第40話 アーリー参陣
援軍であるナイトランド軍をホロンに向ける事によりカナトス防衛に成功した私がルダイに戻るとやはりと言うか、街は酷い有様だった。
不眠不休だった様子の伯母上には休んでいただき、至急にあとの始末を始める事にした。
「帝都攻めを決断されるとは、思い切った事を成された物です」
一人、伯母上の元に向かう途中サンドラに出会うと、彼女は人の顔を見るなりそんな言葉を投げかけてきた。
「カルーザスにルダイから手を引かせるにはその位しか思い浮かばなかった。それに、帝国の兵站は私が半分は整えた様な物だ。何処を押さえれば補給が滞るかは良く知っている。それよりも、良く持ち堪えてくれた……」
「兵站の専門家が抜けては、これからの帝国は兵を動かすのにも難儀しましょう。……正直、もう駄目かと思った瞬間が幾つかありましたよ、やはりカルーザス将軍は恐ろしい相手ですね」
ロガ王の人徳が無くばここでこうしていないでしょうねと笑う彼女の眼の下には色濃い隈が浮かんでいる。
「サンドラ、まずは休みたまえ。休むのも仕事の内だぞ。君の力が今後は一層必要になるだろうからな」
「休まないと頭が働かないですしね。……それはアントン殿もヴェリエ様にも言える事ですが……」
歯に衣を着せないサンドラが珍しく僅かに言い淀む様子に、私は何となく察しがついた。
「あの二人は休もうとしないのか?」
「ええ、預かった以上は立て直しまで済ませねばと……。そんな状況ですので、ロガ王の方からも労いついでに休むようにお伝えください。それに黒き鎧の将にも」
アーリー・ガームルか。
「私が申しましても、少々からかいすぎた所為か反発されますので」
「……君は何をやっているんだ……。ともあれ、良くその状況でカルーザスを押しとどめた物だ。その話は後ほど聞くとして今はともかく休むと良い」
サンドラにそう告げると、彼女は一礼してふらつくような足取りで部屋へと戻っていく。
その背を見送ってから伯母上の元に向かおうと歩き出すと、背後から声が掛かる。
「若」
「ああ、リチャードか。どうした?」
振り返ればカナトスでも私の傍に仕えてくれていた老いた竜人が立っている。
「色々と考えたのですが、若も、いや、ご当主も立派になられた。復興の最中で忙しいとは思いますが、この老体もそろそろ暇乞いをいたしたく」
突然の発言に私は思わず動きを止めた。
暇乞いと言う事は辞めると言う事か?
いや、確かに最近は体の節々が痛そうだなとは思っていたが……。
いきなり言われたから頭が混乱している。
「……急に……と言う訳ではないんだな」
「熟考いたしました結果でございます。多くの者がご当主の元に集まってきております。最早、このような老体はご当主には不要でありましょう」
そんな事はないと声を張り上げそうになったが、リチャードの顔をその言葉を飲み込む。
そう告げたリチャードの顔は、何処か満足している様な心穏やかそうに見えたからだ。
将軍の頃に退役する老兵たちが見せていたような顔、それは仕事をやり遂げた者の顔だった。
リチャードは私の教育係、彼がやり切ったと思ったと言う事は私が彼が理想としていたような立派な男に育ったと思っているのだろうか。
それは光栄でありがたく、しかもなんだか泣きそうにもなるくらいうれしい事ではあるが、ほぼ三十年に渡り傍にいてくれたリチャードが居なくなると言うのは寂しい限りじゃないか。
だが、体がきついと感じているならば無理はさせられない。
「……暇乞いを止める事はしないが……この後は如何するんだ?」
「さて、もとより流浪の身でありましたので、どこぞに旅立とうかと」
「それは困る! 力ない頃に助けてもらった恩を返していないじゃないか! 出来たらルダイに居を構えてくれ」
リチャードがいなければ、私は若くして帝都で死んでいただろう。
それに、当初は碌な給金すら払えなかったのだ、今その時の恩を返さずにいつ返すのか。
それを思い、思わず声を張り上げた後、ルダイに留まるように頭を下げた。
「そうは言いますが、傍におればついつい口を挟むうっとうしい存在になりますぞ」
リチャードは微かに笑ったような声でそんな事を言う。
「忠言や諫言は歓迎だ、そいつを聞けなくなった時が私の最後であろうよ。だから、頼むよ」
頭を下げたまま告げると、リチャードが肩に手を置いた。
「無暗に頭を下げる物ではありませんな、ロガ王。しかしながら、そこまで言われて無碍には出来ませんな。それに、ご当主の行く末を見たいと言う気持ちもありますれば、今後もルダイに留まらせていただきたく思います」
「ああ、それが良い」
私は頭を上げて、リチャードを見据えながら心からの頷きを返した。
「それでは、さっそくの忠言を……。そろそろ身を固めるべきではないかと思うのですが」
「それを今言うのか?」
思わず顔を引き攣らせると、リチャードは真面目な様子で。
「色々と決めておかぬと、後々苦労なさいますぞ?」
等と言う。
「そいつは、経験からの言葉なのか? 真に迫っているが……」
そう問いかけると、リチャードはにやりと笑ってそれ以上は何も言わなかった。
※ ※
伯母上やアントンから状況を聞き、仕事を引き継げば彼等には休みを与えた。
しっかり休むことも仕事の内ですと何度か説得する必要はあったが。
それからアーリー・ガームルの元へと向かう事にした。
流石に相手が相手だから護衛が必要かと思い、途中で兵を呼ばわると何故かコーディとその仲間達が来た。
「何で君達が来るんだ?」
「あたしが暇だったからだよ」
左様ですか……。
ちらりと仲間の一人マークイを見やると彼は肩を竦めて見せた。
ともかくコーディ達を連れてアーリーの元に向かう。
彼女の軍は確かに半数は浅黒い肌の異国の傭兵たちであったが、もう半分は本来バルアドにいるはずのゾス帝国軍だった。
「まさか、トウラ・ザルガナス卿がアーリー殿の後ろ盾なのか?」
その様子を見て思わず呟くと、久方ぶりに聞いた声が応えを返す。
「それにテス商業連合、その二つが俺の後ろ盾だ」
その言葉のする方へと視線を向けると、兜を外してはいるが未だに鎧を纏ったままのアーリーが立っていた。
「……ロガ王、かつて貴方様に弓を引いた俺を貴方は許した。その寛大さ、そして戦場で見せた毅然とした姿に俺は太陽を見た。ゆえに貴方様の傘下に加えていただきたい!」
そしてその場で片膝をついて頭を垂れた。
……味方が増えるのはありがたいんだけれども、何だろうか、胃の辺りがチクチクするこの気配は。
「ま、まずはルダイの防衛に尽力いただき感謝する。そして詳しい話が聞きたいのだが……」
胃の辺りの事はとりあえずおいて置いて、私は状況の説明を求めた。