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第47話 ガルドの丘の戦い、その顛末

 ロスカーン帝在位五年目の初夏にカルーザス率いるゾス帝国軍と炎魔のジャネス率いるナイトランド軍はぶつかった。


 ナイトランド軍は当然丘の上に陣を置いているため、ゾス帝国軍は丘を登り敵と戦うという無理を余儀なくされた。


 更にはナイトランド軍は数を減らしていたとは言え、未だに二万五千ほどの兵数を維持していると推測された。


 補給が困難になり士気の低下は見られたが、なお規律を守り脱走する者は殆どいなかった。


 一方のカルーザスが自分の指揮下に置いたコンハーラ将軍の軍団は、皇帝の守りと言う名目上、その数は二万弱。


 数に劣り、地形も不利とあってはカルーザスとて簡単に勝てない。


 事実、互いが接敵して戦いとなればカルーザスの軍団は一気に劣勢に陥ったと言われている。


 だが、彼の策はこの時点で半ば達成されていた。


 カルーザスの用兵の大胆さは、愚策と紙一重の行いを平然と行う事にある。


 彼は接敵する前にナイトランド軍より数が少ない兵数をさらに割っていた。


 五千ほどの別動隊がガルドの丘の背面に回りカルーザス本隊が敵の攻勢を凌いでいる間に背後からナイトランド軍を衝いた。


 流石に不利な状況が重なる相手が兵を割くとは考えていなかったのか、補給不足による苛立ちに思考が回らなかったのか、ジャネスも驚きの声を上げたと伝わっている。


 高所からの攻撃が有用なのは戦の基本。


 ましてや挟撃されたとあってはナイトランド軍不利に一気に情勢が傾く。


 ジャネスはこれ以上の戦闘はいたずらに兵を損なうだけと判断したのか、カルーザス本隊の右翼に攻撃を集中させて突破を計ろうとした。


 だが、カルーザスはその動きを読み取り、右翼の兵に攻勢に抗わぬようにと指示を飛ばす。


 突破成功とナイトランド軍の兵士が希望を見出した瞬間、魔道兵、弓兵による複合攻撃をナイトランド軍に叩きつけ、丘を下ってきた別動隊に属していた騎兵により執拗に追撃した。


