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第7話 襲撃

 私はカムン領の傍で予定通りアーリー将軍をおびき寄せる為、五百名ほどの兵士の一団を率いて練兵を開始した。


 この練兵、実は見せかけではなく本当の訓練でもあった。


 ローデンからの義勇兵は警備の兵を混ざっていたし、練度も低いって程じゃないが、精鋭と呼ぶには程遠い。


 訓練だけが兵士を生き残らせる事が出来る唯一の方法であり、優秀な将の存在を育て上げる為にも必要な事だ。


 三勇者やその仲間たちは個として優秀過ぎる戦士ではあるのだが、どうもそれだけではないように感じる。


 軍を率いる素養も感じるのだ。


 彼らが真にそんな能力を持っているのならば、伝説に聞く古代の大王やゾス帝国の開祖をもかくやと言う働きをするだろう。


 そうであれば、ロガの地と帝国に平穏を齎す事も出来る。


 ……帝都をロガ家が奪うと言う結末で。


 ロスカーンを廃せばギザイアの野望も潰え、私利私欲をむさぼるコンハーラらの如き連中に法の裁きを食らわせてやれる。


 ゾス帝国の皇帝の血筋はロスカーンで最後ではないのだ、帝国を再び立て直す事だってできるだろう。


 そうでもしなければ戦に終わりがない。


 自治領として認めさせるにしても、ロスカーンを、何よりギザイアを如何にかせねばいくら私が防衛戦に勝ち続けようとも意味はない。


 その二人を如何にかせねば、ロガの一族は穏やかに過ごすことは出来ないだろう。


 血族もろとも消し去ろうと言う相手が権力の座にいる、これでは平和など来るはずがない。


 だから、帝都を奪う。


 帝都を奪い、ロスカーンを廃してギザイアを討つ。


 そうなれば、漸く和平の目も出てくるのだ。


 出てくるんだが……あまりに茨の道で、考えただけで眩暈めまいを覚える。


 それに、だ。


 ――この間の戦いの比ではなく人が死ぬ。


 兵士だけじゃないだろう、民の中からも老若男女構わず死者が出る。


 それを思うと久々に胃がキリキリと痛みだす。

 

 痛み出すが、だからと言って私は故郷を失うのも死ぬのもごめんだし、ロスカーンのあり様を許す事も出来ない。


 何よりギザイアを討ち滅ぼさねば先帝に申し開きが出来ない。


 だから、ゾス帝国の帝都ホロンを攻め落とす。


 如何にか、民を巻き込まず、せめて死ぬのは兵士だけの状況を作って。


 虫が良い事この上ないが、その位の細心さで状況を進めなくてはいけない。


 それこそが泥沼の内戦を始めてしまった私の責務だ。


※  ※


 ローデンの義勇兵は当初戸惑っていた。


 勇者と言えども年若いコーデリア殿に指揮される事にではなく……。


「ベルシス将軍、これで良いのかな!」

「ええと、もっと自信をもって良いと思うんだけど……」


 彼女はいちいち私に成否を聞くのである。


 最初の内は戸惑っていたローデンの義勇兵も、一つの訓練を経るごとにコーデリア殿に愛着でも持ったのか微笑ましい物を見る目でこちらを見ている。


 何と言うか彼女には私には無いカリスマ性を感じる。


 まだまだ指揮官としてはひよっこだが、これは化けるかもしれない……。


 その様に、若々しくも危なっかしいコーデリア殿の指揮を見守る私の耳に地響きにも似た音が届いたのは、昼の最中。


 最近は汗ばむような日差しの太陽が、真上に達した頃合いだった。


(掛ったか……)


 兵士達の訓練を少し離れた所で椅子に座って見ていた私目掛けて、数多の殺意が向けられているのを感じる。


 音と殺意の方角を見やれば、百程の騎馬の軍勢が真っ直ぐに駆けて来るのが見えた。


 敵のあの数の少なさには訳がある。


 多数で動けば即座に全軍でカムン領に攻め入ると警告しておいた。


 それに、求心力の低下した将軍の策に、飯を碌に食えない兵士の多くは従わないだろうとも考えていた。


 事実そうだった様だ。


 領主からは戦になれば領内が荒れると苦言を呈され、兵士の多くはついて来ないとなれば少数による奇襲しかない。


 あの百ほどの敵はアーリー将軍の子飼いの兵士なのかも知れない。


 ともあれ、獲物は網にかかった。


 コーデリア殿が私を見やって一つ頷いてから下知を飛ばす。


「将軍を守るぞーっ!」


 何だか少しばかり気が抜ける指示だったが、ローデンの義勇兵の士気は高くおおっ! と応えが返った。


 あれで士気上がるんだな……やはり真似できない。


 それはさておき、騎馬が通れるルートは限定されている場所なので、突貫して来る騎馬を遮る様にコーデリア隊はその進路を塞ぎ……戦いが始まる。


 コーデリア殿が飛び上がり剣を振えば、一撃で先頭付近の騎兵が崩れ落ちた。


 主亡くした馬を御したコーデリア殿を切りつけたのは、上等な、それでいてあまりこの辺りでは見ない意匠の黒鎧を纏った小柄な騎兵だ。


 あれが、アーリー将軍か。


 アーリー将軍の脇に現れた褐色の肌の老人が曲刀を振い、馬上でアーリー将軍と鍔迫り合いをするコーデリア殿に襲い掛からんとするが、それを防いだのは詩人剣士マークイの剣だ。


