第50話 同盟締結
夜会の席までの時間、私は何とも言えない空気の中過ごしていた。
あのメルディスが侍女として振舞っている事に対する違和感が物凄く、これは何かの罠なのではないかと思わざる得なかった。
フィスル殿とコーディはそれを当然のように受け入れている事も、何だかうすら寒い物を覚えた。
大体、コーディが随分と距離を詰めて座って来るし、フィスル殿も同様に何だかそばに寄って来る。
婚約者であるのならば、まあ、そういう事なのだろうが……。
しかし、しかしである。
突然の変わり身と言うか、そう言う方向に傾いたことに違和感を禁じ得ないのは道理であろう。
「何、この状況?」
ついに私は堪えきれずに問いかけを発してしまった。
「伝わらないから、伝わるようにあからさまな行動に出た」
それに対する返答がフィスル殿から帰って来る。
正直に言えば、確かに良く分かっていなかったけれども。
と言うか、今もってしても良く分かっていない。
「何かに特化した人間は、一般常識に欠けると言うがお主は相当じゃな」
お茶の用意をしていたメルディスが私へ呆れたような視線を投げかけてそんな事を言う。
「お茶を入れたりできるんだな」
「潜入工作の一環でな。まさか、こんな所で役立とうとはな」
ニマリと笑みを浮かべるメルディスを見やって、それだから手なんて出せないんだよとひっそりと思う。
潜入工作の挙句にそう言う関係になってしまえば、余計な情報が筒抜けになってしまうではないか。
その点を分かっているのかいないのか、メルディスは人のことを朴念仁だとか何とかと不満を述べている。
「本当はさ、アタシはゆっくりと距離とか詰められたらなぁとは思っていたんだけどね」
コーディが口にする。
大分距離を詰められているがその口調はいつも通りで少しほっとした。
が。
「でもさ、うかうかしてたらフィスルとかアーリーに取られちゃうから」
はっ?
何でそこにアーリーの名が挙がる?
その思いが顔に出たのかフィスル殿がため息を一つついて口を挟んだ。
「アーリー・ガームルが何故兵を率いて戻ってきたと思っているの?」
「バルアド総督であるトウラ卿とテス商業連合の長老格の一人が」
「後ろ盾の話じゃなくて」
……何故?
義を見てせざるは勇無きなり?
そんな訳はないか。
トウラ卿はゾスを見限ったがゆえに、テスの方はローデンの噂を聞いた信心深い商人が責務を果たせと言ったとか何とか……。
「神への輿入れ?」
私がそんな言葉があった事を思い出せば、フィスル殿は深く頷きを返した。
「アーリーは女でロガ王は男。その場合の輿入れは当然」
「待て! 彼女自身の意思が介在していないではないか!」
思いもよらぬ大きな声が出た。
やはり私は、当人の意志が介在せぬままに事が進むのを良しとは出来ない。
それでは奴隷と何も変わらない。
「そう言う所はブレないね。でもね、アーリーも満更じゃないみたいだって言ったら、どうする?」
「彼女と私とでは接点が」
「ベルちゃんはね、アーリーの心に鮮烈な印象を残したんだよ。あのレヌ川の戦いで」
私が隻眼になったあの戦いで、彼女は見たのだという。
私が矢で左目を射抜かれながらも立ち上がり、ベルシス・ロガはここにありと吠えた様子を。
しかし、まさかそれだけで……。
「コーディを前にして見とれていたなんて、よほどの事だと思う。それに……顔も知らない相手に嫁がなきゃいけないって状況よりはアーリーは幸せだよ」
フィスル殿が追い打ちを掛けるように告げる。
……。
そう言われてしまうと返す言葉がない。
人に死ねと命じる力がある者には責務が付きまとう。
婚姻もその一環であるから、確かに無碍には出来ない。
そんな会話がしばらく続き、私は色々と考えさせられた。
王になった以上は婚姻も責務、しかし、責務で結婚する事が相手の幸せに直結しない事も理解している。
だから、私は色々と気付かぬ振りをしてきたのかも知れない。
まあ、元来そう言うのに疎いのは確かだが。
等と考えていたら、夜会の時間になった。
夜会自体は苦も無く過ぎて、夜が来た。
夜の事は……その、酒も入っていたのであまり覚えていない。
覚えていないんだが、大分色々とやらかした様子で翌日の朝は大分肩身が狭かった。
その朝の状況からして、あまり詳しく言う気はない。
ただ、まあ、仮初の婚約者が本当の婚約者になった事だけは確かだが。
正直、軽くショックだったのは確かだ。
色々と責務やらストレスやらでため込んでいたのだろうけれども。
うん……。
まあ、この話は止めよう、不毛なうえに猥談になってしまう。
翌日の昼に再び迎賓の間に呼ばれた私は、そこで正式な同盟を結ぶことで魔王と合意した。
宰相の娘にして八部衆筆頭のフィスル殿を妻と迎える事もその時に正式に決まったが、婚礼の儀式などを最初に行うのはコーディである旨は伝え了承を得ている。
不思議な事にそれについては誰も異を唱えなかった。
私としては私の道理を通そうと思っただけなのだが、思いのほか簡単に通ってしまって拍子抜けしたのは事実だ。
周囲からはその様に見られていたのだろうか。
それも良く分からない。
何と言うか、自分以外の考えなぞ本当に良く分からない物だとしみじみと思う。
そんな私が結婚などして大丈夫なのだろうか?
ただ、私に分かるのは他者と同じ屋根の家で過ごすのだから、ある程度の譲歩は絶対に必要であり、相手の事をしっかり考えて行動すれば父母のような夫婦になれるかもしれない。
まあ、私の場合、一夫多妻みたいな感じになてしまっているのが非常に問題なのだが。
血筋を残すという名目でその後ろめたさを感じなくなることは非常に怖い事だと思う。
だから、私は常に肝に銘じていこうと思った。
家族として、彼女らの問題から目を逸らさずに向き合っていこうと。
さて、私の個人的な決意はさておき、同盟を結ぶと言う事で話がまとまった矢先に報告が届いた。
パーレイジ王国がゾス帝国に対して降伏したとの一報である。
この素早い展開はカルーザスが噛んでいるのだろう。
パーレイジの次はガザルドレス王国だろうか、それともロガか。
どちらにせよ、急ぎ戻る必要が出て来た。
ロガに戻り迎撃の態勢を整えなくては。
或いは帝都を攻め落とす攻勢の準備を。