にもう一つ質問なんですけど、ベルシス伯父上は王になられるのですか?」

「なりたくもなかったが、今回、王を名乗る事の利点は多い。ゆえに私は王を名乗ろうと思う。時間を貰ったのは感情に踏ん切りをつけるためさ。長く給金を貰っていた所を裏切ると言うのは、やはり堪えるものだ」


 ソファにちょこんと座っていたウオルは私の答えを聞けば、ありがとうございますと頭を下げた。


 出来た子だ。


 出来過ぎな気もするがアネスタとウォランの教育の賜物か。


「コーデリアおねえちゃん、僕の話は終わったよ」

「えっとね、難しい話するね、ウオル君」


 アタシの話はそんなんじゃないしと笑いながら扉に手を掛けたコーデリア殿を見て私が声を掛けた。


「あまりコーディーと呼ばない事?」

「そ、それもあるけど、そうじゃなくて」


 どうにもしどろもどろな様子にウオルと一緒に小首を傾いだ。


 と、扉を叩く音が響く。


「兄貴、考え事の最中悪いんだけどウオルの姿を見なかった?」


 そして、不意に野太い声が響く。


 口調と声の太さで誰かわかると言う物だ。


「今話しをしているよ」


 コーデリア殿に開けるように合図を送ると、彼女は扉を開ける。


 そこには少し息を乱したガラルが立っていた。


「……ウオル、アネスタかウォランに私の所に来ると言ったのかい?」

「……言ってません」


 問いかけると、まだ十歳の従兄妹甥いとこおいはまずいと顔に表しながらしょんぼりと答えた。


 この後、ウオルを連れてアネスタの所に出向いて弁護したのは言うまでもない。

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