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第一幕最終話 レヌ川の戦い(下)

 結局、帝国軍は私たちが待ち構える決戦場に姿を現した。


 彼らから見れば大きく歪曲したレヌ川を越えた先に私たちが待ち構えている訳だが、川を渡る前から骨が折れる事は理解できただろう。


 我々はレヌ川が大きくカーブを描いている箇所に陣取っているのだが、その向こう岸はひどくぬかるんでいるからだ。


 放流した水が未だに引き切らず、ぬかるむ足場を形成している。


 これが水攻めを諦めて仕方なく打った次善の策だ。


 渡河をさせる、足場をぬかるませると聞けば私が敵将の得意な部分を潰しにかかったと分かる者には分かるだろう。


 アーリー将軍とやらの陣立ては騎兵が多い。


 そんな軍団とまともに平野部で戦うのは愚かな事だ、その機動力に翻弄されるだろう。


 私が今率いているような寡兵であるならば、騎兵だけで包囲殲滅される危険性がある。


 それほどの戦力差がある相手だと、大抵の事をしても勝てば称賛されるだろう。


 戦いとは相手に主導権を握らせないように動くのが肝要。


 今回私は兵力差では大いに劣るが、それを武器に戦場を決めた。


 ロガ領を落とすだけならばアーリー将軍は軍団を二つに分けて、一つが私たちと戦い、今一つが主要都市を攻め落とすと言う手法も使えたはずだ。


 だが、私はそれをさせない様に民や兵に噂を流させた、いわば世論を形成させたのだ。


 勝つのが当たり前の帝国軍の大軍を率いて、小細工せずに当たり前のように勝つことが帝国の力を示せると。


 八大将軍ともなれば、当然そうせねばならない、と。


 こいつは何も私が無理やりこさえた空気と言う訳ではない、以前よりある風潮とでも言うべきものだ。


 私くらいになれば、まあロガ将軍だしとその辺の重圧と言うか風辺りは弱くなったが、それでも皆無だった訳じゃない


 私としては人死にが出る事の方が堪えるので、常にいっぱいいっぱいで気付かなかっただけかもしれないが……。


 ともあれ、この空気がアーリー将軍の行動を縛る鎖になった。


 奴さんがこの一戦に勝てれば良いと覚悟を決めている訳ではなく、立身出世を求めるならばこの風潮には逆らえない。


 大兵力で小細工なく真っ向から決戦に挑む、挑まざる得ない状況はこうしてできた訳だ。 


 さて、レヌ川を挟んで陣を構えた私は、姿を見せた六万の兵には気圧されなかったが……騎馬に紛れて蠢く複数の巨体には、流石にビビった。


 砂鰐とか言う六本足の巨大なトカゲじみた鰐が巨体をくねらせるようにして猛進する姿は、何と言うか神話の生物を見ている気分になる。


「あれが砂鰐、か」

「砂の海を踏破するのが得意と聞いておりますが、ぬかるむ大地はどうでしょうかな」


 リチャードの言葉にさてなと返答を返して、私は開戦の合図を送った。


※  ※


 そして、矛をまじえて数刻後には敵は私の傍まで押し寄せてきていた。


 乱戦の最中に左目を射抜かれるも、倒れずにどうにか持ち直した。


 それとほぼ時を同じくして、渡河途中の帝国兵が撤退を開始したのだ。


 コーデリア殿をはじめとした三勇者とその仲間達、それに選び抜いた数百の騎兵が敵の司令部を突いたおかげだろう。


 その辺の報告を受ける前に私が倒れてしまったので、川向うで何が起きたのか良く分かっていないのが現状だ。


 追憶を止めれば、目の前には川向うで戦っていた当事者がいる。


 聞いてみるか……。


「コーデリア殿」

「コーディが良いな」

「へ?」

「アタシの呼び方」


 ……いや、馴れ馴れしくない、それは?


「頑張ったんだからそのくらい良いじゃん」


 そう言って唇を尖らせるコーデリア殿を見やって、小首を傾いで問いかける。


「それが褒美?」

「駄目?」

「安すぎない?」

「えー、安くないよぉ」


 そうか? そうかなぁ? 命を賭けるに値する事かなぁ、それ?


 しかし、当人が望んでいるのだから仕方ない、か。


「ええと、コーディ……殿。そのそっちはどうだったんだい?」

「殿はいらないんだけどなぁ……まあ、良いや。アタシの方も大変だったけれど」


 そう告げて話し始めたコーデリア殿はどこか楽しそうだった。


※  ※


 彼女から聞いた話をまとめると、あちらもだいぶ大変だった様だ。


 帝国軍が対岸に上陸した頃合いに別動隊のゼス率いる精鋭五百の騎兵と三勇者一行は敵司令部へと突撃を始めていた。


 斜め背後からの攻撃すら、想定はしていたのか帝国軍は一撃で混乱と言う訳には行かなかったが、それでもじりじりと司令部に別動隊は食い込んでいった。


 幾ら想定済みとは言え、やはり意識が前に行っている時に背後から来られるのは対応が鈍るし、少人数であったから離れた帝国軍にはその騒動が伝わりにくい事が幸いした。


 魔術師の伝達が戦闘中でも使えれば話は違ったが、と言うか戦術そのものが変わるが、極度な精神集中が必要なためあれらの魔術は平時しか使えない。


 圧倒的数の妨害さえなければ、別動隊は司令部に届き得ると私は思っていたが、それはその通りだった。


 だが、問題は司令部にたどり着いてからだった。


 借りにも八大将軍の司令部を守る兵士は精強であり、アーリー将軍もその側近もやはり一筋縄ではいかなかった様だ。


 アーリー将軍の側近も砂大陸で使われていた奇妙な形の湾曲した剣を用いたとの事だ。


 全身黒尽くめの鎧を纏い、兜をかぶった将軍にコーデリア殿の旅の仲間であるドランとマークイが打ち掛かる。


 マークイは詩人で剣士と言う優男。


 詩を嗜み、剣の腕は超一流、鍵も開ければ、情報収集もお手の物と言う勇者一行に相応しいハイスペック詩人。


 ドランは筋骨隆々の|戦装束の淑女《レディ イン バトルドレス》に仕える老いた神官戦士。

 

