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第55話 怒りと絶望

 勇者一行を帝都に向かい入れて一カ月が経った。


 何故にか知らないが、ロスカーン陛下と勇者一行の謁見は早々には行われず徒に時が過ぎていたのである。


 その間、私は勇者一行に粗相が無いように心血を注いできた。


 治安維持のために周囲に散らばっている各将軍たちの補給の在り方を見つめ直す傍ら、勇者一行の元に通い不備はないか、不便はないかを聞いて回った。


 それだけではなく、彼らの振る話題にある程度突いていくための知識も蓄えながら。


 幸いなことに帝都ホロンの民は、勇者一行に対して友好的である事が幸いした。


 が、例えば美女を連れているリウシス殿に対しては妬みや嫉みを覚える若い男も少なくはなく、陰口を叩いているのを私自身が見聞きすればすぐに叱責した。


「そのように見てくればかりを気に掛けているから、女性が寄り付かんのでは?」

「げっ、将軍」


 今も豚のように太った勇者と侮蔑するような言葉を吐いていた兵士に出合い頭に言い放った。


 恩義に報いる事すらできぬとは情けない限りだ。


 流石にそこまでは言わなかったが、一部から嫌われ出している自覚はあった。


 正論ばかり口にしていれば、まあ、嫌われるのだろう。


 だが、戦を治めた張本人の一人にその様な口を叩ける神経の方が分からない。


 そんな神経の輩に嫌われるのならば嫌われれば良いのだ。


 別に四方八方から好かれたい訳でもない。


 ある種の諦観を抱えながら職務に流されるような日々を送っていると一カ月などと言うのはあっという間だ。


 だが、ただ待たねばならない勇者一行にとっては違う。


 一週間ならばまだしも、一カ月となると大分暇を持て余してしまう。


 暇を持て余している事は分かっているからこそ、忙しい職務の合間を縫って私が暇つぶしに一役買わねばならないのだ。


「あら、ロガ将軍。今日も来たの? 忙しいでしょうに」

「こんにちは、リア殿。リウシス殿に頼まれていた本を調達できたのでね、運んできたのだよ」


 リウシス殿が連れている美女の一人、茶色い髪の軽装の娘が私を見やって笑いながら声をかけて来た。


 私の返答を聞けば、使いを出せば良いでしょうにと呆れたように肩を竦めたが、不意に声をひそめ。


「貴方、本当に凄かったのね。地下の情報網には貴方の噂がいっぱいよ?」


 等と言いだしてきた。


 なるほど、彼女は速度で敵を圧倒するアタッカーでありながらも情報収集も担当もしていると言う事か。


「昔の事だ。今は構築した目や耳の殆ど壊されてしまった」

「そのようね。でも、色々と噂は残っているわよ。鉄壁のベルシスさん」


 一瞬何のことか分からなかったが、そう言えば前にメルディスにも言われた記憶がある。


 ハニートラップを全て跳ねのけたと言う事になっているあの噂か……。


 いくつかは非常に危なかったんだけれども、ほら、童貞特有の逡巡とかいろいろあったんだよ、色々と。


「それも多分大げさだと思うが」

「そう? それと、リウシスを嫌っている連中から大分嫌われ出しているわね」

「……やはり伝わってしまうか、そう言うのは」

「あの見てくれで私たちを連れているからね、彼。妬まない男は少ないわ」


 そう言ってリア殿はまっすぐに私を見やって告げる。


「だから、将軍は貴重なのよ。ついでって言ったらなんだけど、リウシスって男友達少ないから、そんな関係になってくれたら嬉しいわ」

「リウシス殿との会話は知的なので楽しみにしているよ、少々毒は強いがね」

「毒がない男じゃつまらないわ。そういう意味で将軍は」


 無毒な男とでも言われるのかと思ったが、リア殿はにんまりと笑って告げた。


「結構毒があるわよね」

「そう、かな?」

「そうよ。さて、引き留めて悪かったわね、リウシスなら部屋で暇しているから、将軍が行くと喜ぶわ」

「ありがとう」


 会話を終えてリウシス殿の部屋に向かう最中、不意に私は振り返ってリア殿に告げた。


「貧民街のリシャール、革職人のタルザ、娼館憩いの泉の金庫番カルロッテ」


 私がそれらの名前を告げると、振り返ったリア殿は怪訝な顔をした。


 が、即座にこちらの意図に気付いたのか目を丸くして見せた。


「貴方の目と耳、明かすの?」

「蛇の道は何とやらだ、私では扱う事が難しくなったが君ならば使いこなせるかもしれんね」

「……助かるわ」


 その言葉にひらりと片手を振って、リウシス殿に頼まれていた本を片手に彼の部屋へと向かった。


 そして、さらに半月の時間が流れ、漸く七日後にロスカーン陛下と勇者一行の謁見の日時が決まった。


 それは勇者一行が帝都に到着して約二カ月近くの日にちが、無為に過ぎた事を意味していた。


※  ※


 私はホスト役の任務を全うするために、謁見後の晩餐会の準備に追われていた。


 追われていたが謁見の状況が気が気ではなかった。


