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第46話 カルーザスの帰還

 ローデンの巫女ニアが書いたという手紙の内容は、大したことは書いていなかった。


 いや、宗教的には意味があるのだろうけれど。


 今年選ばれる勇者の三人が貴方を支え助けるだろうと予言じみた事が書かれてあっても扱いに困る。


 ただ、その手紙を眺めていると気分が落ち着くことが出来た。


 不思議なことに魔除けか何かのように悪いものが私を避けるように感じられた。


 だからか、何だか空気が悪い帝都でも仕事に専念できた訳だ。


 帝都防衛、いや、侵攻してきたナイトランド軍の撃退という大仕事に。

 

 とはいえ、今の私が炎魔のジャネスと決戦して打ち破れる可能性は低い。


 補給ルートを確認して、補給を妨害しつつ敵の士気を下げる。


 そして、弱った所を叩く以外に確実な方法はない。


 場合によってはナイトランド軍が補給できないように農村など焼かねばならない。


 自国の村や町を焼く、それがどれほど恐ろしい事か知っていると言うのに。


 一番良いのはカルーザスが戻ってきてくれることだ。


 彼の戦局眼ならば、ナイトランド軍のほつれを見つけ出して戦えるだろうから。


 彼が戻るまであと二、三週間。


 ナイトランド軍がこのまま進軍すれば帝都に迫るのとほぼ同じ時期だ。


 帝都の眼前に迫っていてはいかにカルーザスと言えども覆すのは厳しい。


 だから私の仕事はカルーザスの帰還を待つ間に、ナイトランド軍の進行速度を遅らせるか、戦線の押上げをする事なのだ。


 ただそれは軍事面での仕事でしかない。


 確かにナイトランド軍の足止めや補給ルートを割り出す事も大事だが、一方で停戦の為の対話を行える状況も作り出さねばいけない。


 何より帝都内外の情報も集めておかねば……。


 被害状況や支持を失っていないかを知るために炎魔のジャネス率いるナイトランド軍が、民衆に対してどのような行動を行っているのかを把握する必要もあった。


 そして何より、ゾス帝国内部で何が起きているのかをしっかり把握する必要がある。


 ギザイアが皇妃になるなど、とてもではないが信じられない。


 だが、陛下の周りに悪しき噂が付きまとうとなれば……。


 ともあれ、今は戦に集中しナイトランド軍に思い返してもらわねばならない。


 我らゾス帝国軍がいかなる存在であったのかを。


 不戦条約が何のためにあったのかを。


 ここまで攻め込まれては侮りすら生まれてしまうだろうが、そいつを正さねば和平が遠のく。


 人であれ、魔族であれ格下相手には居丈高になれても、同格相手にはまず考えて行動する。


 そのまず考えるという手順が停戦を実現させるのに必要だ。

 

 そこで、私はいまいち使えないコンハーラ将軍を陛下の守り番として下げ、セスティー将軍に足を使って動き回れと指示した。


 連携など考えなくても良いから、自在に動き敵を翻弄せよと。


 セスティー将軍はお父上に似て、搦め手が得意なのは察していた。


 素人然としたコンハーラが周囲にいては、彼女にとっては足枷を付けて戦っていたようなものだ。


 さらに、最近あまり良い所のないテンウ将軍には防衛ラインを割って入ろうとする敵の迎撃を命じた。


 テンウ、パルドの両名はセットで運用されがちだが、この二人は戦い方が水と油だ。


 突貫力に優れるテンウ将軍のバックアップをパルド将軍が行えれば多くの戦果を上げそうだが、互いに競い合っているのが見て取れて、そのような連携を発揮できていない。


 ならば今はバラバラに運用するしかない。


 パルド将軍にはナイトランド軍の補給ルートを脅かす様に指示を出す。


 まだ絞り込みは済んでいないが、幾つかのルートを予測し伝えた。


 当たっていると良いのだが、当たっておらずともナイトランド軍が補給をし辛くなる。


 敵が補給線を警戒しているとなれば、補給物資を慎重に運用しようとするだろう。


 慎重さは速度と引き換えであるから、補給物資の到着が遅れるのは必至。


 そうなれば進軍速度は落とさざる得ない筈。


 ゾス帝国を灰燼と化すと言うのでなければ、早々に略奪など出来るはずもない。


 また、下手に略奪を行えば民衆までも敵に回る。


 兵士以外は逃げ惑うだけなどと考えているならば、それは人間を知らなすぎる。


 が、ナイトランド軍にはそんな馬鹿者はいないようで、ざっと調べただけだが今のところ略奪の動きは見えない。


 これならば、時間を稼げるか?


 そう考えながら、私はメルディスにどうやって連絡を付けるのかに頭を悩ませていた。


 不戦条約が反故にされたと同時にナイトランド大使は自国に戻ってしまったし、きっとメルディスも戻ってしまっただろう。


 やはり、ナイトランド軍を撃退せねば停戦の合意もないか。


 そう腹を括って、私は防衛の指揮を執り続けた。


※  ※


 それから二週間。


 ナイトランド軍の進行速度は目に見えて遅くなり、帝都まであと二週間と言うガルドの丘付近でテンウ将軍の猛攻に晒されていた。


 テンウは果敢に攻めて、そして退くときも恐ろしい速度で退いた。


 彼の持ち味は一撃離脱か、こいつは突き詰めれば良い将軍になると秘かに感心した。


 パルド将軍は指示したルートのみならず自分自身でも補給ルートを分析して、物資を奪う事に成功している。


 そのおかげで補給は滞りがちになってきたようだが、まだ追い込まれてはいない。


 セスティー将軍の足を使った搦め手は、敵の注意を後方に向け、進軍ばかりに気を取られている状況ではなくなったようだ。


 それでもナイトランド軍は敵中奥深くに在りながら瓦解もせず、規律を維持し続けている。


「……手ごわい」

「大将、そろそろ攻めても良いんじゃないか? テンウ将軍の猛攻で敵は数を減らしつつある」

「だが、隙はまるで見当たらない。ここで負ければ積み上げた物が崩れる。少し様子を見た方が」


 ブルームが攻撃を具申し、ゼスが様子見を具申した。


 できればカルーザス指揮の軍団に事に当たってもらいたかったが、時間もない。


 あまり敵が帝国にとどまり続けては、外交的にまずいのは勿論、民衆の不満も爆発する。


「あと三日待ってカルーザスが戻らねば、テンウ、セスティー両将軍に攻勢を命じよう。私とパルド将軍は後詰として待機しつつ、戦局次第では戦場に突入」

「ベルシス将軍! カルーザス将軍が帰還されました!」


 指示を口にしていた私に伝達の魔術でその報告を知ったアニスが声をかけて来た。


「やっと戻ったか……」


 安堵の息を吐き出して、私はアニスに伝えた。


「カルーザスに伝達を頼む」


 カルーザスがどの程度疲れているのか、戦場に赴けるかを確認して駄目ならば私が出なければならない。


 だが、そうであったとして彼の知恵を借りられるだけでこれほど心強い事はない。


 その様に考えていた私だが、カルーザスは私が考える以上にタフな男だった。


 彼は即座にコンハーラが指揮していた軍団の引継ぎを行い、二日後にはナイトランド軍が留まるガルドの丘へ兵を進めた。


 敵の足止めが精々だった私達を凌駕する戦争の天才が、その才を敵たるナイトランド軍に見せつける時が来たのだ。

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