 だが、見てくれ通り老人と思って舐めて掛かると痛い目に合う事は必至。


 その二人の打ち込みを、アーリー将軍の側近である褐色の肌の老人が切り払って防いだと言う。


 ただ物ではない……。


 トウラ卿はどんな伝手でこんなハイスペックな連中を連れて来たのやら。


 そんな事を考えながら私は更に話を聞くとコーデリア殿はさらに信じられない話をした。


「シグリッドさんもリウシスも帝国軍に阻まれて中々到着できなくて、アーリー将軍とアタシ一人で戦ってたんだ。そしたらさ、空にベルシス将軍が映し出されて――」

「まさか! そんな混戦時に魔術師が投影を行なったと?」

「アーリー将軍の仲間に、綺麗な褐色の肌の女魔術師がいたんだ。その人がね、将軍の最後を見よって言いながら映したの」


 ――とんでもない話だ。


 多分、目となるべき人間が私の傍にいたからだろうが、まさか私が映し出されていたとは……。


 その魔術自体は帝国軍の魔術師や魔道兵にもできる者はいるだろうが、戦闘中に行使してのけるその精神性がヤバい。


 普通は無理だ、アニスではできないしその同僚のマグノリアもできない。


 彼女らで出来ないと言う事は、帝国の魔術師では不可能な事だ。


 ……元気でやっていると良いんだが。


「それでさ。ベルシス将軍が矢で左目射られたじゃん? その瞬間、ダメかもって思ったんだけど……」


 指揮官の最後を見せると言うのは、士気を挫く上で重要な行為だ。


 やはり、アーリー将軍、或いはその側近達は侮れない。


 事実、剣の腕もすこぶる立つアーリー将軍にコーデリア殿は押し込まれそうになったんだとか。


 だが、事態が急変したのは、私が死ななかったからだ。


 死ぬはずの男が叫んだわけである。


「ベルシスは死なず! 聞け、将兵よ! 我が身を矢が射貫いたが、我は倒れず。そして……っ!」


 叫んだ挙句に自身の眼球を食らい、更に叫んだ。


「これで我が身は何一つ欠けず!! ベルシス・ロガはここにあり!! 依然として、変わらずにっ!!」


 これで別動隊の士気は一気に上がったようだ。――本当によく覚えてないんだけど、アーリー陣営からしたら真逆の効果を生んでしまったわけだ。。


「アレを聞いたらさ、なんか、負けそうになっているのが申し訳なくて、悔しくて……。叫びながら剣を振ったら、アーリー将軍は空を……きっとベルシス将軍を見ていて反応が遅れたんだ」


 兜の一部を叩き切ったコーデリア殿の一撃は、勢い余って籠手すら切り裂いたそうだ。


 どういう威力の剣技だ、訳が分からん。


「兜が割れて、出てきた顔がね、美人さんだったんだよ! 白い髪に褐色の肌で! でも、当人はそれに気付かなかったのか、小さく言ったんだ。美しいって! アレは絶対ベルちゃんの事だよ!」


 妙にテンション上がった様子でコーデリア殿は口にする。


「周囲の兵士達もロガ将軍は不死身か! とか、口々に騒いでいたらさ、ゼスさんが馬鹿め、ロガ将軍は不死身だ! って返してたのが面白かった!」


 ゼスもテンション上がってたんだなぁ……。


 そんな言葉のやり取りをしていると、コーデリア殿の仲間の女司祭であるアンジェリカ殿が慌てたように入ってきた。


「コーディ、そんなに騒いではいけませんよ! 将軍はお眠りに……っ! ああ、お目覚めになりましたか!」

「コーデリア殿」

「コーディ!」

「……コーディのおかげでしっかり目が覚めたよ」


 何で呼び方にそこまでこだわるかな……。


 私が右目だけの視線をコーデリア殿に向けると、意外そうに目を丸くしていたアンジェリカ殿が嬉しそうに破顔して言った。


「コーディと呼んでくれる方が一人増えたのですね」


 半ば強制ですけど。


「ともあれ、治療者を呼んで来なくてはいけませんね。静かにしているのですよ、コーディ」


 私に一礼してアンジェリカ殿は去っていく。

 

 アンジェリカ殿が出ていくとコーデリア殿が気を取り直したように口を開いた。


 兜を割られ、籠手を失ったアーリー将軍は我に返り撤退を指示した。


 それにより、我が軍の勝利が確実なものになったのだ。


 一通り、話し終えるとコーデリア殿は立ち上がって伸びをした。


 そして、私を意味ありげに見つめながら言うのだった。


「美しいベルシス将軍が声を掛けたら、アーリー将軍は仲間になるんじゃない?」


 いや、そりゃないよ、コーディ。

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