 陛下がメルディスが危惧した通り、無体な事を言うのではないだろうかと不安だったのだ。


 そして、残念なことにその不安は的中してしまったのである。


「若、事態は不味い方に動きましたぞ」

「どうした?」


 リチャードが慌てた様子で駆け付けると、私に急ぎそう告げた。


 聞きたくはなかったが何が起きたのか問い質すと、想像を絶する事を陛下は言ったようだ。


「妾?」

「それも女性陣全員を、です」

「謁見の間には誰も止める者はいないのか?」

「おりません」

「分かった、すぐに行く」


 リチャードを連れだって急ぎ謁見の間に進むと、幾人かの兵士たちが立ち塞がった。


「これより先は誰も通すなと陛下のお達しです」

「通せ、国の存亡にかかわるぞ」

「通す訳にはまいりません」

「ならば、力づくでも通させてもらう」

「それは……謀反と言う事でございますか?」


 どろりとした粘着質な視線でそう問う兵士に見覚えはあった。


 リウシス殿に対して妬み嫉みを口にしていた一人である。

 

 まさか、これほどまでに愚かとは思わなかった。


「間違いを正すのは臣下の務めである。非道を諫めもせずに謀反者をこさえようとする貴様は何者か? お前こそ国を亡ぼす亡国の徒だ!」


 私の言葉には深い怒りが自ずと込められていた。


 私が、私たちが守っていた物が内部から浸食されている。


 そして、ただそれを指をくわえて見ているしかできなくなった自分に対して激しい憤りが言葉の強さへと現れた。


 言うなれば八つ当たりだ。


「らちが明かん。リチャード!」

「はっ」


 老いたりとは言え竜人リチャード、数名のそれも精鋭には程遠い兵士達では相手にならない。


「む、謀反だ!!」


 なすすべもなく打倒されながらも、それだけ叫んだ兵士。


 ……何か、妙だな。


 まるで身を守るそぶりを見せなかった。


 これは……嵌められたか?


 そう感じながらも私は謁見の間に向かう。


 勇者一行をなじるロスカーン陛下の声が響いている。


 リウシス殿の見た目やシグリッド殿が籠手を外さぬ非礼を喚き、コーデリア殿の身分の低さを嘲笑った所で私は謁見の間にたどり着いた。


 扉を怒りに任せて蹴飛ばすと、先帝の頃から皇帝の親衛隊と名高いロギャーニ親衛隊の一人ツェザルが立ち塞がる。


 温厚だが腕が立つ、そう評された男の顔には苦悩がにじみ出ているが、忠誠に揺るぎは無いのか剣を構えた。


「ベルシスよ、呼んでもいないのに何の用だ! 場合によってはこの場で切り捨てよ、ツェザル!」

「皇太后様によろしく頼まれました故に、一言申しに参りましたっ! ――これがゾス帝国の皇帝たる者のなさるやり様かっ!! 権力を笠に着て己が欲望を果たさんとするだけの醜い行いを先帝や兄上様方がなさったかよく思い出されよっ!!」


 私が一喝を放つと傍に侍っていたザイツやコンハーラが度肝を抜かれたように仰け反り、ロスカーン陛下は一瞬、片手で顔を抑えた。


 妙と言えば妙な反応であったが、私は構わずに言葉を連ねる。


「皇妃を娶ったばかりでもう妾の話とは、流石に度が過ぎておりましょう! ましてや勇者様方は帝国を戦から救ってくださった大恩ある方々。それに対して何たる物言いか! リウシス殿の見てくれを非難する前に己が行動を恥じよ! シグリッド殿の籠手の件は、ナイトランドへの道中、戦いの折に片腕を無くした故の魔法武具の着用である旨、報告済みであるにも関わらず非礼を誹るのは何事か! ましてや、コーデリア殿の身分を低いと嘲るとは何事か! 我らが守るべき民、我らが助けるべき民の彼女が事を成したのですぞ! 何故頭を下げぬ? 何故嘲笑える?」


 たまったうっ憤をぶつけるように私が言葉を連ね、流石にヒートアップしすぎたと気付けば最後に一言付け加えた。


「――お眠り続けているレトゥルス殿下がこれを知れば何と申されますか」


 その言葉が響き渡れば、謁見の間は奇妙なほど静まり返った。


 片手で顔を抑えたままのロスカーン陛下は苦しげに呻いたのちに、やはり静かに告げた。


「……無能の上に口数が多い奴はいらん。ベルシス・ロガを勇者共々帝国より追放せよ」

「へ、陛下、それで話が」


 コンハーラがうろたえた様な声を上げ、ロスカーンはさらに苦しげに呻いたが再度告げた。


「ツェザル! こ奴らを帝都より放り出せ! この帝都を下賤者の血で汚すで無いぞ」

「……心得ましてございます、ロギャーニ親衛隊の名誉に賭けてロスカーン陛下の命を遂行いたします」


 告げやれば、屈強な北方の戦士たちが私や勇者一行を取り囲むように、或いは守るように現れた。


「血を流すなとのご命令、ここは守っていただけますまいか?」


 ツェザルの血を吐くような痛みの籠った言葉に、私も勇者一行も素直に従う事にした。


 こうして、私の追放は行われた。

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