 そして、ドランの戦槌が追い打ちで振るわれたが、曲刀使いの老人は軽い身のこなしでそれを避けた。


 あと一人、魔術師が居た筈だと、混戦を見渡すと配下の兵士に守られた魔術師が、同じく兵士に守られたアンジェリカ殿と対峙していた。


 五百の歩兵と百の騎兵、突貫力があるのは騎兵だが、その鼻っ面は既に叩かれて混戦に巻き込まれた。


 騎兵の魅力である破壊力は、突進を阻まれ混戦に巻き込まれ手足を止めた時点で殺されている。


 要のアーリー将軍やその側近たちはコーデリア殿やその一行が抑えている。


 どうにかなったなと、息を吐き出した瞬間に、遠くで馬のいななきが聞こえた。


※  ※


 途端に私はゾッとした。


 音が聞こえた方は、険しい起伏の岩場。


 そこに影が見えず、まさかと崖の上を見上げれば……私の右目は六騎の騎兵が崖の上に佇んでいる姿を漸く捉える。


 騎兵の一騎が掲げる旗印、それは忘れるはずもないカルーザスの物!


 そして、その中から一騎、淀みなく馬を駆って崖を降りてきた。あの思い切りの良さは、乗馬の腕前は……紛う事なき、カルーザスの物!!


「お前ならばこうすると思っていたぞ、ベルシス!」

「カルーザスっ!!」


 私の策はカルーザスには見破られていた! 遅れて五騎が崖を下りだした時には、大地に降り立ったカルーザスが、私目掛けて馬を走らせる。


 相手の状況を踏まえて自分ならばどうするのか、何をやられたら困るのかを考える、そうだったなカルーザス。


 当然、アーリー将軍との決着を急ぐこと、兵力に差がある私ならば相手が少数しか動かせない状況を作る事を想定するよな。


 でも、お前……マジかよ……。


 なんで分かるんだよと、半ば呆然としながらも私は腰の剣を抜く。


 カルーザスは既に目の前、振り上げられた刃を打ち返すべく剣を振るった。


「将軍っ!!!」


 コーデリア殿の叫びを掻き消したのは、打ち合い鳴り響く金属音と一瞬で散った火花だった。


 驚愕しながら走り抜けたカルーザスが、馬首を翻して叫んだ。


「腕を上げたな、ベルシス!」

「私に打ち返されるとは、腕が鈍ったか? それで私を討てるのか、カルーザスっ!!」


 カルーザスの一撃を受けて剣に亀裂が走り、腕は痺れていた。

 

 そうであると言うのにもかかわらず、私は叫ぶ。


 その才能を、何故皇帝として振るわないのかと言う憤りがそうさせたのかも知れない。


「言ってくれるっ……! かつてのお前ならば倒せていた! ……だが、次は……っ!」


 再び迫ろうとしたカルーザスは、不意に黙り馬首を翻す。


 その視線は私の目の前に降って来た影に向けられていた。


 動きやすいように結わえられていた金色の髪は、激しい運動で解れ、私よりも低いながら頼もしい背には、朱がこびり付く。


「……やらせる物か……っ!」


 気迫のこもった叫びに無駄のない構え。カルーザスのみならず、迫って来ていた残り五騎にも鋭い視線を送り牽制するその姿は、歴戦の戦士のそれだった。


 幼かったコーディの背が、私を守る様にカルーザスとの間に立ちふさがっている。


 幾ら視界に収まる距離であるとは言え、一瞬でここまで来たのか? そう驚いていると、カルーザスはあぶみより足を外し、剣を収めた。


「勇者殿とお見受けする。ゾス帝国を代表し、魔王との和平を結んでいただき感謝いたす……。貴方の顔を立て、一度だけ退きましょう」

「閣下……宜しいので?」

「今討たねばベルシス卿は大いなる禍根になると……」

「確かに、我が友ベルシスは恐るべき敵となるだろう。それでも、魔族との戦いを収めた方に対する敬意を払わぬはゾス帝国人の恥ぞ」


 カルーザスはそう告げやれば、一度コーデリア殿に頭を下げて来た時同様に疾風の様に馬を走らせて去っていく。


 残り五騎の騎兵たちは一瞬顔を見合わせた様だった。


 どいつもこいつも、槍と剣、それに弓の名手だ。


 下手したらアーリー将軍の率いた百の騎兵より、この五騎を相手にした方が厄介な場合もあるほどの手練。


 だが、それだけに彼等は敬愛するカルーザスの言葉に従い、やはり風の様に去っていった。


 助かった……そう思うと一気に気が抜けた。


 そうだ! アーリー将軍は?! そう思い、其方を見やれば、アーリー将軍達は捕縛されている所だった。


 当初の予定は達成した訳だ、改めて頼もしい背中に視線を移して声を掛けた。


「ありがとう……コーデリア殿」

「……無事で、良かったよ……ベルシス……しょうぐん」


 少し、違和感のある喋り方で振り向きながらそう告げたコーデリア殿は、私の顔を見て微笑むとその場でゆっくりと崩れ落ちた。


 脇腹から、真っ赤な血を流して。


「コーデリア殿! コーディっ! 死ぬな、死ぬんじゃない!」


 まだ陽が高く昇っているのに、私は周囲が暗くなったかのような錯覚を覚えながら彼女の温かい体を抱き寄せて、懸命にその名を呼んだ。

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