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インタールード 三柱神の勇者

 ベルシス・ロガがゾス帝国北西部で復興の手助けをしている頃、ゾス帝国の帝都に置かれた神々の神殿はある種の熱狂に包まれていた。


 三柱神がそれぞれに守護する勇者を選び出す儀式が執り行われていたからだ。


「全教区一致の賛成と言う事で、|連環の黒太子《ブラックプリンス オブ ザ ウロボロス》が守護せし勇者はリウシス・グラードと決定した」


 |連環の黒太子《ブラックプリンス オブ ザ ウロボロス》のホロン神殿大司教が声高に告げると、褐色肌に白い髪の妖精族を連れた太った黒髪の男が壇上に上がる。


 ガルザドレスの大商家グラード家に生まれながら、丸々と太った容姿から馬鹿にされていた次男のリウシスその人だった。


 見た目は鈍重そうだが生家がテス商業連合と組み奴隷制度導入を考えていることに気付けば、その見た目とは裏腹に即座に動きその考えを挫いた男である。


 彼自身の持つ個人的な奴隷制度に対する嫌悪感は、何も特別な物ではない。


 ゾス帝国の奴隷制度廃止の動きが近隣諸国に広まって既に百年近い。


 今更そんな制度を導入しようとしても、嫌悪感を抱く者も多々出てくるのは必定だった。


 ある意味ではベルシスと似た思想を持つリウシスは堂々と大司教の声に応えて片手を上げた。


 壇上から歓声を上げる信徒たちを見渡すと、苦い顔をした父と兄の顔がリウシスから見て取れた。


 儲け話を一つ潰された彼らはリウシスを許したくはない事は想像に難くない。


 だが、勇者と言う宗教的な権威とリウシスがなってしまえば、下手に手を出すと言う事は利益を失うどころか自分たちの命すら危うくなったことに気付かぬ程アホではない筈だ。


 自制もできずぶくぶく太った無能と誹ってきた相手が、突如として力を持ったことが不安であり不愉快なのは間違いないだろうが。


(あんたらに復讐するほど暇じゃないんだよ)


 苦い顔の父と兄から視線を外して、リウシスは内心呟く。


 リウシスは、己の役目を全うするつもりだった。


 勇者と呼ばれる存在が何をするのか、何をさせられるのかはまだ定かではない。


 ただ、グラード家において唯一の味方であり続けてくれた弟が非常に喜んでくれたので、弟の為にもやり通さねばならないと固く誓ったのだ。


 何より、自分に付き従ってくれる妖精族のティニアを守るためには力が必要だ。


(信心からと言う訳ではないがな、役目は全うしてやる)


 そう心中で呟くリウシスの耳に誰とも知れぬ男の声が響いた。


 それで良い、と。


 周囲を慌てて見渡すリウシスの様子などお構いなく、儀式は続いた。


 「全教区一致の賛成と言う事で、|戦装束の淑女《レディ イン バトルドレス》が選びし勇者はシグリッド・ネイヤーと決定した」


 シグリッドはその言葉を聞き、再度何故だと深く胸中で問うた。


 カナトス王国の栄えある白銀重騎兵を担う兄が行方不明となり、前国王アメデの怒りを逸らすためにネイヤー家が責務を全うするために送り込んだのがシグリッドだ。


 責務を果たすためだけに戦い、そして大した功績を上げることなく戦は終わった。

 

 国王アメデが負傷した戦いや当時は王子だったローラン王や王妹シ―ヴィスが指揮した戦いでは相応の働きを示せたが、帝国が送り込んできた最後の将軍ベルシス・ロガの前では戦う事すらできなかった。


 そう、ベルシス。


 彼との出会いをもってしても、自分が勇者などという重責を全うできる立場にないとシグリッドには思えてならなかった。


 王者の戦い方とローラン王が舌を巻いていた男の姿は、思った以上に凡庸であった。


 だが、アメデの後妻ギザイアに対する態度やローランやシ―ヴィスに接する姿を見て、確かに彼は一角の人物であると気付くに至った。


 もし彼がシグリッドが思ったような凡庸な男であれば、ローラン王も王妹シ―ヴィスも命は無かっただろうし、そもそも自分が生き残っていたかも怪しい。


 あのギザイアが国政を意のままにしていたのかも知れないのだから。


 それだけに、シグリッドはベルシスと言う将軍の力の片鱗すら感じ取れなかった自分自身の目を信用できていない。


 そんな見る目もない者が勇者など務まるのだろうか?


 非常に名誉な事であるのだが、それだけに重責がその肩に重くのしかかってきた。


 促されるままに壇上に登ったシグリッドは、無邪気にはしゃいでいる王妹シ―ヴィスの姿を見つける。


 そして、見知らぬ白い髪に褐色の肌の女性の刺すような視線に気付く。


 リウシスとか言う|連環の黒太子《ブラックプリンス オブ ザ ウロボロス》の勇者が連れている妖精族ではない。


 異大陸の人間であろうと言う事しか分からないが、ある種敵意すら持っているかのような視線を向けてくるその女。


 宗教的な儀式の場ゆえに、各国から人が集まる事は許可されている。


 だが、つい数年前まで相争っていたゾスとカナトスだ、カナトスの人間である自分い敵意を向ける者もあるだろう。


 その視線の強さをその様に解釈し、リウシスの脇に立ったシグリッドは、次の勇者がその名を呼ばれた瞬間に、周囲が明るく輝いたように感じた。


 それは傍らのリウシスも、そして敵意を向けていた女すら同様だったようで、皆が眩しそうに彼女を見やった。


「全教区一致の賛成と言う事で、|輝ける大君主《シャイニング グレート モナーク》が守護し選びし勇者はトルバ村のコーデリアと決定した」


 農村から一人選ばれたとは聞いていた。


 姓もなく、唯一の肉親すら数年前に亡くしたコーデリアは、それでも大輪の花のような笑みを浮かべて壇上へと上る。


 力強く、一歩一歩踏みしめて。


※  ※


 勇者が選ばれて数日後には皇帝ロスカーンは神殿に対して勅命を発していた。


 三勇者を魔王の元に向かわせるべしと。


 神殿勢力すら我がものと考え、魔王と言う古き因習を断ち切れと言わんばかりの勅命に多くの神官たちは怒りを覚えた。


 だが、ゾス帝国皇帝の勅命に逆らえるものはいなかった。


 未だに三勇者の使命が託宣されない事もあり、勇者たちは仲間と共に一路ナイトランドへと旅立つ。


 長く険しい旅路の果ては、ロスカーンやロスカーンを唆した者の思惑を超えていた。


 三勇者とその仲間たちは、ナイトランドの魔王と停戦合意に至ったのだ。


 その報告を聞いた瞬間、喜びを素直に表したのは八大将軍の中ではベルシス・ロガただ一人であった。


 彼は誰が平和をもたらそうが、平和である事の尊さを知っている人間であったからだ。


 それだけに三勇者とその仲間たちに対して、ベルシス・ロガは強い恩義を感じた。


 その恩義が、ベルシスを帝国から追い出したと言っても過言ではなかった。

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