第4話 援軍
クラー領の領兵がに二つの陣営に別れて争っている。
そのただ中を突っ切る訳にもいかず、馬を降りて遠方よりその様子を眺める。
争いと言えども全面的な戦いと言うよりは小競り合い程度の物であったが、領兵を動かすなどよほどの事態だ。
この状況は帝国の求心力の低下を如実に示している、とも言えたがそれだけで片づけられる話でもない。
皇帝ロスカーンの悪政により帝国全体の治安が徐々に悪化している事が、多少の影響を与えているのは明白だ。
しかし、反乱者である私への援軍らしき集団が自分たちの治める領に近づいていると言うのに、二手に分かれて争いだすなど通常は考えられない事だ。
それほどまでに、遺恨がたまってしまったと言う事か。
親族同士の骨肉の争いは時に第三者との争いよりも凄惨さを増すものだ。
「迂回するより他にないな」
マークイが肩を竦めながら告げる。
私もそれに異論はない、ここで隠れて過ごした所で意味はない。
確かにエタン殿、現領主とは手紙のやり取りはしていたし、顔も知らぬわけではない。
だが、ここで下手に加勢すれば、帝国内での彼の立場が悪くなるのは明白だ。
それに私もローデンの民兵と合流し、早急にある指示を出さねばならなかった。
「偵察に出ているリア殿が返り次第、移動しよう」
私がそう告げる遥か前方では馬に乗ったクラーの領兵が矢で射抜かれ落ちたのが見えた。
小競り合いでも人は死ぬ、道理である。
※ ※
程なくしてリア殿が戻れば、迂回路へと先導してくれた。
迂回路を通りながらも聞こえてくる噂によると、クラー領の小競り合いは日に日に悪化していくようで、いつ全面的な戦いが巻き起こるのか定かではない。
領民たちは怯えながら日々を暮らしている様子が垣間見えた。
「……」
「何を考えておりますかな、将軍」
「図らずとも内戦を引き起こしてしまった身の上ではな。民の生活に影響が出る事は分かっていたが考えざる得ないさ」
ジェスト殿の問いかけに素直に返すと、彼はなるほどと頷きを返す。
恩ある者達を助ける為だったとはいえ、いくらでもやり様はあったのではないか?
いや、普通ならば在ったのだろうが、今の帝都でそれがあったのか……。
私の能力不足で解決策を見いだせなかっただけのような気がするし、いくら手を尽くしてもこうなるより他はなかったような気もしている。
軽々と戦いと言う道を選んでしまったのではと言う思いは消えない。
だが、故郷を攻められて何もしないと言う訳にはいかなかった。
「時の流れが審判をくだす……か」
「詩に歌われた際に喝さいが起きるか、ブーイングが起きるか。ですかな」
マークイが私の言葉の後に続けた。
詩人らしい物言いに私は苦笑を浮かべたが、一つ頷きを返し。
「得た権力の使い方一つで、喝さいを得るか、誹謗を浴びるか。身を引き締めて事に当たるさ」
「歓談中悪いけど、見えて来たわよ」
リア殿が話題を打ち切る様に、前方を指示し告げる。
情報通り、街道を外れた平野に武装した集団が陣取っているのが見えた。
騎馬と歩兵の混成集団はカナギシュの旗印とローデンの旗印、それにロガ家の旗印を掲げていた。
「間違いないな……帝国軍の動きが鈍重で助かった」
ローデンの民兵を討伐しようと軍を派遣する動きはあれども、帝都を未だに動いていないらしい帝国の動きの鈍さに感謝しつつ、今後をどう説明するべきかと悩みながら、私たちは彼らの方へと馬を走らせた。
※ ※
結論から言えば、ローデンの者達は私の言う事を聞いてくれた。
「君たちの援軍は心強く嬉しい限りだ。だが、武装したまま集団で移動すれば要らぬ敵意を買ってしまう。数名単位に分かれて遠回りでも良いから幾つかの街道を使いロガの地を目指してほしい」
