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第18話 カナトスの事情

 アルスター平原に陣を構えた帝国軍を打ち破った私たちは、しかし、のんびりとその勝利に浮かれている時間はなかった。


 いかにカルーザスと言えども一軍で我々に攻撃を仕掛けてくるはずがない、そう言いきれないためだ。


 戦いに勝ったという喜びを抑え込み間者を方々に放ち、カルーザスの動向を把握する一方で私ベルシス・ロガが三将軍に勝ったと大いに宣伝させた。


 数倍の敵を相手に再び勝った、これはまぐれではないのではないか? と周囲を惑わすためだ。


 ただの一度の戦いでも数倍の敵に勝つ事は難しいのは道理だが、それでも一度だけではまぐれとまでは言わずとも時の運だったのだろうと大方の者は思う。


 それを否定する気はないが、二度目、それもぱっと出のアーリー将軍が相手ではなく、八大将軍を務めて相応の年月を経ている三将軍が相手だった事は大いに宣伝の材料になる。


 ベルシス・ロガは死なず、と言った感じに。


 人の心は移ろいやすく、風向きが変わればその旗を変える事など日常茶飯事。


 こちら側の旗に呼び寄せるには宣伝工作は不可欠だ。


 もちろん、そんな風に旗を変える者は危機に瀕してはこちらを助けるどころか攻撃してくるかもしれない。


 だが、それは当然の事。そんな事にいちいち目くじら立てるよりは利用できるときは利用するのが得策だ。


 ……まあ、そんな連中しか周りにいないとなれば、それはそれで困り者だが。


 ともかく、この宣伝工作にはカルーザスが決戦の決意を翻す意味も込めて行っている。


 既に帝都とアルスター平原の半ばほどまで進軍しているカルーザスが、これ以上は無益と一旦矛を収める状況……或いは、今ならばゾス帝国の領土を奪えると考えた他国の対応に追われる状況に持ち込むために、私は自身の勝利を活用する。


 そんな風に間者に指示を飛ばしながらも、もう一つ臨まねばならない物がある。


 援軍に来てくれたナイトランド、およびカナトスと同盟の締結に向けた外交だ。


※  ※


 ナイトランドの魔王に対しては、こちらから出向く必要はあるだろう。


 彼の国はガト大陸でもっとも古くから存在する国である。


 そして、過去にはオルキスグルブ王国とも矛を交えた国でもある。


 戦った経験があると言う事は大きい、その情報の共有が出来れば今後の動きにも選択の幅が広がる。


 ギザイアを放ったのがオルキスグルブである可能性が高い以上は、次なる動きを見据えておく必要はある。


 そう言う意味でも、カナトス王ローラン殿が戦場にあるのはありがたい話だ。


 彼もまたギザイアと言う女の被害者でもあり、彼女の事を良く知る一人でもある。


 ローラン殿自身が態々援軍を率いて来たのには、その辺りも絡んでいそうだし。


 それを抜きにしても王自ら援軍に出向いてくれたカナトスに対して、その陣中に赴き感謝の意を伝えるのは当然の事だ。


「ベルシス・ロガである、ローラン王ご自身が援軍を引き連れてくださったことにお礼を申し上げたく、陣中にまいった。お目通しの許可を頂きたい」


 カナトスの陣に出向いてその様に口上を述べると、カナトス白銀重騎兵の胸甲を纏った壮年の男が急ぎ現れてローラン王の元へと案内してくれた。


「将軍自ら出向いて来られるとは思いませんでした」

「王自ら出陣されたと聞けば、まいらぬ訳にも行きますまい」


 少しばかりぎこちない会話になるのは致し方ない。


 数年前までは私たちは争っていた間柄なのだから。


 そこに僅かに四名の護衛のみを……それも明らかに軍属では無い者を連れてやって来たのでカナトス側としては戸惑っているのだろう。


「シグリッドさんは何処かな?」

「コーディ、あまり陣中をきょろきょろ見る物ではありませんよ」

「俺としては麗しのシーヴィス様がいらっしゃってくだされば言う事が無いんだけれど」

「王の御前でそれを言うなよ、マークイ。お前さんのそう言う所は肝が冷えるわい」


 なんか、物見雄山な感じの護衛達だけどさ。


 私が少数の護衛のみで赴くと伝えると真っ先に護衛に名乗り出たのがコーデリア殿だった。

 

