表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

65/125

第1話 戦後処理

 レヌ川の戦いは勝利に終わった事は、まあその通りなのだけれど。


 勝った、勝ったと浮かれている暇は私にはなかった。


 病床から起き上がれば、まず把握したのが死傷者の数だ。


 戦死者にはある程度の補償をせねばならないし、残った人数を鑑みて今後の戦いに備えて次はどの程度戦えるのかが課題になる。


 戦争とはただ戦いに勝てば良い訳じゃない、ただ勝つのは戦闘に勝ったと言うにすぎず、目的を達成してこそ初めて戦争に勝ったと言える。


 では、私たちの目的は何か?


 なし崩し的に戦争が始まったが、全く考えていない訳じゃない。


 ロガ領の安泰を勝ち得るには、帝国よりの独立を達成する必要がある。


 そこまでいかずとも、自治領と認めさせる必要性は出て来た。


 これは、皇帝の政治に否を突き付けるのだからなかなか難しい。


 だが、反旗を翻してしまった以上はそれを目指すしかない訳だ。


 目標が限定されているのは中々につらいが、致し方ない。


「こちらの戦死者の数は?」

「五百八十余名。それと重傷者は千ほど、彼らは次に戦いがあっても参加は出来ないでしょう。そうなりますと継戦可能な者達は一万を下回っております」


 ゾスの報告に眉根を寄せる。


 全体の一割近くが戦死或いは重傷か。


「敵の死者や捕虜の数は?」

「戦死者は思いのほか少なく七百ほど、捕虜は重負者が千五百ほど、継戦可能な者が六千五百ほど、それと……砂鰐を二体」

「……あれも捕まえたのか?」

「降った猛獣使いがアレは殺さないでくれと懇願しましたので……」

「兵や市民に害を及ぼさぬように管理しなくてはな」


 降ったのが策であれば内部から戦獣を使って攪乱するくらいは行いそうだからな、アーリーと言う将軍は。


 しかし、重傷者を含めれば八千の捕虜か……。


「アーリー将軍はどうした? むざむざ帝都に戻ってはいないだろう?」

「ロガ領に隣接するカムン領に向かい、態勢を立て直しているようです」

「なら、次があるな。……よし、同国人のよしみだ。動けぬ程の重傷者以外はカムンに返してやれ、動けぬものは引き続きこちらで治療する」


 ゼスが意外な顔をしたが、傍で聞いていたブルームが苦笑を浮かべて。


「足かせですかい?」


 と、問う。


「時間稼ぎさ。有能な新任の将軍が再び敵となる為、軍団の立て直しをしているのを黙ってみている手はない」

「ああ、そう言う事ですか」


 ゼスも私の意図を組んだようで肩を竦めながら頷いた。


 負傷者と言う奴は生きている分、死者より扱いに労力を割かねばならないし、何もしないとあっては指揮をする者の責任問題になりえる。


 ただ、そんなこすからい策に本当の重傷者を巻き込むのは酷だ、そこは除外するのは人として当たり前のことだが、それ以外は知らん。


 できれば無事に生きて帝都に戻って貰って、もう戦わないで済ませたいのだけれど……。


 絶対にそうはならないから、心を鬼にしてこちらが有利になるように策は打ち続けなくてはならない。


 ああ、こんなの続けていたら絶対人格捻じれるわ……と思うのだが、私が元より捻じれていない保証など何もなく、むしろ今まで八大将軍とかやってこれたのだから相当にねじくれているとみるべきでは? と思い至ってしまった。


 うんざりする。


 ともあれ、左目を射抜かれても生きている男が無事に動けることを内外に示すべくあまり休んでもいられない。


 ゼスとブルームに指示を出した後は、伯母上と話し合って戦死者の補償について協議しなくては……。


※  ※


 と、こんな感じでやる事は山積みだった。


 一つの戦が始まるのにも終わるのにも幾つかの出来事が積み重なる訳だが、こんな慌ただしい状況下でさらに次の戦が始まりかねない出来事が起きた。


 その一報を運んできたのはフィスル殿であった。


 快気祝いではないが叔父上を除いた身内だけで昼食を取っている時に、ふらりと彼女はやって来て口を開いた。


「将軍、ローデンが民兵を募って将軍の加勢に向かっているよ。それを護衛するようにカナギシュの騎兵も」

「……それは、どこ情報?」

「メルディス。合流阻止の為に何とかって将軍が向かうって」

「早まった真似を……。しかし、何故メルディスがローデンを?」

「ジャックがロガ将軍に何かがあれば彼らは必ず動くから見張っとれってね」


 その言葉を聞いていたガラルが、少年期の面影も薄くなった派手な衣服を纏った厳つい大男が口を開く。


「これがベルシス兄貴の人徳ね。でも、ちょっと危ういわね」


 慣れない。


 別にどんな服を着ていても良いし、どんな口調でも良いんだけどドスの利いた声で兄貴と言った後に裏声みたいな声で普通に話しだすのだけは勘弁してほしい。


 同じ思いなのかアントンが苦笑しながら告げる。


「ガラル兄さん、もう少し何とかなりませんか、それ?」

「師匠がこうだったのよ、すっかり移ってしまったわ」


 ギザイアに捕らえられ獄中で怪しい死に方をしたと言う仕立て屋はそう言う口調の爺さんだったらしい。


 まあ、その界隈ではそれが普通なのだろう、うん。


「それはそうと、カナギシュね。兄貴のお連れさんとは因縁ある相手だったわよね? それにアントンも」

「ゼスか? 因縁あるのは彼だけではないさ。私に付き従う騎兵の一部はボレダン族の生き残りだからな」

「ベルシス兄さんが率いてカナギシュ族の包囲を突破したとか。それで族長が恐れてロガ領に留学させた男が姉上と駆け落ち……これはどう見るべきなのかな」

「ファマルが私を恐れた? そんな話は聞いていないが……」

「そりゃ言わないでしょうよ、本人に。ましてや交渉相手だったんでしょう?」


 それもそうか。


 ともあれ、ローデンの民兵とカナギシュ騎兵を孤立させる訳にはいかない、そもそも何とかって将軍と言う精度の低い情報はどういう事だ? メルディスらしからぬ情報だと視線を彷徨わせると不意に食堂の扉が開いた。


 そこには、私と顔を合わせるのを拒んでいた筈の焦燥した顔の叔父ユーゼフが立っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