数名のグループに分かれて、幾つもの街道を使い旅人を装いながらロガの地に集まるようにと指示をすると、彼らは即座に行動を開始したのである。
民兵、民兵と言っていたが一部には国境警備の任についていた帝国の兵も混じっており、練度はそこまで低くは無さそうでそこは嬉しい誤算と言えた。
そして、カナギシュ騎兵の方だったが……彼らを指揮する人物に出会い驚いた。
正確にはその人物の家族に出会ってだが。
ローデンの民兵たちに指示を終え、彼らが慌ただしく動き出す中カナギシュ族の駐屯する場に私が赴く。
と、私の姿を見た馬上に在った騎兵達が一斉に並び、鐙から足を外し、各々が武器を横に寝かせた。
騎馬民族の騎兵たちが見せる最上位の敬意の表し方だ。
右目を丸くしていると、一騎、居並ぶ騎兵たちの中から出てくる。
多くの騎兵は軽装の騎兵だが、進み出てきた騎兵は厳ついが誠実そうな顔つきの三十前後の男であった。
「お初にお目に掛かる、ロガ将軍。父ファマルに変わり息子のウォラン、援軍に参上つかまつった」
「援軍? 嬉しい限りだが、何ゆえカナギシュが……?」
「父は将軍が和平を働きかけてくれたことに恩義を感じている。それに、妻の故郷でもあるロガの地をむざむざ蹂躙させる訳にはいかない」
妻の故郷……か。
「私情で動いてよいのかね?」
「無論、それだけならば動けない。だが、将軍いここで潰えてもらうと困るのだ。カナギシュ族が騎馬民族として生き残るためには」
西方諸国との同化の件か。
ぜいたく品をの味を覚えたカナギシュ族の一部が西方諸国の暮らしぶりに感化されていると言う。
セヌトラ川以西の平野を手にした騎馬民族の末路が馬を捨てる事になりかねないとは皮肉な話だ。
「だが……西方諸国に感化された者は反帝国の急先鋒になると聞いていたが……」
「ああ、西方諸国は将軍が帝国に風穴を開けるのを期待半分、諦め半分で見ている。そして今はまだ見ているだけだ。反帝国の急先鋒たちも帝国の強さは知っているからな、今すぐに将軍に協力しろとは言わない」
「ああ、下手すれば今の生活が壊れてしまうからな」
私が頷くとファマルの息子ウォレンは頷き。
「だからこそ、親父が動いた。援軍を向かわせることで反帝国を謳っている連中の気勢を制し、騎馬民族としての矜持を取り戻さんとな」
ああ、そう言う訳か。
どうせ反帝国に舵を切らねばならんのならば、自分の選択でと言う訳か。
「共に、あの和平は策の一環としていたからな。急にそう動いてもおかしくはないか」
「そう言う事だ。それに……あの和睦は将軍と親父の和睦であって、カナギシュと帝国の和睦ではないからな」
ああ、そう言う……。
やっぱりあの男は危険極まりない。
だが、そんな彼らが援軍として手を貸してくれるのはありがたい。
彼らの利もはっきりしているし、負けない限りは手助けしてもらえるだろう。
「ちょっと、ウォラン! 何時になったらこの子の挨拶できるのよ」
「ア、アネスタ、ちょっと待て」
いきなりウォランに声が掛けられ、彼が少し慌てた。
見れば、何処か面影のある顔の女性が前に子供を乗せて進み出て来た。
「アネスタ、か。大きくなたなぁ」
「ベルシス兄さん、一児の母を捕まえてそれはないでしょう?」
「アントンもそうだがそんな印象しか持てん、何せ長い事故郷に戻らずじまいだったからな」
「……その件については」
「良い良い。それよりその子の名前は? 君とウォレンの子だろう? 可愛らしい子だ」
自分の父親の所業を謝ろうとしたアネスタを手で制して、私は賢そうな少年を見やって告げた。
「お、お初にお目に掛かります、伯父上! ぼ、僕はウオルと申します」
緊張気味に私の挨拶したその子こそ、後のカナギシュ朝の開祖たるウオル一世その人だ。