 曰く、ロガ軍の者を連れて言っては角も立つし、その点コーデリア殿であればある意味第三者なので下手に刺激しないから、とアピールもしてきた。


 誰の入れ知恵だか分からないが、大方はずれてもいなかったし、何より護衛とするならば彼女ほどの人材はいないので私は了承した。


 確かにリチャードとか連れて行くのは流石に威圧的過ぎるからなぁ。


 陣中で彼が背後にいてくれると安心できるのだが、外交の場になると途端に目立ちすぎる。


 最も、リチャードはコーデリア殿を気に入っているらしく、私の傍に彼女がいると何とも楽しげにしている。


 ……あいつ、変に気を回したりしないと良いんだけどな。


 確かに、結婚して血筋を残すことを考えるとそろそろ結婚しておかないといけないんだけれど。


 そんな事を考えながらちらりとコーデリア殿を見やると、彼女は珍しそうにカナトスの馬とか武装を眺めていた。


 ……私はいったい何を考えているんだ?


 この状況下に唐突にそんな事を考える程、色々とアレなのか?


 等と一人で狼狽している間に、ローラン王の天幕にたどり着いた。


「ベルシス・ロガ殿がお越しになりました」

「護衛の方々共々、天幕に入っていただけ」

「御意にございます」


 案内役の壮年の白銀重騎兵は……多分カナトス貴族は天幕の入り口を持ち上げて、我々に中へ入る様にと丁寧に告げた。


 天幕の内部に足を踏み入れると、数年前よりも成長したローラン王がそこにいた。


「お久しぶりです、ロガ将軍」

「お久しぶりです、ローラン王。この度の援軍、誠に感謝いたします。ですが、一体なぜと問うても?」


 私が開口一番に問いかけると、ローラン王の後ろで控えていたシグリッド殿が驚きに目を丸くした。

 

 ローラン王自身は椅子に座したまま、驚くでもなく微かな頷きを返した。


「ロガ将軍としては気になるところでしょうね。貴方は命の恩人ではあるけれど、国を挙げて助けるべき人物かと問われると……」

「まずありえませんな。ですが、カナトスが危機に瀕しており、私と言う存在がある事でカナトスが生き残る道があるとなれば話は別ですが」


 ローラン王は苦笑いを浮かべて、再度頷き。


「ご慧眼ですな。……やはりあなたも恐ろしい人だ、ロガ将軍。その辺りも話す必要がありましょうから、まずはお掛けください」


 どうも先走り過ぎたようだと思えば、私も失礼と声をかけて椅子に腰を下ろす。


 一体どんな対価を吹っ掛けられるのか、少々不安だったせいかな……落ち着け、ベルシス。


「お察しの通り、カナトスは危機に瀕しております。ゾス帝国が賠償金の値上げを通達してきたのです、払えなければ貴国の存続も危ぶまれるという一文も添えて」

「それは……無体な。しかし、そう言う事であれば納得できますね」

「そう、我がカナトスは貴方に戦っていてもらいたいのです、ロガ将軍。その間はゾスの攻勢は無いのですから」


 しっかりと打算が働いていたので、私はほっとした。


 善意であれ何であれ利や理が通じない者とは価値観の共有化が出来ないから、怖い。


 そうでは無いのだと知れただけで、私は大分気が楽になった。


 楽になったが……この内戦時に賠償金の値上げとは帝国は何を考えているんだ?


「しかし、この時期になぜ貴国の賠償金の値上げなど……」

「それは戦費に充てるつもりのようですね、二度も火急に軍を動かした事で大分散財したようですから」

 

 えっと、それはつまり……私のせい?


 いやいや、他にやりようはある筈なのにいきなりそんな所から手を付けないよな、普通……。

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