 追撃しながらも、常に逃げ道は敢えて作り、決して逃げ場がないと思わせなかった。


 包囲は一を欠けとベルヌ卿に教えられていた通りに、常に逃げ道を提示した事でナイトランド軍は一致団結して決死の反撃を行うという選択肢を選べなかった。


 負け戦となり逃げ道があればそこに向かうのが兵士の性だ。


 その性を徹底的に利用してカルーザスはガルドの戦いに勝利した。


 ジャネスはそれでも残存兵力をまとめて、強行軍でパーレイジ王国へと撤退した。


 八大将軍の殆どがその進軍を遅延させる事しかできなかったナイトランド軍を一度の決戦で退けたカルーザスの声望はさらに高まりを見せた。


 これが、ガルドの戦いの顛末だ。


 これだけだったならば、良かったのだが……この戦いの顛末には続きがあった。


※  ※


「カルーザス将軍が投獄されました」

「……はっ?」


 戦後処理に勤しんでいた私の元に、珍しく険しい表情のセスティー将軍がやって来て、とんでもない問題発言を放った。


「……何故?」

「それが……良く分からないのです」


 私の問いかけにセスティー将軍は首を左右に振る。


 そして、私を窺うように見やった。


「ベルシス将軍ならば何か知っておられるかと思いましたが」

「どうも陛下に疎まれている様でね、何も知らない」

「多数の目と耳をお持ちと」


 先帝が自身の情報網をそう評していたことを懐かしく思いながら、私は首を左右に振る。


「帝都を離れている機会が多かったせいか、さほど情報は入ってこない。だが、そうだな……私が陛下に問い質してみよう」

「お立場が悪くなるのでは?」

「カルーザスを投獄する意味が分からない。そんな物を認めてはそれこそ帝国が終わる。私の立場など気にしていられないだろう?」

「……そう、ですね。私もお供します」


 セスティー将軍は優秀だが聊か優柔不断な所がある。


 どうしたら良いのか相談に来たのだろうが、私の言葉で意を決したようだ。


 執務室を出ると、丁度テンウ将軍とパルド将軍に行き会った。


「ベルシス将軍、話は」

「聞いた。陛下を問いただす。カルーザスなくば未だに敵は本国を闊歩していたかもしれないのだ。一体何があったのか分からないまま投獄を認める訳にはいかない」

「俺たちもついていく」


 信賞必罰は武門の寄って立つところだ。


 それが蔑ろにされたとあってはとてもじゃないが忠誠を誓い続けるなど難しい。


 カルーザスが相応の罪を犯したのであれば話は別だが……。


 私たちが連れ立って陛下のおわす皇帝の間に向かっていると、コンハーラ将軍と出くわす。


 何故かおどおどとしている。


「お、お前達、これは何の騒ぎだ」

「陛下にカルーザス投獄の真意を問いただすのだ」


 私の言葉にコンハーラは何故か威勢を取り戻して、口元を歪めて言った。


「陛下のお決めになった事を臣下が口を挟むと?」

「無論だ」


 私が一言いえば、コンハーラは急に慌てたように口を開く。


「へ、陛下のお決めになった事は絶対だぞ? ベルシス、お前の物言いは不敬であり」

「陛下が間違った沙汰を下したならばそれを正すのも臣下の務めだ。それとも、貴公の入れ知恵か?」


 私の言葉を聞き、背後の三人が怒気を露にしたように思えた。


 コンハーラはそれに怯えたのか、どもりながらそんな訳はないと首を振る。


 そんなコンハーラに別れの言葉を告げて、私たちは陛下の元に向かった。


 皇帝の間に着いた私は、陛下にカルーザス投獄の真意を問いただす。


 すると、どうにも要領の得ない答えが返ってきた。


「すると、不確かな情報をもとにカルーザスに謀反の疑いがあるとされた訳ですか?」

「火の無いところに煙は立たぬという」

「どこからの情報ですか?」

「それは言えぬ」

「では、陛下。……功績ある者を不確かな情報で投獄するとは何事でございましょうや! 彼はナイトランド軍の侵攻を一個軍団で跳ね返した優れた将でございます! それを斯様な扱いをなさるとは、先帝が生きておられれば何と申したか!」

「……だが、謀反の疑いは」

「ですから、何処の情報なのかと問い質しておるのです! 一体だれがその様な」


 私が普段にない激しい物言いで詰め寄ると、不意に年老いた女性の声が響く。


「ギザイア、でございましょう」


 その声に聞き覚えがあり、慌てふためき振り返ると皇太后イーレス様がお付きの侍女に支えられ立っておられた。


「は、母上」

「ロガ将軍のお怒りもごもっともです。カルーザス将軍を獄中より出しなさい、ロスカーン。ご政道に余計な口を挟むような女に入れ込むほど、貴方は遊び慣れていなかったのですか」

「な、何を」

「異母兄のファルマレウス、実兄のレトゥルスともに優れていたので、お前は安心しきっていた。そのツケが回ってきたのですね。私も強く言わなかったことを後悔しております。お前をこのままにしたまま、死んだとあっては先帝そしてアレクシア様に申し開きが出来ません」


 イーレス様はそこまで告げて、苦しげに顔を顰める。


 さしもの陛下も色をなくして立ち上がって告げた。


「も、申し訳ありません、母上……。ロガよ、余が間違っておった。急ぎカルーザスを獄より放とう。そうだ、お前の言う通り、何故かような事でカルーザスを獄に」


 少し呆然とされながら、言葉を紡ぐ様子を私は驚きをもって見守り、その言葉が終われば深く頭を下げた。


「臣下の分を超えた言葉、深くお詫び申し上げます」

「良いのです、ロガ将軍。その子はそのくらい言わないと分からないのですから。……頼みますよ」


 イーレス様にそう言われて、私は一層深く頭を垂れた。


 だが、その日がイーレス様が公に姿を現した最後の日となった。

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