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第11話 開戦

 三将軍が軍団を率いて南下してくれば、ロガ領にたどり着く前にこちらもアルスター平原に陣を構える。


 元より準備はしてきたし、敵より少数であるから動きも素早い。


 それだけが取り柄だなと肩を竦めながら、アルスター平原にて三将軍を待ち構える。


 私の指揮下で二万の兵が九万の兵を迎え撃とうと言うのだ、誰もが緊張感に静まり返っている。


 そしてアルスター平原に陣を構えて数日が経つと漸くゾス帝国の軍団が姿を現す。


 まずは誘い込みに成功したと言える。


 確かにルダイを攻めた所で軍事力を叩かねば戦は終わらない。


 当たり前の話ではあるが、そうはならない事も起こりえるのが戦という物だ。


 だから、まずは決戦の場に彼らを引きずり出せたことに安堵の息を吐き出した。


 さて、ここからが問題だ。


 ロガ領に撤退する振りをしながら坂道を登り切らねばならないのだから。


 ゾス軍が到着してすぐには事を起こしてはいけない。


 意表を突かねば追いつかれる。


 本当は丘陵地で陣を構えていたかったが、そうなれば三将軍が決戦に応じたかは親しい所だ。


 ロガ領を荒らして、私が我慢できなくなって打って出るのを待ったかもしれない。


 それが兵法と言う物であれば卑怯だなどと言う気はない。


 が、苦労が多くなるのは仕方がない事か……。


 軍団が戦場に着いてすぐに戦いが始まらないのが常だ。


 まずは互いに機を窺いながら、どこをどう叩けば効率が良いかを見破ろうとする。


 相手の陣に穴はないか? 彼我との戦力差はいかほどか? どんな兵種を揃えているのかなどなど推しはかる。


 戦力差についてはあちらが考慮する必要もない。


 だから懸念があるとすれば、戦力差に驕りそのまま戦闘を開始されていたら危ない所だった。


 即座反転して逃げ出しても被害は多く出てしまっただろう。


 陣の周りには堀や柵を巡らせてあるとはいえ、勢いづいた軍が相手では然程多くの時間は稼げない


 だが、ゾス帝国軍は定石どおりに陣の構築に移ったことを確認できた。

 

 私が再度安堵の息を吐き出したのは言うまでもない。


 夜は無事に迎えられそうだ、そうなれば私はロガ領に向かって撤退を指示する手筈になっている。


 これもきわどい綱渡りになりそうではある。


 なにせ、帝国軍には途中で気付いてもらわねばならないのだから。


 撤退にすらもたついていると思わせなければ、戦功を求めるテンウ将軍やパルド将軍を釣り出せないだろう。


 どちらかが釣れればもう片方も自ずと釣れるはず。


 彼らと接敵する前に入り組んだ丘陵地に伏せてある五千の兵と力を合わせて戦うのだ。


 九万の敵を一気に相手にするのではなく、三万程度の敵を起伏に富んだ地形に誘い込んで更に分断しながら戦う。


 万が一彼らが乗って来なければ……この丘陵地を自陣として持久戦に持ち込む羽目になるだろう。


 そうなるとそれこそ援軍でも来ない限りは、状況の打破が難しくなる。


 せめて一軍団、出来れば二軍団を叩いて置かねばならない。


 元々三倍以上の敵と戦うこと自体が無謀なのだ、どんな策でも講じて戦わねば価値を引き寄せる事は出来ない。


 そう決意はしているのだけれども……果たして上手く行くだろうか?


※  ※


 無事に夜を迎えた。


 次は逃げださねばならない。


「全軍に通達、手筈通りに逃げるぞ」


 私の指示に従い、兵士たちは必要最低限の物だけを持って坂道を登り始める。


 ここにある物資は元より廃棄予定の物だ。


 ある程度は身軽になって逃げねば、坂道を登った所で疲労困ぱいと言う事にもなりかねない。


 何とも地味な作戦だけれども、ともかく夜闇の恩恵を受けながら大半の兵士が坂を登っていく。


「そろそろだな……」


 第一陣の最後尾が坂の半分まで達したと聞けば、次の作戦に移る。


 私が率いる第二陣も坂を登り始めるのだが、敵に気付かれなくてはいけない。


 もしかしたら、帝国軍も気配を察して追撃の準備に入っているかも知れないがそれを確実なものにするために私たちが陣を構えていた近くに火を放った。


 下手に火を放つと柵も燃えてしまい相手の進軍速度を速めたり、或いは火勢が強くて進軍不可となれば、私たちが望む戦いの場に彼らを引きずり込めなくなる。


 注意深く火を放ち、廃棄予定だった物資の一部が煌々と燃え上がる。


 いかにも混乱した風に兵に声を出させながら、私たちは淡々と口だけはやかましく撤退を始めた。


 追ってきてほしい、だが、まだ追ってきてほしくない。


 そんな思いからかいつしか、第二陣の者達は押し黙ってしまい坂を黙々と登っていく。


 背後で馬のいななきが聞こえると、誰かがつばを飲み込んだ音が響く。


 或いは、自分のつばだったかもしれない。


「来たか……速度を上げるぞ」


 指示を飛ばしながら私は歩き続けた。


 徐々に足早になっていきそうになるのを堪えて、兵士に声を出すように指示した。


 こちらの存在を示しながら、逃げるのに精いっぱいで追手に気付いていない風を装うために。


 相手が斥候であれば急ぎ戻り、伝えるだろう。


 既に騎兵が迫っていると言うにしては、気配がなさすぎる。


 そんな事を考えながら背後を振り返る。


 坂道を半分ほど登り終えた所だが、私たちの陣があった場所に無数の明かりが集まっているのが見えた。


 遠くで声が聞こえる。


「ロガ軍捕捉!!」

「追うぞ!」


 その声には聞き覚えがあった。


 珍しいな、パルド将軍の方が釣れたか。


 テンウ将軍が最初とばかり思っていたが……。


 策が成ったことに安堵しながらも、そこはかとない違和感に私は嫌な予感を覚えた。


 パルド将軍はテンウ将軍との功績争いが絡まなければ、それほど無茶をする性質ではない。


 逃げる敵の追撃は確かにそこまで無茶ではないのだけれど……。


 テンウ将軍の枯れ野に放たれた火の如き進軍速度を上回ってパルド将軍が進軍してくる?


 或いは……彼ら二人の共同作戦の可能性もある。


 例えば、進軍速度の速いテンウ将軍が我らの行く手に回り込み、パルド将軍が追撃を行い挟撃する手筈だとか……。


 不味いな、私たちが敵を分断するつもりでいたのに、敵が私たちに二正面作戦を取らせようとしている。


 どう戦う? どう切り抜ける?

 

 坂道を登りながら考えを巡らせるが妙案は浮かばなかった。


 そして、坂道を登り切ればともかく手筈通りに合流を果たすしかない。


 帝国軍はもう坂を登り切ろうとしている。


 ……カナトス王アメデとの初戦を……隘路で大軍と事を構えたあの戦いを思い出しながら、私は皆と合流を果たす。


 あの時は思わぬ援軍があったが、今回はそんなもの期待できない。

 

 ただ、やれることをやるしかないのだ。

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